第12話 歌が聞こえる

大きく膨らんだ袋を肩に担いで満足そうな顔で歩く依頼主。

袋の底はほんのりと赤く染まっている。

その横を何も考えることなく歩いていく。

ちょうど昼くらいになったのだろうか、空は恐らく今日一番の明るい青色を見せている。

木々の間から漏れ刺す陽光に時々差し掛かるたびに依頼主は子供のようにはしゃぐ。

口笛を吹きながら体をくるくると回している。

その様子を傍目に眺めながら前に進んでいく。

私が待たずに進んでいくものだから、依頼主はそのたびに露骨につまらなそうな表情を見せたのだった。


ややあって森を抜ける。

すると開けた草原に出る。

さっきまでの森とは違い、雨の前のような薄暗い雰囲気が漂っていた。

天候そのものも変わったように思える。


「あれ?さっきまで晴れていたのに」

前と後ろをきょろきょろと見比べる依頼主。


「あれれ?」

晴れていたはずの後方の空にも薄暗い雲が広まっていた。

このような天候の変化は、大して珍しいことでもないが。

ふいに、早く帰った方がいいと思った。

#ファルコン

「行きましょう」

依頼主を催促して、理由のない不安を抱えながらも歩き出した。

今まで能天気だった依頼主は打って変わって露骨に怯えながら後ろについていく。


雨が降る前兆のような雲だ。

山場の天候は変わりやすいのは当然のことだが。

その当然という認識を以てしても、拭いきれない不安がある。

なにか悪い予感がする。

なにかが来そうな感覚。

一体なんだろう。


「あれ」

依頼主が腑抜けた声を出す。


「どうしました?」

聞き返しても依頼主は返答しなかった。

見てみると自分の耳に手をかけて、何かを聞き取ろうとしているのが見えた。


「……何か聞こえるな?」

私も周囲の音に耳を凝らしてみる。

すると確かに、どこからか人の声が聞こえてきたのだった。

まだはっきりとは聞こえなかった。

でもそれが、きっとよくないものであると直感した。

依頼主の手を掴む。


「走りましょう」

そう言って引っ張ったが、依頼主は岩のように動かなかった。


「歌だ!誰かが歌ってる!楽しそう……」

虚ろな目で曇り空を見つめている。

手をいくら引っ張っても微動だにしない。

それどころか逆に手を払いのけ、あらぬ方向へ突然走り出した。


「は……!?」

どすんと袋を落としたまま走っていく依頼主の後ろ姿に呆気に取られたが、すぐに追いかけないと、という思考に至り私も走り出した。

ぽつぽつと、小雨が降りだした。


本当に不味い。

あの依頼主、案外すばしっこい。

このままでは見逃してしまう。

一度でも見逃してしまったら、もう見つけることはできないかもしれない。

目を離している間に地形が歪んでしまうこの花園で人を見失うのはかなり危険な行為だった。

変容する地形を覚えることはできない。

かと言ってやみくもに探せば私自身も方角を見失ってしまう。

だから遠くに見える依頼主から絶対に目を離してはいけない。

———しかし。


「ぐっ……!」

段々強くなる雨で泥と化した地面に足をとられてしまい、顔面から泥に顔を突っ込ませてしまった。

遠ざかっていく依頼主の足音。

そして打ち付ける雨音。

擦りむいた膝の痛みに耐えながら立ち上がり前方を見る。


依頼主の姿はどこにもなかった。


「……はぁ」

身勝手な依頼主には呆れることも多いし、その度に苦労を強いられたものだったが。

今回の依頼主は様子が違っていた。

まるで何かに導かれたような。

もしくは魅入られてしまったような。

あの空虚な目。

自分で物を考える力が吸い取られてしまったようだった。

彼女がこのような状態になったのはこの草原に立ち入って、何かの声を聞いてからだ。

そう、何かの声。

確かに私も聞こえた。

目で追えないのなら、音で彼女の行方を追えるかもしれない。


目を閉じる。

耳を研ぎ澄ます。

雨の音、風の音の中から異質なものだけを聞き取る。

ざー、ざー。

ひゅーひゅー。

……。

…………。

………………。



るー……るるー……


聞こえた。

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