第19話 サマーキャンプ二日目(浜辺)2

「確かに、この姿でははしたなくて人前には出れませんわね」


 リリベラは、岩場に座ってランドルフを待つことにした。


 しばらく待つと、砂浜を踏みしめて歩く音がし、ランドルフが戻ってきたのかと、リリベラは顔を向けた。


「あ……」


 振り向いた先にいたのは、さっき海に落ちたスチュワートで、肩にはバスタオルを引っ掛けていた。


「着替えに戻ったんじゃ?」

「なんであんたまで濡れてるんだ?」

「波しぶきがかかってしまって。今、ランディがタオルを取りに行ってくれているんですの」

「ああ……それで人前に出るのは、確かにちょっとまずいか」


 てっきりイヤらしい目で見られると思いきや、スチュワートはリリベラの肩に自分のタオルをかけてくれた。


「俺も拭いたから、ちいとばかし濡れてるけど、ないよりはマシだろ」

「ありがとう……ございます?」

「プハッ!なんで疑問形なんだよ。頭しっかり拭けよ」


 スチュワートはさっきスチュワート達がいたら辺に岩場を下りて行くと、何やら捜しているようだった。


「何か落としましたの?」

「ああ。ピアスなんだが……」

「ピアスですか?」

「ああ。オニキスのピアスなんだが……海に落ちた時に外れたのかな。クソッ、ねぇな」


 ピアスみたいに小さなもの、外で落としたのならばます見つからないだろう。それをわざわざ捜しに来たということは、よほど大事な物なんだろうか?


 リリベラも岩場から下に下りた。


「オニキスということは、黒いピアスで間違いないですか?」

「おー、何だ、リリベラちゃんも捜してくれるのかよ」

「ランディがくるのを待っているだけでは暇だからですわ。暇つぶしですから、お気になさらず」


 屈んで岩の隙間を覗いたり、海の中に手を入れて砂の中を探ってみるが、ピアスなどみつかる筈もなく……。


「リリベラちゃんはさ、さっきのランディ君?彼が好きなんだろ」

「いきなり何ですの?!」


 予想もしていなかったいきなりの会話に、リリベラは必要以上に焦ってしまう。


「いや、聞いてみただけ。万が一俺への好感度が爆上がりしたら悪いなと思って」

「有り得ませんわ!」

「ウワッ、即答!凹むわぁ」

「ないからないと返しただけです。そんなくだらないことを話すくらいならば、辺りをもっとくまなく捜しなさいませ」

「へえへえ」


 石と石の間にキラリと光る物を見つけて、リリベラはそこに手を入れて光る物体を摘んだ。


「これ!これじゃないかしら?」


 キャッチはないが、黒い石のついたピアスをスチュワートに差し出した。


「これだこれ!リリベラちゃん、ありがとう!」


 スチュワートはピアスを受け取ると、しっかりと握り込んだ。


「これ、そんなに大切な物でしたの?誰か大切な方からいただいたとか」


 リリベラは、胸元にあるペンダントを思って聞いてみた。


「違う違う。これは自分で買ったんだ。かなり値がはったから、効果を確かめる前になくしたんでショックでさ。いや、見つかって良かった」

「効果?」


 スチュワートはニヤリと笑うと、大股でリリベラに近寄り、その肩を抱いて唇の端ギリギリに唇を寄せてきた。頬か唇か……という場所にキスをされ、リリベラはスチュワートを思い切り突き飛ばした。


 再度海の中に落ちたスチュワートは、「イテテ……」と唇を押さえながら立ち上がった。


「魔法効果半減の魔導具。魔法効果無効は、さすがに高過ぎて手が出なかったんだよな。これなら、ギリ我慢できるな。うん、これでラッキースケベイベントもどんとこいだ」

「な……な……な……」


 ランドルフが作った防御のペンダントに対抗する魔導具が、スチュワートの落としたピアスで、リリベラはわざわざそれを捜す手伝いをしたばかりか、自ら見つけてしまったという訳だ。


「リリベラちゃんの王子様が怒鳴り込んで来る前に、俺は逃げることにするか。そんじゃ、夕方の夜会でな」


 スチュワートは、濡れたついでだとばかりに海の浅瀬を歩いて行ってしまった。一人残されたリリベラは、岩場にペタリと座り込み、しばらく呆然としていたが、すぐに怒りで全身に震えが走った。


「リリベラ!」


 魔導具が発動したことに気がついたランドルフが、息せき切って駆け寄ってきた。


「リリ……リリベラ?」


 ランドルフに肩を揺さぶられ、リリベラはハッとしたように焦点がランドルフに合った。ランドルフの存在を認識した途端、リリベラの吊り目がちなエメラルドグリーンの瞳が潤み、涙が溢れて落ちた途端、その涙は滝のように流れ落ちた。


「何があった?!また、シモンズの奴か?!」

「ランディ……ランディ……ランディ」


 リリベラは、唇の端をゴシゴシと手の甲で擦る。


「リリ、そんなに乱暴にしたら唇が切れてしまう!」


 ランドルフがリリベラの手を掴んで止めさせる。

 擦れて赤くなってしまった場所を、ランドルフは痛ましそうに見つめた。そして、そこをそっと親指でなぞると、涙で濡れた目に唇を寄せる。チュッと音がしたかと思うと、涙が流れた跡を辿るように、ランドルフは唇を移動させていく。最後に、赤く擦れた唇の端をチュッと吸った。


「ランディ……」


 涙はピタリと止まり、リリベラは真っ赤な顔でランドルフを見上げた。その蕩けたように甘い表情は、ランドルフへの気持ちがダダ漏れており、ランドルフのキスを受け入れていることを告げていた。


 ランドルフはフッと微笑むと、触れるだけのキスをリリベラの唇に落とした。


「泣き止んだな。で、何があった?」

「シモンズ男爵令息が、ここで落としたピアスを捜しに戻ってきたんです」

「ピアス?」


 リリベラはコクリと頷くと、スチュワートが魔法効果半減の魔導具であるピアスを落としたこと、そうとは知らずにリリベラはそのピアスを一緒に捜し、しかも自分が見つけてしまったことを告げた。


「そうしたら、その効果を確かめる為に、頬……というか唇の横にキスを……」

「そこは頬。唇はここ」


 再度、ランドルフの顔が近付き、リリベラの唇に触れた。さっきよりも長く唇を合わせ、チュッと音をたてて離れた。


「あー、もう!本当は、リリベラに相応しい男になってから、君にちゃんとプロポーズしてからキスするつもりだったのに」

「ランディ……」


 ランドルフは髪の毛をかき上げると、煉瓦色の瞳に強い光を携えてリリベラを見つめた。


「きちんとした約束はまだできない。まだ僕には何もないから。でも、君にキスできるのは僕だけだと、それだけは約束してくれないか」


 リリベラの瞳にまた涙が浮かんだ。しかし、その涙はさっきとは違う涙で……。


 ★★★


「お嬢様……良かったでずー」


 ビビアンがグズグズ泣きながら、岩陰からリリベラ達を見てつぶやいた。


 ビビアンとクリフォードは、岩陰から出ないように、かなり密着した状態で出歯亀真っ最中だった。


「ビビアン、もう少し静かに泣かないと、リリベラ達にバレる」

「大丈夫ですよ。すでにランドルフ様は気がついていますから。ほら、わざとですよ、あれ。私達にお可愛らしいお嬢様の様子を見せないように、わざと私達に背中を向けてお嬢様を隠してるんです。きっと、お嬢様にバレないように、防音の魔法でも使っている筈ですから」


 ビビアンの言うことは100%正しかった。ランドルフにキスされて蕩けた表情のリリベラを、リリベラ推しのビビアンに見せてあげるほど、ランドルフの心は広くないのだ。


「二人がうまくいくのは喜ばしいことだが……、学園にいる間に婚約されるのは困るな」


 息づかいが聞こえるくらいの近距離にいるというのに、頬を赤らめることもなく、だたリリベラのみ注視しているビビアンを見ていると、異性とすら意識されていないのは明らかだ。

 こんな状態で、リリベラに婚約者候補筆頭を降りられたら、それこそ婚約者がまだ決まっていない貴族令嬢に囲まれて身動きがどれなくなるばかりか、リリベラの侍女であるビビアンに会う口実さえなくなってしまう。


「それは……大丈夫ではないでしょうか」

「なぜ?」


 クリフォードは、顔を寄せて話すビビアンにドキドキしながら、顔色には出さないように表情をコントロールする。


「(ゲームでは、四年生までリリベラは誰とも婚約していなかったから……とは言えないし)ランドルフ様が旦那様と約束したからです」

「レーチェ公爵と?」

「はい。お嬢様に求婚する為の条件を出されたんです。二学部以上の卒業証書をとることという」

「そんなの、あいつなら一年で取れるだろ」

「でも、卒業証書を手にできるのは、卒業する時ですから」


 リリベラの父親に口止めされているからリリベラには言っていないが、レーチェ公爵とランドルフが交わした約束は、きちんと証書になってレーチェ公爵の執務机の鍵のかかった引き出しにしまわれている。


 どちらの想いも知った上で、傍から見ているビビアンは、「これが両片想いってやつね!」と、ランドルフを想いながら一喜一憂しているリリベラを見て、「そのお顔、最高にそそられます!」と悶えていたりする。推しの色んな表情はご馳走なのである。

 

 ある意味変態のビビアンは、自分がリリベラに熱い視線を向け過ぎており、自分に向けられる視線には気が付かない。


「四年か、長いようで短いかもしれないな」


 クリフォードは、ため息を飲み込んで、ソバカスの散った可愛らしい横顔を盗み見た。


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