第9話 コルボー

家に入ってとりあえず明かりを灯す。

暖炉にも火をつけて仕事着を脱ぐ。

起きてすぐ着れるようにベッドの近くの壁に飾っておく。

軽い寝着に着替えて、寝る前に紅茶でも飲もうとカップを探していると、


「やあやあ、やーっと帰ってきたね」

「ひゃあっ!?」


突然の後方からの挨拶に飛び跳ねてしまった。

振り向くとそこには見慣れた少女が立っていた。


「そんなに驚くことはないでしょう? 君が帰ってくるのを心待ちにしていたのに」

「……コルボー」


彼女はコルボー。

一体いつ知り合って勝手に家に入り込んでくるくらいの仲になったのかまるで覚えていないけれど、いつの間にかそんな関係になっていた女性。


「……脅かさないでよ……」


ふふ、と笑い、黒い長身の彼女はぐいと私の顔を覗き見る。


「……今日は何?」

「なんでもないよ。ファルコンの待ち伏せでもしてみようかってね」


最初から驚かせるつもりまんまんだったらしい。

こんな時間に遊びに来るなんて、相変わらず非常識な人だと思った。

今は眠い。

明日も早くから仕事がある。

コルボーに構ってられる場合じゃない。


「明日も早いからもう寝たいんだけど」


ので、遠回しに帰ってくださいと伝えた。

しかしコルボーはにこりと笑って、

「せっかく今日初めてファルちゃんと会えたんだ。少しくらいお話ししても構わないでしょう?」

なんてことを口にした。

本当に自己中心なやつ。


「そんなに目を細めちゃってどうかした?」


内心うえぇ……と思っていたのがそのまま顔にも出てしまった。

コルボーはしばらく付き合ってあげないと帰ってくれない。

目の前には私とのお話にわくわくしているような顔。


「……ちょっとだけだよ」


お帰りいただくにはコルボーのお喋りに付き合うしかなかった。



コルボーと二人きりになるのは苦手だ。

いつもならイロンデルが家にいるときにコルボーも来て、三人で雑談するわけだけれど。

コルボーと一対一で話すのは、苦手だ。

なんというのだろう。

コルボーの底が知れないというか。

コルボーは私をずっと見透かしているような感じがあるというか。

当の相手は反対に私のことを気に入っているらしく、どんどん話を振ってくる。


「今日あったこと、話してみて」


にこにこしながら今日の出来事を聞いてくるが、変わったようなことは何もない。


「何もないよ。いつも通り。仕事行って帰ってきて……」

「どこに行ったとか、あるでしょう」

「森を抜けたところだよ。何度も行ってる」

「ああ、結構広いところだ。うん。それで?」

「それで……待ってるときは訓練して……夕方になって」

「うん」


本当にそれだけなのに、まだ詳細を求めてくる。


「またあのふわふわを見て……」

「うんうん」


コルボーの表情はちっとも変わらない。

不気味だ。


「……あ」


そういえば、思い出した。


「歌う災害……っていうのが、近くに来てるって」


最近の変わったことと言えば、これだった。


「ふーん」

「……」


……ずっと同じ表情で返してきた。

何を言えばまともなリアクションをくれるのだろう?


「そっちは……なんかあるの……?」


今度は逆にこっちから聞き返してみる。


「私? そうだね、今日は……」


目を閉じてうーん、とわざとらしく声を立てる。

わざとらしく指を立ててくるくる回している。

思い出すふりをしている。


「今日も一人、迷子の雛ちゃんを近場の村に送ってあげた……くらいかな」

「また誰か上がってきたんだ」

「そうそう、色んな場所に連れて行ってあげてね。ほら、あそこあるでしょ。私が好きな……花園全体がよく見える所。あそこにも連れて行ったよ」


なんだ、コルボーの方も大したことは起こっていないじゃないか。

コルボーが誰かを見つけて近くの村まで連れてって……なんてのは、よくある話だ。


「またその子と一緒にそこに行くことを夢見て……なんてね」


そのよくある話を、コルボーはまるで珍しいことのように話す。

わざとらしさがあって、どうしてそんな奇妙な話し方をするのか私にはわからなかった。

何を考えているのかいつもわからないし、底が知れないから、コルボーは苦手だ。


「あ、そうそう。ゆらゆらも見たね」

「ゆらゆら……どこで?」

「君がつい先日遠出したところだよ」

「……気を付けておく」


人を守る仕事柄、ゆらゆらと言った突発性の自然現象の情報は多く取り入れないといけない。

未だに発生の要因や法則が解明されていなゆらゆら。

そのような情報は各地を自由気ままに歩き回っているコルボーが仕入れてくれることが多いので、そこだけは信頼できた。

実際に彼女からの情報を受けて裏切られなかったことはない。


「……」


コルボーがまた何も言わずに見つめてくる。


……。

…………。

………………もう帰ってほしい。


「ねえ、ファルちゃん」


またコルボーが話しかけてきた。


「人助けのお仕事は楽しい?」

「……」


また聞かれた。


「やりがい、あるのかなって」

「……」


同じことを聞かれた。


「仕事は仕事って割り切ってるから」

「割り切る必要もあるのかな?」

「だって仕事だよ。コルボーみたいに遊んでるわけじゃない。いつだって真剣にやらないと」

「へえ。流石は村の人間を守る騎士様。真面目だ」

「そう。この仕事は……必要な仕事なんだ」


剣が納められた帯を取り出す。


「先生が残してくれたこの剣を使えるのも私だけだから……」

「まともにそれを使ったことはあるの」

「……」

「人を守らないといけないってときに、その剣を使ったことある?」


……。

…………。


「それは、あるよ」


……。


「……へえ、それは感心」


コルボーはその返答で満足したのか、ゆっくりと立ち上がった。


「それなら、みんなも安心して守られてくれるね」


そういって扉の前に向かった。


「じゃあね。お話できて楽しかったよ。明日もまた来るね」


コルボーはせっかく淹れた紅茶に口もつけないまま、暗闇の世界へ出て行ってしまった。

机の上には湯気の立たない二つのカップ。

仕方ないからその中身を喉に流して捨てる。

一息ついて、あっと気づいた。

紅茶は飲むと大抵、早めに催してしまう。

でも眠気の方が強く、そのままベッドの上にばたりと倒れこんでしまった。


……。

そのまま目を閉じて、私も黒の世界に身を委ねていった。

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