第54話 a race in a palanquin?
ロンドンヒースロー空港に降り立った日本選手団一行。
東洋からの挑戦者に、急遽記者会見の席が設けられ、フラッシュと好奇の視線が注がれる。やはり物珍しいのだろう。だが、その大半の視線は、好意的なものではなく蔑視に近い。
英語で色々捲し立てるのだが、どうやら日本から来た一行は英語がさっぱり分からないと思っているようだ。
そして、悪意ある一言が突き刺さる。
「Maybe a race in a palanquin? (もしかして、駕籠でレースをするのか?)」
その一言に、翔馬はブチキレ寸前。表情は不快さを押し殺してはいたが、同胞は当人から殺気を感じ戦慄していた。
因みに、翔馬はカミナリ族時代、散々ケンカをやらかしており、実は雪代よりも喧嘩っ早い。
「あいつら……英語分からないだろと思って言いたい放題言いやがって……」
「翔馬、堪えろ、ここは堪えるんだ。こんなところで騒ぎ起こしたら他のメンバーにも迷惑が掛かるぞ」
互いに小声の翔馬と雪代であるが、こういう時は意外にも雪代の方が大人である。対照的な二人の態度から、翔馬がカミナリ族時代に何仕出かしてたか容易に想像がついてしまうのは気のせいだろうか。
尤も、不愉快なのは翔馬だけではない。
「De toute façon, les singes orientaux ne sont pas un problème. (東洋の猿なんてどうせ大したことないだろ)」
フランス語も堪能な英梨花、マライソム、エイミーに至っては不愉快なんてものではなかった。
「小バカにするにも程があるでしょうが」
「こういう時、フランス語が理解できることが恨めしい」
「全く、人として恥ずかしいわ」
そんな様子を、英語はともかくフランス語は分からないまでも、自分たちのことを散々バカにしてることは察している紗代と佳奈、久恵夫人は微笑みを向けて大人の態度でやり過ごす。
だが、次の質問に対し、久恵夫人は、
「Did you come to the Isle of Man for sightseeing? (マン島には、観光で来たのですか?)」
「いいえ。遊びに来たのではありません。チェッカーを受けに来ました」
真顔且つ日本語で堂々とやり返す。チェッカーと言ってるところに一種のウィットを感じるが、無論本気であった。
これには選手団長の多田、副団長の静馬も、とにかく嘆かわしくて仕方なかった。これが敗戦という現実なのである。この頃、日本人は今以上に見下げられていた時代であった。ただ、当時の白人の視点からすれば無理もないのも事実で、確かに戦争には勝利した。だが、実態は何も得る物がなく、寧ろ失った物が多すぎる戦争であった。
あの戦争に勝利したのも束の間、嘗ての植民地は次々と独立戦争を起こし、欧米はアジア諸国からの撤退を余儀なくされ、一夜にして没落した大富豪も少なくない。
こうなったのも、全て日本の所為だ。
それが偽らざる当時の欧米の本音であった。
日本人を見下げていたのは、そうした瑕を隠し、強がっていたのもあったろう。だが、まさか5年もしない内に世界の主だった二輪レース及び二輪市場まで日本に荒らされるハメになるとは、思ってもいなかったに違いない。
無論、SSDのみならずホンダ、スズキのメンバーにも英語の分かる者、というか、ある程度英語を学習していたため、かなりのメンバーが内心怒りを覚えていたのだが、久恵夫人の(気骨ある)大人の対応で、記者会見は無事に終わらせることができた。
その後、一行は排気量別に行われるマン島TTの予選に向かうため一旦分かれることになる。マン島は普段は生活道路であるため、予選は別のサーキットで行う。
WMGPでは、あくまで島民の生活を最優先とし、特別にこの方式を選んでいた。
そして、重量級クラスであるXとS、サイドカーはシルバーストンに代わりスネッタートンへ、それ以外はブランズハッチへ向かう。
因みに予選通過基準は、ポールタイムの107%以内となっており、これをクリアすればマン島TTに限り台数制限はない。それ以外では基本的に24台までとなっている。
何故マン島だけ特別ルールなのかと言うと、開催初期より参加数が多く、更に長丁場のレースで脱落するマシンが余りにも多いため、レース不成立になる可能性が懸念されたからであった。
尚、トップタイムが速過ぎて予選落ちが多数生じている場合は、状況により主催者の判断で救済措置が取られ基準が緩和されることもあるが、問題ないと判断された場合は決勝出走台数が規定に達しなくとも容赦なく切り捨てられる。その意味では、WMGPの予選は苛烈であった。
イギリスに降り立った瞬間から、既に試練は始まっているのだ……
尚、史実とは大きく異なるので真に受けないよう。念のため。
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