第20話 サマーキャンプ二日目(夜会)

 サマーキャンプの最後の〆は、夕方から行われる夜会である。

 さすがにこの時だけは、専門の着付けとヘアメイクをする侍女がやってきて、生徒達を綺麗に着飾らせていく。この夜会の目的は、学園生同士縦の繋がりや横の繋がりを作ることで、学園を卒業した後の社交に役立つのだ。

 特に優秀な生徒達が集まっている為、婚活の場としても利用されている。


「お嬢様は、クリフォード様のエスコートを受けるんですよね」

「一応、婚約者候補筆頭だからしょうがないわ」


 リリベラにしょうがない扱いをされているクリフォードだが、この夜会で貴族令嬢達が一番気にする相手でもある。二番手は、優秀さからランドルフだろう。


「お嬢様、ランドルフ様の虫除けは私にお任せください!誰も近寄らせませんから」


 ビビアンは、リリベラの支度は自分でするのだと、リリベラの髪型からメイクアップ、ドレスの着付けまで完璧にこなした。やりきった感満載だが、自分の着付けはまだ全然終わっていなかった。


「ビビ、あなたまだ化粧もしてないじゃありませんの」

「私は適当で大丈夫です。別に社交するつもりも、婚活するつもりもありませんから」

「あら、駄目よ。ランドルフの虫除けをしてくれるのなら、綺麗に着飾らなくては」


 ソバカスだらけでスッピンのビビアンも可愛らしいが、お化粧したビビアンもまた凄く可愛らしくなることを知っているリリベラは、今度はビビアンを化粧台の前に座らせる。


「まぁ、お嬢様の為に頑張りますが、元が元ですからね。胸パッド三枚くらい入れましょうか?」


 リリベラは丁寧にコンシーラーでソバカスを消し、ファンデーションをのせていく。すると、透き通ったような質感の肌が出来上がった。そこからは、リリベラの為に習得したメイクテクでサクサクと化粧をしていき、十分もしないうちにフルメイクが完成した。


「凄い……。可憐で可愛らしいですわ」

「特殊メイクですから」


 ビビアンのが特殊メイクならば、自分のはどうなるんだと思いながら、こんなに可愛いビビアンがランドルフの横にいれば、普通の神経の女子ならば近寄ってはこれないだろうと、リリベラは大満足だった。


 そう、普通の神経の女子なら……だ。


「二人共、準備はできたかい?」


 リリベラの部屋の扉がノックされ、クリフォードの声が聞こえてきた。


「どうぞ。用意はできておりますわ」


 扉が開くと、こちらもまたフォーマルな装いのクリフォードとランドルフが立っていた。ランドルフはスッキリと前髪を上げている為、さらに男ぶりが上がっていて、リリベラはポーッと見惚れてしまう。

 そして、見惚れているのはリリベラだけではなかった。いつもならば自分の感情は完全に隠すクリフォードが、ビビアンを見て言葉をなくしていた。


「クリフォード様、お嬢様をお願いいたしますね。ランドルフ様、参りましょう。私達の入場は早いですから」


 ビビアンは、ランドルフのタキシードの腕に軽く指を触れるくらいで先を歩いた。夜会の入場は、高貴な身分ほど最後になり、学園主催のこの夜会で一番高貴な身分はクリフォードになる為、リリベラとクリフォードのペアは最後の入場となる。


「ハァ……、巻きで入場しないかな。ビビアンがあんなに可愛らしいと、余計なムシが寄ってきそうだ」

「あら、ランディだってですわ。今日のランディは眼福ですけれど、ランディがあんなに格好良いことがバレてしまっては、ランディ狙いの肉食女子が、これから跡を絶ちませんわ」

「あいつは自分で撃退するから大丈夫だよ」

「それならビビアンも大丈夫ですわよ」


 クリフォードとリリベラは、待ち時間の間中、お互いの想い人がどれだけ格好良い(可愛らしい)かをお互い聞いていないのに語っていた。

 ある意味似た者幼馴染だ。


「リリはいいよな。両想い確定なんだから」

「何を言いますの。……まだ正式なお約束はしてませんもの。両想い確定なんて……早過ぎですわよ」


 照れて口ごもるリリベラだが、午前中の出来事キスを思い返すと、どうしても浮かれてしまう自分も抑えられない。


「その点僕は……」


 クリフォードは、いつもは自信満々な空色の瞳を曇らせる。実際に王子様なんだが、誰から見ても理想の王子様像を体現しているクリフォードも、ビビアンの茶色い瞳にだけは、ただのその辺にいる青年と同じなのだ。クリフォードを特別視しないビビアンに惹かれたクリフォードだったが、あまりに異性として意識されなさ過ぎるのも辛い。


「まぁ、頑張りなさいませ。そう簡単にビビアンは渡せませんけれど」

「あと三年半あるからね。焦らず頑張るよ」


 そこでリリベラ達の入場を促され、リリベラはクリフォードの腕に手を添えて夜会会場へ向かった。


 名前を呼ばれ、扉が開かれると、着飾った生徒達の視線がリリベラ達に集まった。今まで、本物の夜会にもクリフォードのパートナーとして出席したことのあるリリベラだ。注目を浴びることには慣れていた。


 嫣然と微笑むリリベラは、一瞬にしてランドルフの居場所をチェックする。背の高いランドルフはよく目立ち、窓際で三年女子の軍団に囲まれているようだった。その少し離れたところに男子の群れがあるから、あの中にビビアンがいるのかもしれない。


「救出に行くぞ」


 クリフォードも同じようにチェックしていたらしく、リリベラの手にそっと触れると、ランドルフのいる方へ方向転換した。

 クリフォードは躊躇うことなく男子生徒の軍団に突進していった。


 リリベラも一呼吸おいて、女子生徒達の後ろから声をかけた。


「ご機嫌よう、皆様」


 リリベラの涼やかに響く声に、まるで潮が引くように女子生徒達が別れて、ランドルフとランドルフに纏わりつくシルバーブロンドの髪の派手な女子までの道ができる。


「ランディ、ビビアンのエスコートはどうしたの」

「ビビアンに飲み物を取りに行っていたら、こうなってた」


 早い段階で入場していたランドルフは、リリベラ達を待つ間、飲み物でも飲んで待っていようと、ランドルフが飲み物を取りに行っている一瞬に、ビビアンの周りに男子生徒が群がってしまったらしい。ビビアンを救出しようとしたところ、同じチームだったカターシャ達に捕まり、知らない間に自分の周りも女子の一団に囲まれてしまった……ということらしい。

 両手にグラスを持っていた為、カターシャの手を振り解くことも難しかったようだ。


 リリベラは、ランドルフの手からグラスを取り上げると、側にいた女子生徒に手渡した。


「差し上げるわ」

「え?……別に喉は渇いていない……いえ、いただきます」


 リリベラの圧に負けて、女子生徒はグラスを受け取る。一応相手は上級生のようだが、ランドルフを狙う女子ならば年下も年上も関係ない。ただの敵だ。


 クリフォードの婚約者候補筆頭という肩書きのせいで、リリベラはクリフォードに近付く女子を威圧し、蹴散らし慣れている。表情、顔の角度、姿勢、声音、全てにおいて、嫌味な女を演じたら、リリベラに勝る者はいないというくらい、堂に入った悪役令嬢ぶりだ。


 実際に嫌がらせをしたりする訳ではないので、フリだけではあるのだが、周りは勝手にリリベラを苛烈な性格だと思いこんでいるので、リリベラに一瞥されただけで、普通の女子ならば萎縮してしまう。


「あら、クリフォード王子様がエスコートのお相手ですわよね?ファーストダンスもまだなのに、もう飽きられてしまったのかしら」


 カターシャは、わざとらしくランドルフの腕にしがみつき、リリベラに対峙してきた。


「あら、どなたか記憶にはありませんが、先輩にはエスコート役はおりませんの?ランディはビビアンのエスコートですし」

「あら、あなたご存知ないの?サマーキャンプの夜会では、同じチームならば一人で数人の女性のエスコートをすることもあるのよ。男子と女子の人数が均等ではありませんからね。ほら、あそこの彼みたいに」


 カターシャの指差す先には、スチュワートとモブ三人娘がいた。三人共がスチュワートにベタベタし、夜会というよりはナイトクラブのようなノリだった。


「ですから、ランドルフ君は私のエスコートをする義務もあるんですの。同じチームですから」

「それでは、やはり先輩にはエスコートを申し入れてくれる男子がいなかったということですのね。あんなに男子は余っているようなのに」


 リリベラは、わざとらしくビビアンに群がっていたフリーの男子生徒達に目を向けた。


「お断りしたのよ!私に釣り合う男子がいなかったから」

「他の男子のエスコートを断っておいて、相手がいないからとランディにエスコートを強制するのはおかしな話ですわね。ランディは、その先輩のエスコートがしたいのかしら?」

「いや、全くしたくないな」

「ならば、先輩がエスコートを断ったように、ランディにも断る権利はありますわよね」


 ランドルフは、カターシャの手を引き離すと、リリベラの横に並んでリリベラの手を自分の腕にかけさせた。


「クリフォード王子のところまでご案内いたしましょう。レーチェ公爵令嬢」

「ありがとう。お願いするわ。では、皆様夜会をお楽しみになって。あ、でも、エスコートのお相手がいらっしゃらないと、ダンスもできないですわね。あちらにビッフェコーナーがございますわ。お食事をしていれば、パートナーがいないとは思われないんじゃないかしら。オホホ、では失礼」


 ランドルフに二度と手を出すなと、リリベラは心の中では盛大に舌を出しながら、澄ました表情でランドルフの横を歩く。


「リリベラ、助かったよ。正直、香水匂いで鼻がもげるかと思った」

「ウフフ、女子を言い負かすのは任せてちょうだい。年期が違いますわ」


 リリベラ達に背を向けられたカターシャは、ギリギリと扇子を握り締め、リリベラの背中を悪意のこもった視線で睨みつけた。


 第二シーズンでは攻略対象者でもあるカターシャは、その美貌と完璧なプロポーションはリリベラにも引けを取らず、こんなぞんざいな扱いを受けたことはなかった。また、同じ学年では公爵令嬢も侯爵令嬢もいなかった為、伯爵令嬢ではあったが三年女子の中では女王のように振る舞ってきた。ランドルフと同じチームになったことで、魔法祭では最優秀賞までとることができ、カターシャはさらに天狗になっていた。


 この夜会でパートナーを選ばなかったのも、沢山の男子生徒にチヤホヤされ、他の女子との格の違いを見せ付けようとしたからで、まさか自分に集まる筈だった男子達が、ランドルフのパートナーの周りに群がるとは思ってもみなかったのだ。


 しかも、魔力と学力だけのむさ苦しい男子と思っていたランドルフが、きちんとした格好をするとかなり見栄えが良く、これならばただの取り巻きではなく、婚約者にしてあげても良いかもと、かなり上から目線ではあるが、本気でランドルフに狙いを定めたところだった。

 自分ならば、本気を出せば男子なんか簡単に堕とせるとたかを括っていた。


 それが、多くの女子の前で辱められ、ランドルフにも逃げられた。


 カターシャの恨みは、全てリリベラへ向かった。


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