第55話 嘲笑

 予選を通過し、全員が何とか決勝へとコマを進めたSSD一行。マン島は既にマッド・ジューンの真只中であり、そんな中でGPに出場する一行は、恒例とも言える漆黒の帳の中、観客に見守られながら上陸する一団として衆目の視線を浴びる時が近づきつつあった。

 ほんの一年前、一行は観客として見ている側だった。だが、今年は参加する側なのである。そのため、誰もが見られることを意識して緊張していた。

 フェリーから降り立つGPマシンに、フラッシュが浴びせられる。特に各クラスの有力マシンやトップレーサーには一際フラッシュが光り、更に贈られる声援も多い。

 当然のことながら、今年もロメックス、ビュガティは注目の的であったが、地元イギリスからのエントリーも注目度は高い。

 実は、現在でこそイタリア勢の跳梁を許し、二輪の歴史はドイツから始まったとはいえ、黎明期から50年代まではイギリスこそが二輪王国であった。

 特にバーミンガムとその周辺に数多くメーカーが誕生している。因みに同時期にはアメリカでもハーレー、インディアン(1959年に一度解散。その後何度か再興倒産を繰り返す)といったメーカーが数多く興っているが、アメリカの二輪はどちらかというとアメリカ国内でガラパゴス的に進化したイメージが強く、やはりこの頃の二輪王国と言えばイギリスであろう。

 現に、レースに於いてノートン、BSA、トライアンフ、AJS、アリエルといったメーカーのマシンが上陸する度、一際大量のフラッシュと熱いエールが贈られるのであった。因みにイギリス勢の参加はまだまだ多く最多勢力で、ワークスのみならずプライベーターの参戦も多い。また、クラブマンに至ってはイギリス勢がとにかく目立つ。


 その様子を上陸待ちしながら見ていた日本勢一行は、悲観的であった。記者会見の席ですらお前ら英語分からないだろと露骨な嘲笑を浴びせられたくらいである。おおよその予測はついていた。

 いよいよ、日本勢がマン島へと上陸する。

 第一陣はホンダであったが、案の定、聞こえてくるのは何故か笑い声。言葉は分からなくとも、その笑いが面白いから笑ってるのではなく、嘲笑なのは明らかだった。

 その声は、上陸待ちをしていたSSDの一行にも聞こえていた。

「はがええの (腹立つの) アイツら。一度特攻掛けたろか」

「翔馬、頼むからやめてくれ」

 翔馬は冗談で抑えているのだが、周囲には本気にしか聞こえておらず、おいおい頼むからやめてくれとばかりに顔面蒼白であった。普段はお嬢様してるけど、ここ最近翔馬の裏の顔を見るようで、皆気が気でない。

 実際のところ、翔馬も26文字しか知らないアイツらに日本語なんざ分かるかよと傍若無人だった。

 

 次にスズキ、そしてメグロと続き、最後はSSDである。この間ずっと嘲笑の声が聞こえていたが、それはSSDの上陸で最高潮に達することに。

「おい見ろよ。あのハデなカラー。まさか赤とはな」

「きっとロメックス辺りを気取ってんじゃねえの?あっちも結構ハデだしな。まあロメックスはこんな下品なカラーじゃないけどな」

「確か、アイツらヘルメットやツナギもハデなんだよな。もしかして火星人じゃね?」

「全くだよ。見掛け倒しもいいところだぜ。まあジャップらしいと言えばらしいけどよ、トップチーム気取ってんじゃねーぞ!!」

 因みに、予選からSSDは赤を主体としたカラーリングもあって、目立っていたことは確かであった。それだけに関係者からも注目度は高かった。無論、悪い意味での注目だったが。

 選手団長の多田と副団長の静馬も、大人げないマネはやめろと翔馬を視線で諭すが、内心はその怒りに対して理解していた。

 

 案の定というか、関係者も日本勢に関して大して評価してなかった。まあ、地球の裏にある東洋の島国からやって来た未知のチームに高い評価など無理な話には違いない。一部詳しい者はアジアのレースでしばしば競り勝っていることを知っている者もいたが、ワークスでも基本的に型落ちのマシンが出場しており、クラブマンレベルという認識だったことや、1ドル360円時代だったのもあって、あくまで安価な割に高性能という域を出ないものであった。

 その後、僅か3年後には欧州のトップメーカーと互角以上の戦いを繰り広げ、更に5年後になると最早世界に敵なしで国内メーカー同士の争いが世界のトップ争いと化すことなど、知る由もなかったろう。


 そんな嘲笑を浴びながら、顔で笑って心で泣く、ならぬ顔は仏様だが内心は阿修羅様状態でミーティング会場となっているホテルに向かう。

 

 そして、日本選手団一行を記者会見の席から密かに追っている者がいた。それは、黒髪や特徴的な顔立ちからして、日本の女性である……

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