第21話 誕生日プレゼント
新学期が始まり、夏休みの余韻も薄くなった頃、リリベラはランドルフの誕生日プレゼント制作に勤しんでいた。
十月一日、ランドルフは十九歳の誕生日を迎える。
毎年、何かしらお祝いはしているのだが、今年はどうしても特別な何かをプレゼントしたいと思ったリリベラは考えた。お互いに告白した訳ではないが、確実に去年までとは違う二人の関係が築かれているのだから……。
そう考えたリリベラは、手作りの何かをプレゼントしたいと思い悩み、マントに刺繍を入れてプレゼントすることにしたのだ。マントから手作りできれば良かったのだが、そこは手作りよりも色んな魔法効果のついたマントを購入した方が見栄えも性能も良い為諦め、裏地に刺繍を施して、少しでも魔法効果を高めようと思った。
マントには、耐火作用耐水作用があり、さらには魔法効果半減の魔法もかかっている。リリベラが裏地に施す刺繍は、魔法効果プラス五となる補助魔法陣の図柄で、リリベラの魔力も吹き込みながら、一針一針刺していた。
「大分出来上がったわ」
マントが翻って裏地が見えたとしても、恥ずかしくない出来栄えよね?と、リリベラは一人マントを広げて眺めては、満足いく出来栄えにニヤニヤする。
しかし、あと少しで出来上がるという段階で、紫色の糸がなくなってしまった。
今日は、ビビアンは珍しく休みをとって実家に帰っており、まだ公爵邸には戻ってきていない。
ビビアン以外の侍女に頼んで、適当な糸を選んでこられても困るし、何よりもリリベラが自分で全て行いたかった。
リリベラはベルを鳴らして侍女を呼びつけると、買い物に行くことを告げた。
仕度を整え、用意させた馬車に乗る。ランドルフにプレゼントするマントに刺繍していることはビビアン以外は知らないから、お付きの侍女はつけないで出発した。
「ここで待っていてくださる?すぐに戻ります」
リリベラは、御者に声をかけると一人馬車を下りて雑貨屋に入った。ここはビビアンお勧めの雑貨屋で、とにかく多種多様なものが置いてある。刺繍糸も、手芸専門店より品数は少ないが特殊な糸が置いてあった。
「ご機嫌よう」
「いらっしゃいませ。今日はお嬢様お一人ですか」
「ええ。紫色の刺繍糸を見せていただけるかしら」
「かしこまりました。こちらに座ってお待ちください」
店主である老婦人は、リリベラの来店に笑顔で応対すると、刺繍糸を捜しに店の奥に入っていった。
リリベラは、勧められた椅子に座ることなく、店の中を見て回った。
この店は、店主の趣味で商品の仕入れをしている為、置いてある品物に関連性はないが、可愛らしい物や綺麗な物、珍しい物が所狭しと飾られている。何に使う物なのか、想像して見ているだけでも面白い。
「あ……、あの飾り房。マントにつけたら素敵かもしれません」
綺麗なエメラルドグリーンの飾り房を見つけたリリベラは、キョロキョロと辺りを見回した。飾り房は高い棚に並べられており、リリベラの手では届かなそうだったのだ。店主の老婦人は背の低い婦人だったから、どこかに品物を取る踏み台か脚立がある筈で……、リリベラは壁に立て掛けられた脚立を見つけて持ってくると、脚立を広げて立ててみた。
脚立に上ったことはなかったが、侍女達が掃除の時に使用していたから、これが上る為の物だと知っていた。侍女達はすんなり上っていたから、リリベラも上ってみた。しかし、思っていたよりもグラついて安定感が悪い。一番上まで上った時、下から声をかけられた。
「リリベラちゃん?」
リリベラをちゃん付けして呼ぶのは……。
「あ……」
振り返ったのが良くなかった。足を踏み外して、リリベラの身体は宙に浮いた。
「ゲッ!」
リリベラに声をかけたスチュワートは、慌てて手を差し出してリリベラを受け止めようとする。
リリベラはスチュワートに向かって落ちて行き、スチュワートの顔にしがみつくような形でスチュワートに抱き止めて貰った。リリベラの豊かな胸に鼻を押し潰されたスチュワートは、リリベラの細い腰を抱き締めたまま、リリベラの胸の谷間に埋もれた鼻をグリグリと押し付けてきた。
「イテテ……。いや、でもいい香りだし、これはまた最高の弾力で」
「嫌ーッ!離してください」
リリベラが拳でガツガツとスチュワートの頭を叩く。
「イタッ!いや、リリベラちゃん本気で痛いから。下ろす、下ろすから暴れるなって」
スチュワートはリリベラを床に下ろすと、半歩後ろに下がった。
「助けて下さったのはお礼を言いますわ。でも、その後のは不必要な痴漢行為ではなくて」
「そりゃ、目の前に魅力的なおっぱいを押し付けられたら、匂いくらい嗅ぐだろ」
「押し付けた覚えはありません!」
またもやスチュワートとエッチなイベントが発生してしまった。しかも、ランドルフの防御魔法という名前の攻撃魔法は発動したようだが、スチュワートのつけている魔法効果半減のピアスのせいか、何度か受けて耐性ができたのかはわからないが、痛みはあってもそこまで苦痛に思わなかったようだ。
それでもリリベラの物理攻撃の方が効いたようで、それならば護身術を極めようか……と、リリベラはビビアンに護身術を習う決意をした。
「どうせさっきのがアラームになって、すぐにあんたの王子様が現れるんだろ。俺は早めに退散しておくぜ」
「お待ちになって」
「なに?」
「私、あれが取りたいんです」
リリベラが飾り房を指差した。
「なに?取ればいいのか?」
「いえ、取るのは自分で。脚立がグラグラするので、押さえておいていただきたいんですの」
確かに、さっきペンダントの防御魔法が発動してしまったから、ランドルフがすぐに来てくれるかもしれない。ならば、買い物は早く終わらせておかないといけない。せっかくのサプライズの誕生日プレゼントがバレてしまうかもしれないからだ。
「え?いいの?スカートの中覗くかもよ?」
「覗いたら蹴り飛ばします」
「そうしたら、リリベラちゃんは脚立から落ちて大怪我だな。OK、覗かない。怪我はしないに限るからな」
リリベラは細心の注意を払って(下着が見えないように)脚立に上り、目当ての飾り房を取ることができた。
「お嬢様、お待たせ……、あら?スチュワート君来ていたの」
店主が戻ってきて、スチュワートにニコニコと話しかける。
「えぇ、プレゼントを買いに」
「スチュワート君はお友達が多いのねぇ。先週も買っていなかった?」
「マメなんすよ。今日は、リボンとブローチと……あと羽つきペン」
「はいはい。また、個別に包装するのよね?お嬢様、紫色の刺繍糸を見繕ってきましたから、この中によろしいのがあると良いのですが」
店主は、沢山の少しずつ光沢の違う糸を持ってきていた。それをテーブルに広げると、「ゆっくりお選びください」と言って、スチュワートの注文の品を選びに行った。
「ここにはよくいらっしゃるんですか?」
リリベラは、刺繍糸を選びながらも気になるから聞いてみる。どう見ても女子が好みそうな雑貨屋で、男子が入るには敷居が高い気がしたのだ。それが、店主に名前を覚えられるくらい通うとか、どれだけ足繁く通っているのか。
「だってここはアイテム屋……って、知らねぇよな。女子が好きそうな物が沢山あるからな」
アイテム屋?
スチュワートは、意味不明な単語を呟いたが、すぐに「女の子はこういうのが好きなんだろ?」と、髪飾りを手に取りリリベラの髪の毛に当てた。
髪飾りは金の細かい細工がされており、小さな花が垂れて動くと揺れるようになっていた。
リリベラの好みど真ん中の髪飾りを差し出され、思わずリリベラの心臓がトクンと鳴る。
(いえ、いえ、髪飾りが気に入っただけですわ。この男にドキドキした訳じゃ……)
「なんなら、買ってやろうか?」
「結構です。あなたにプレゼントを貰う理由がありませんもの。それに、欲しかったら自分で買いますわ」
「だよな(これ、リリベラちゃんの好感度爆上がりアイテムだもんな)」
スチュワートは、髪飾りを元の場所に戻すと、注文の品を持ってきた店主にお金を払うと、足早に店を出て行った。
リリベラも刺繍糸を選び、さっきの飾り房も一緒に購入すると、店を出る前にさっきスチュワートが手にした髪飾りに惹かれて足が止まった。
本当にリリベラ好みの髪飾りで、もしスチュワートが手にしていなければ、即買いしていたかもしれない。スチュワートが選んだ物を買うということが、何か負けたような気がして素直に手が出せないのだ。
しかし、見れば見る程気になってしまい……。
「リリベラ!」
髪飾りに手を伸ばそうとした時、店にランドルフが飛び込んできた。
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