第13話 歌う災害

歌声のようなものが確かに聞こえた。

幽かに、か細い声が耳に届いた。

その声のした方向へ走っていく。

いつのまにか雨は酷く降り注いでいた。

爛れた砂地を踏むばしゃばしゃとした音が時折声を遮断する。

それでも喧騒の中から細い糸を手繰り寄せるように声を探し出した。

るー、るるー。

声が大きくなる。

声の主に確かに近づいている。

どうやらそれは歌声らしかった。

ゆっくりとした旋律に幼子のような愛しく明るい子供の声が乗っている。

声。歌声。

頭の中に昨日聞いた話が思い出される。

歌う災害。

各地を踊り、歌いながら歩き回る。

しかし通ったその場所はたちまち不幸に見舞われるという。

まさか、と思った。

確かにその存在について意識はしていたが、いつものように霧散していく噂話としてしか考えていなかった。

でも今聞こえているこの声は。

本当に、死ぬと言われているものなのだろうか。

段々明瞭になる声。

すると一つのシルエットがうっすらと見えてきた。

その正体を、見る。



曰く歌には。

格上の存在を称えるものだとか。

神の代替え物に捧げるものだとか。

様々な形式があると、いつかの依頼主が言っていた。

そういうものには大抵言葉が紡がれるものだけれど。

言葉を伴わない音楽に声を乗せる歌は。

歌う行為そのものに意味があると、いつかの依頼主は言っていた。



「るーるるー♪」


その少女は雨に打たれながらも笑顔で踊っていた。

そして楽しそうに歌っていた。

この世界で今誰が一番楽しいという感情を持っているかと問われれば、まさしく彼女が相当するだろう。

自分の身が濡れることも厭わずに彼女は歌い踊り続けている。

円を描くようにくるくると歩き回っている。

その円の中心に倒れている人が一人。


「———ッ!」

あの依頼主が目を開けたまま気を失って倒れていた。

そして依頼主を囲んで舞い続ける少女。

あまりに対照的な構図に何らかの儀式かのように思えた。

しかし少女の様子を見ていると目的があって踊っているようには見えなかった。

ただ楽しんで歌い踊っている……だけに見える。

一方で中央の依頼主はびくともしない。

とにかく今は彼女を助け出さないと。



足を溜めて一気に少女の作るサークルの中へ飛び込んでいった。

少女に注視しながら入っていったが、こちらに気づく様子はない。

少女は少女で自分の行動に夢中であるらしい。

おかげで呆気なく中心に侵入することができた。

急いで依頼主の首に手を当てる。

どく、どくと鼓動を感じる。

生きていることにとりあえず安堵してすぐに背負う。

髪から垂れてくる雨水を拭い、少女の様子を窺う。


「らーら、らららー♪」

……なんなんだ、この子。

私がこんなに近くにいるのに、私の存在に気付いてすらいない。

ずっと周りをぐるぐるとしているだけだ。

私が依頼主を連れ出そうとしているのに、それに意も介さない。

……この子が依頼主を誘き寄せたんじゃないのか?

でもとにかく、まずはここから逃げ出さないと。

なんとか依頼主を背負ったまま立ち上がる。


「……え」

立ち上がった瞬間。


「ぐ……ぁ」

視界が、歪んだ

一体、これは。

どうなってる。

あの少女の姿がぼやけている。

何重にも重なって、何人もいるように見える。

数多くの少女が私の周りを囲んでいるような感覚がする。


「ぁ……は……?」

おぼつかなくなる足元。

突然襲い掛かる眩暈。

溢れ出る冷や汗。


「かはぁ……はっ……はっ……」

焦燥と吐き気で過呼吸になる。

地面が揺れているのか、自分が揺れているのかも定かでなくなる。


「はっ……はっ……ふー……はあぁ……」

それでも呼吸だけは安定させる。

呼吸さえ整えば、頭の回路を回すことだけはできる。


「はあー……はあー……」

目を閉じて深呼吸。

体内に酸素を送る。

思考力がだんだんと戻ってくる。

じわじわと冷静になれという声が体全体に浸透していく。

ある程度は、戻った。


目を開ける。

……まだ、視界はねじれている。

相変わらず少女が幾重にも重なって見える。

でも。


「———」

剣を、引き抜く。

構える。

……はあ。

心の中でさえため息が漏れる。

人に、剣を向けるのは、先生以外で初めてだ。

ゆらゆらと動き回る少女。

私は決して、命を取ろうとしているわけじゃない。

剣を引き抜くことは、命を絶つ用意があると相手に伝える意味合いにもなる。

これで少女が消えてくれればと……。


「らら、るるるー♪」

しかしそんな望みも少女は察してくれない。

変わらずに歌い踊り狂っているだけだ。

……やるしかないのか。

柄を強く握り直す。


「———はぁ」

小さく息を吐く。

揺れ動くこの少女を、この剣で。


……。

…………。

………………。











「ほら、やっぱりダメじゃない」

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