第15話 食卓を囲んで

私の家に入ると同時にイロンデルは食料棚をいじりはじめた。

がたがたと詰め込まれた食料がなだれ落ちそうになる。


「おわっ!……ちょっとちゃんと食べてる?全然減ってないよこれ」

「前にうちに来たの一昨日だったでしょ……そう早く減らないよ」

イロンデルが驚くような目で振り向く。


「ええ!?もっと減るよ普通は!」

単純にイロンデルがよく食べる方だからではないだろうかと思ったが口には出さなかった。

零れそうになる食材たちをせっせと腕の上に乗せていくイロンデル。

そして台所に当たる場所にせっせと持っていき、料理の準備をはじめる。


「まあ座って待ってなさい」

イロンデルが自身満々にそう告げると食材たちと向き合い始め、皮を剝くなどしはじめた。


「……」

イロンデルの言われた通りに椅子に座って大人しく料理が完成するのを待つことにした。

とんとん、きりきりと鳴る調理の音を静かに耳に入れる。


「イロンデル」

「……」

イロンデルは料理に夢中でこちらの声に気づかない。

彼女はかなり多芸な人で、医療以外にも料理も園芸も得意とする中々珍しい人だった。

何か知りたいことがあればとりあえずお医者様に聞こう……というのが、この村に住む者の常識の一つだった。

そんなこともあってイロンデルは人脈がとても広い。

イロンデルが知らない村の人なんてまず知らないだろうと思う。

だから私もよくイロンデルに護衛の依頼をしてきた人の詳細について聞きに行ったりする。

依頼主と話しただけでは目的地に行く理由が見えないこともあるからだ。

だからイロンデルは、本当にみんなから頼りにされている。

私と違ってみんなに好かれている。

きっと毎日充実した生活を送っているんだろうなと感じる。


「♪~」

呑気に鼻歌などを奏でながら、切った食材を混ぜているイロンデルの後ろ姿を見ているとほんの少し嬉しい気持ちになった。

いつもみんなに頼られるイロンデルは、夜になると私の家に来て色んな話をしてくれる。

毎日……とまではいかないけれど、私はイロンデルの話を聞いてから寝るのが日々の習慣だった。

この時間だけはイロンデルが私のためだけに家に来てくれる。

そして楽しそうにその日あったことを話してくれる。

その事実がいつも一人で落ち込みがちな私を立ち直らせてくれた。

イロンデルは……私の心の支えだ。


「さーて、できたよ。イロンデルお手製料理~」

軽い足取りで鍋を持って歩いてくるイロンデル。

机の上にはすでにシートが敷かれていてその上にゆっくりとぐつぐつと煮だっている鍋を置いた。


「美味しそう」

つい率直な感想が口から漏れる。


「ま、私の腕にかかればこれくらい」

イロンデルが向かいの椅子に座る。


「さ、早く食べちゃお」

「でもすごく熱そうだよ……?」

「ふーふーすれば火傷しないよ」

イロンデルが手を合わせる。

私もつられて手を合わせる。

「それじゃあ」

「いただきまーす」

「いただきます」

「いただきまーす」

「……」

「……」

あれ。

「うん。美味しいね。流石はイロンデル」

なんでコルボーがいるの……?


「……」

コルボーはお淑やかに皿に盛りつけられた料理を食べている。

一体いつから座ってたんだろう。

「コルボー、いつからいたの?」

「さあ、いつからだろうね」

「……」

突如現れたコルボーに驚いているのか、イロンデルの箸は止まってしまった。

お椀を持ち上げたままで止まってコルボーの方を見ている。

一方のコルボーは気にせずに物を食べている。


「……まあいいや。いつもの3人が揃ったってだけだし」

イロンデルも料理を口に運び始めた。

……確かに、私とイロンデルとコルボー。

この3人が私の家に集まる、なんていうのはもはや日常だ。

もっとも、コルボーがいつもなんの気配もなく家に入ってくるものだから私とイロンデルはその度に驚いてしまうのだけれど。


「そういえば今日聞いた話なんだけどー」

特に何も気にせずにイロンデルが話をしだす。

私はその話をじっくり聞きながら食べる。

コルボーは興味があるのかないのかわからないような表情のまま食べる。

イロンデルはその日にあったことをとても楽しそうに話すのだった。


食後のひと時。

テーブルの上に置かれている3つのカップ。

中にはイロンデルが選んだ紅茶が注がれている。

私たち3人、紅茶をいただきながらゆったりと夜の時間を過ごしていた。

そう……ゆったりと……


「コルボーさーん?なんでいつも大事なこと言わずにそのままいなくなっちゃうのかなー?」

「ファルちゃんから話は聞いたんでしょう。ならいいでしょ」

「そうは言うけどね?ファルコンが起きるまで気が気でなかったよ私は?」

イロンデルはコルボーに私を運んできたことの詳細をすぐに話さなかったことについて色々と言いたいことがあるらしかった。

「あのね。曲りなりにもお医者さんなんですよ私は。人が倒れていたときの状況とかも知らないといけないわけ。せめてさあ、どんな状態でどこで倒れてた……ってことくらいは教えてくれないもんかねー?」

コルボーは静かに紅茶を頂いている。

イロンデルに不満を言われているのに顔色一つ変えていない。

そう言うと思った……とでも言いたげなような。


「私も色々と予定が詰まってたんだ。それにイロちゃんなら、何も言わなくてもファルちゃんを助けてくれるって信じてたしね」

「予定が詰まってるー?いつもその辺散歩してるだけのくせによく言うねえ?」

「ああぁ……」

イロンデルとコルボーの言い争いが始まってしまった……

普段なら何でもない話をして終わりなのに。

本当にたまに、イロンデルの方からコルボーに不平不満を漏らし始めるときがある。

まあ今回はイロンデルが私の怪我のことでコルボーに怒ってくれるのはわかるし、嬉しいは嬉しいんだけど……

やっぱりギスギスしているのはいやだった。


「喧嘩はダメだよ……」

小声でそう呟く。


「……」

イロンデルが私の方をちらと見ると紅茶を飲んで息をついた。

「……んまあ、食事のあとに口喧嘩なんてするべきじゃないしね。ごめん」

「そうそう。ファルちゃんの言う通りだ」

コルボーが楽しそうに笑う。

そのコルボーをイロンデルは目を細めて睨んでいる。

どうにも私から見て……イロンデルはコルボーのことをよく思っていないように見える。

普段は本当に喧嘩もせずに和気藹々と話す私たちだけど、イロンデルはコルボーの行動に対してたまに苛立ちのようなものを覚えているらしかった。


「でもまあ、改善してほしいって思うよ。コルボーには。これからは気を付けてほしいかな」

「村のお医者様がおっしゃるなら、聞くしかないね」

最後に念を押すイロンデルの言葉をコルボーはあっさりと受け入れたのだった。

そしてその後、なんでもない世間話が再開される。

いつも通りイロンデルが話を切り出し、私とコルボーはそれを聞き続ける。

イロンデルのする話はいつも面白い。

なんでもない日常の様子を面白おかしく語り続ける。

私もイロンデルみたいに、こんな話し方ができたらいいのになと思うのだった。


そして今日もお話はお開きになって、二人はそれぞれの家に帰った。

私も寝る準備をする。

イロンデルの治療のおかげで体についた傷は痛まなかったけれど、代わりに筋肉痛のようなものが出始めているように感じた。

明日は仕事の予定も入っていない。

いきなり舞い込むこともあるだろうけど、この夜くらいはゆっくり眠ろう。

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