第65話 デビュー それはほろ苦きものなり その4

 三日目、マン島もいよいよマッド・ジューンのクライマックスと言える重量級クラス、グループS及びXの戦いが始まる。


 


 熱気は最高潮、取り分けあるチームに対して熱い視線が注がれている。それは、グループSのビュガティ、グループXではロメックス、更にトライアンフもダークホース的存在として期待されていた。


 トライアンフは49年から参戦、グループXには50年から参戦を開始。初めて6気筒エンジンを持ち込み51年と54、55年にXでタイトルを獲得しており、今年1勝を上げてロメックスに一矢報いていたことから、観客の間ではこのマン島に勝利すれば3年振りのタイトル奪還に繋がるのではという期待も密かにあった。


 イギリスのナショナルカラーであるブリティッシュグリーンをベースに、黒と塗り分けその間に銀のラインを配した、如何にもイギリスらしい落ち着いた外装には、スイスの名門時計メーカー、パテックフィリップのロゴが刻まれている。


 他に燃料はBP、タイヤはダンロップ、電装系はドイツのボッシュがスポンサーとしてサポートしていた。


 取り分け期待されていたのが、トライアンフグループXのエースでもあったバーバリー・シーン。イギリスが生んだ英雄で、1932年生まれ。トライアンフグループXと同年の50年から参戦し、54、55年にはチャンピオンとなった。


 AGVのフルフェイスに描かれたドナルド・ダックがトレードマークである。


 以来、イタリア勢の急速な台頭により暫く勝利から遠ざかっていたのだが、去年最終2レースで連勝し、更に開幕戦も制したことで実質3連勝、その後も2位3回3位1回と着実にポイントを重ねていた。


 因みにバーバリーは優勝回数こそ少ないものの着実にポイントを稼いでいくタイプであり、二度のチャンピオンはいずれも最終戦まで縺れ込んだ中で獲得している。また、タイトル獲得の年にはマン島も制している。


「ムッフッフ。見てらっしゃい」




 一方、ロメックスに乗り前年見事初めてのタイトルを獲得し、連覇を狙うビアンカ・ロッシは3勝3位1回で開幕戦に雨の中スリップ転倒によるサスペンションの破損でリタイアが1回あり、予断を許さない。


「これは……去年と違って易々と勝たせてはもらえないようね」


 トライアンフ及びバーバリーを見ながらそう独白するビアンカは、メカニックが差し入れてくれたエスプレッソを一気に飲み干した。




 尚、WMGPでは入賞は1位10点、2位6点、3位4点、4位3点、5位2点、6位1点で、マン島では1位20点、2位15点、3位10点、4位9点、5位8点、6位7点、7位6点、8位5点、9位4点、10位3点、11位2点、12位1点となり、更に通常はポールポジションにのみ与えられる1点が予選3位まで与えられる他、ファステストラップの1点も上位3名まで認められるなどの特別ルールが適用されている。


 


 このため、5戦目終了時点で現在バーバリーは32点、ビアンカは34点でその差は僅か2点しかなく、どちらかがマン島で勝利すれば、今シーズンに於いて主導権を握るのは明らかだった。


 しかも、ポールポジションを獲得したのはバーバリーであり、その差は更に1点まで詰め寄られていた。


 


 一方、グループSではチャンピオン候補及びマン島優勝候補はほぼコゼット一択であった。


 開幕戦こそ雨に泣き3位であったが、以降何とここまで4連勝。去年マン島を制しながらもマシンの完成度の低さに足を引っ張られタイトルを逃した悔しさを今年こそは晴らすと意気込んでいた。尤も、フランス人らしくそうした感情は決して表に出さず、表向きはあくまで優雅に振舞っていたが。


 マシンは全てに於いて改良すべき所は改良しており、その結果信頼性も抜群で、メカニカルな点からも死角は見当たらない。


 コゼット一択と言われるのも根拠のないことではなかったと言えよう。


「今年こそは……」


 決意を新たにしているコゼット。内心は悔しさで一杯だった。因みにコゼットのモットーは、顔で笑って心で泣く、である。




 文字通り世界のトップを争っているライダーが火花を散らし合う様子にたじろぎ気味だったのが、傍らで見ていたSSDの皆さん。


「これはまた激しい戦いになりそうだわ」


 


 久恵夫人も、さすがに世界のトップの迫力に気後れしてしまうのだった……

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