第11話 剣を持つこと
……結局よく眠れなかった。
絶対目の下にくまができてる。
目を擦りながら薄明の村へ出て行く。
窓から明かりが漏れている家は今のところ見られないから、他の村人はまだ目覚めてすらいないのだろう。
今この村で起きて外を出歩いているのは私だけだ。
歩きながら服装の崩れを治す。
誰も見ていないぶん気楽にできる。
村の外に出て、今回の依頼主がいる村へ向かう。
深い森の道を一人で進んでいく。
依頼主なしでこういった道を歩くのはそれなりに珍しいことだった。
少しだけ新鮮な気持ちを持って歩を進めていく。
それなりに遠いところにある目的地ではあるが、予定通りに着くことはできるだろう。
段々と陽も出てきて、眠気も薄らいできた。
木漏れ日と澄んだ空気がそれなりに気分を高揚させてくれる……気がする。
先生の仕事に付き添っていたころに、今日みたいな道を歩いて勝手に舞い上がってしまったことがあったなと思い出す。
肺に流れ込んでくる新鮮な空気は、割と沈みがちな私の気分を上げてくれる。
当時はそれで勝手にどんどん先に進んでしまって先生に叱られてしまったのだった。
先生に厳しく教えられた経験が積もって、仕事において人目につかなくとも姿勢を正しく保つことができるようになった。
今の私は……先生の前に立って、堂々としていられるだろうか。
人を守る仕事を、ちゃんと遂行できてるよって、胸を張って言えるのだろうか。
……こんな感じに余計なことを考えるのはダメだ。
仕事に集中できていない証拠。
依頼主のことだけを考えて進んでいこう。
予定より早めに着いた。
同時に今回護衛する依頼主も早めに集合場所に来たようだった。
「よっすファルコンさん。ここまで来るのに疲れたろうに」
今回の依頼主が明るく挨拶を交わしてくる。
「いえ、私の方はさほど疲れてはいないので」
「流石、村一番の働き者だ」
今回の依頼主はにやにやしながら話す。
「いやあ、久々に友人と会えて嬉しかったよ。ファルコンさんがいなかったらここまで来れなかっただろうなあ」
「光栄です」
「さすが、我が村一番の、花園の地形に詳しい土地博士だ」
「……」
そのまま私たちはポウレット・ニッドに向かって歩き出した。
一度歩いた道を戻る。
隣の依頼主は呑気に口笛を吹いている。
ひゅー、ひゅー、ひゅーと。
この森に似合わない、なんともお気楽で気が抜けていくような音だった。
正直なことを言うと、やめてほしい。
「そういや友人と話してたんだけどさあ」
彼女は勝手に話をしはじめる。
「……ってことがあってね?」
一人で話している。
私に聞かせるつもりで話しているのだろうけど。
興味もないため適当に相槌を打ったり、聞き流したりしていた。
でも彼女はとても楽しそうに話す。
こういうのは大抵誰かに聞かせるという体裁をとっているだけで、実際は好き勝手喋りたいという娯楽を淡々と浪費しているだけだ。
「いやあ、楽しかったなあ」
満足したらしい。
よかったですね、と心の中だけで呟く。
そして適当に話に相槌を打って進んでいく。
「あ、そうだ」
依頼主がふと足を止める。
「どうかしましたか?」
「今日のごはんは羊肉にしようかなあって思ってね」
「……」
「ほら」
依頼主が指を差す。
その方向を見ると一匹の羊が呑気に道を素通りしているところだった。
「あそこにちょうどいいのがいるね?」
ああ、彼女が言いたいことは察しがつく。
私に何を求めてるのかもわかる。
「でも私には羊を殺める勇気がないしなあ」
「……お任せください」
剣を引き抜いて歩く。
羊の背後に近づく。
羊は私の存在にも気づかずに、地面に生えた雑草を食べている。
後ろから依頼主が見世物を見ているような視線を感じた。
かまわずに剣を羊に向けて。
そのまま、さく、と。
羊の脳天を貫いた。
「ありがとうファルコンさ~ん!」
満足げな依頼主。
体をびくびくと震わせて脳漿を垂れ流す羊。
剣先に付着した血を眺める私。
「今日はごちそうだよ」
大きな袋に羊の死体を詰める依頼主はにやにやしながら私に感謝の礼をした。
「さすがは、羊殺しの天才だよ」
「お褒めに預かり、光栄です」
"人を守らないといけないってときにさ、それ、使ったことある?"
まあ、つまるところ。
この剣は誰かのために捧げたことなんて一度もなく。
唯一相手にしたのは、か弱くて鈍くさい、平和ボケしたような羊だけだった。
人を守ったことなんてない。
人を守るべき場面もない。
どこまでも平和で、多分地平線の奥の街でさえも平穏であるだろうこの花園において。
護衛の。
私の存在価値は、希薄だ。
"……この剣は、お守りのようなものだよ"
剣を持ってる。
だから周りに変なやつとして扱われる。
それが私のアイデンティティだと、長年剣を握っていて理解した。
変なやつには変なやつ用の居場所がある。
それを守るのに、この剣は必須だった。
この剣が守ってくれるのは、いつも私だけだったのだ。
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