第12話 馬車イベント

「……痛ッ」


 リリベラは座席から投げ出された時に、太腿を強く対面の座席にぶつけてしまった。


「お嬢様!大丈夫でしょうか」


 馬車の覗き窓が開き、御者が顔を覗かせた。


「いったいどうしたの?」

「すみません。いきなり子供が飛び出してきまして」

「子供が?!怪我は?」


 リリベラが慌てて馬車から下りると、額から血を流した男の子がワーッワーッ泣いていた。


「大変!すぐにお医者様に連れて行かないと」

「しかし、お嬢様と同じ馬車に乗せる訳には……。それに、馬車はぶつかっておりません。この子供が驚いて転んだだけですし」

「うちの馬車にびっくりして怪我をしたんですよ」

「しかし、素性の知れない男をお嬢様と馬車に乗せたら、私が旦那様に叱られてしまいます」

「男って、まだ子供じゃない」


 小さな男の子ではないとはいえ、まだ十分少年で通る年頃だと思う。


「しかし……」


 御者はなかなか首を縦に振らず、少年はそれを見てより泣き声を大きくする。こちらに過失はないからじゃあね……という訳にもいかず困りきっていると、そのタイミングで馬車が横付けされた。


「どうしたんだ?」


 馬車から顔を出したのはスチュワートだった。

 明らかに貴族の二頭立て馬車に、御者はことの経緯を説明しだした。


「なるほど、ならばリリベラ嬢は俺が家まで送ろう。そちらの馬車は、そいつを病院に連れて行けばいい。どうせ大した傷じゃないだろうが」

「いえ、ここからならば歩いてもそんなに距離があるわけじゃありませんから。シモンズさんは気にせずご帰宅ください」

「ああ、お嬢様の知り合いの方でしたか。ありがたい!お嬢様をお頼み申します。ほとほと困っていたんですよ」


 御者はリリベラの手を取り馬車から下ろすと、そのままスチュワートの馬車に押し上げた。スチュワートも、リリベラの腕をつかんで馬車に引き上げたものだから、リリベラはスチュワートの真横にストンと腰を下ろすことになる。


「え?いや、ちょっと」

「じゃあ、お嬢様をお願い致します」


 馬車の扉がバタンとしまり、リーチェ公爵家の馬車よりは二周り小さい馬車に、スチュワートと二人並んで収まり、馬車はガタガタと動き出してしまう。


「悪いな、公爵家の馬車よりは乗り心地は悪いだろう」

「いえ、そんなことは……って、なぜカーテンを閉めるんですの?!」


 スチュワートは、さっきまで開けていたカーテンを閉めてしまい、馬車の中は薄暗く狭い密室となる。

 リリベラは、できる限りスチュワートから距離をとり、引き攣りそうになる表情を繕う。スチュワートは、そんなリリベラをニヤニヤ顔で見た。


「第三王子の婚約者候補筆頭が、俺の馬車に乗っているのを見られたら、変な噂がたつんじゃないかと思ってな。なんか、違うことを期待したか?ご要望があれば、いくらだって聞くが?」

「ありません!できる限り離れていただきたいというのが私の要望です」

「ふーん。それはなかなか難しいかもな。なにせ、うちの馬車は狭いし揺れるから……ととと」


 スチュワートはわざとらしくリリベラに倒れかかってくる。


「ヒッ……」


 スチュワートは、壁にドンと手をついて接触一ミリ手前で止まる。両手で胸を隠すようにブロックし、できる限り顔を背けてスチュワートから距離を取ろうとするリリベラに、スチュワートのニヤニヤ笑いがさらに深くなる。


「うーん、そんなに本気で嫌がられると……燃えるな、逆に」


(変態ですの?!この人!)


「離れてください!」

「まぁ、確かに第三王子は顔はいいが、俺もそこまで負けてないと思わないか?身体も鍛えているから脱いだら凄いんですってやつだし、アッチの技術もなかなか評判いいぜ」

「ちょっと何を言われているかわかりませんわ!」


 キッとスチュワートを睨むが、スチュワートは飄々とした様子で、リリベラが嫌がる反応をするのを楽しんでいるような素振りさえ見受けられる。


「誰にでも好かれる王子様の婚約者候補筆頭とか、結局は候補だろ。周りからはアレやコレや求められて、ストレスたまるよな。その挙げ句、王子様は身分の差を乗り越えた真実の愛を見つけちゃったりするんだろ?王道だな。リリベラちゃん、王家に尽くし過ぎ。多少羽目を外しても、誰にも文句を言われる筋合いはねぇだろ」


(だから、自分と楽しもうですか?本当に理解できません。と言いますか、リリベラちゃんとは?いきなり距離を詰めるようなそんな呼び方、親しげで嫌過ぎます!)


「私のことは、リーチェ公爵令嬢とお呼びください」

「なんだよ、いきなり距離が開いたな、おい。爵位で呼ぶとか、学園の校風に合わないんじゃねぇの」

「……では、リーチェさんとか」

「俺とあんたの仲で?」

「どんな仲ですの?!……イタッ!」


 思わずスチュワートに詰め寄りそうになり、リリベラは慌てて距離を取ろうと身体を変なふうに動かしてしまい、痛めた太腿に力が入ってしまった。


「どうした?」

「なんでもありません」

「足か?なんでもないなら、スカートめくって見せてみろよ」

「なッ……。さっき、太腿を少し強くぶつけてしまっただけです。問題ありません」


 リリベラが制服のスカートをしっかり押さえながら言うと、スチュワートは手を太腿の上に伸ばしてきた。


「イヤッ!」


 太腿に触られる!と、リリベラが身体を硬直させて目を固く瞑った時、スチュワートの手はギリギリスカートの上で止まった。


「本当は直に触った方がすぐに治るんだけどな」

「え?」


 スチュワートの手がホワッと熱を帯び、リリベラの足もジンワリと温かくなっていく。


「これは?」

「治癒魔法だな」


 治癒魔法?!聖人とか聖女のみが使えると言われている特殊魔法で、誰にでも使えるものではない。


「シモンズ男爵令息が……聖人」

「いや、たいした力じゃない。小さな傷くらいしか治せないし、大きな傷や病気には効かないからな。だから聖人認定もしてない」


 微力とはいえ、数少ない治癒魔法を使えるならば、男爵家出身だとしても、学園で一組にクラス分けされてもおかしくない。同じクラスになりたくないから、別にこのままで良いのだが、クラス分けは卒業後の進路にも関わってくるから、スチュワート的にもこのままで良いのだろうか?


「俺、この力を使えば、マッサージもかなり上手いぜ」


 太腿よりも上に手をかざされ、リリベラは下腹部が熱くなり、カッと頬を赤くする。


「ついでに言うと、皮膚接触よりも粘膜接触の方が性に合うみたいなんだよな。それこそ、聖人レベルで治癒できちまうみたいでさ」

「もう結構です!手を退けてください」

「うん?直に触ってくれって?リリベラちゃん、大胆だね」

「ですから、呼び方!」


 リリベラが叫んだタイミングで、馬車の車輪が石を踏んだのか、馬車が大きく跳ねた。


「キャッ!」

「ウワッ!」


 スチュワートの手が、リリベラの太腿の間にグッと滑り込んだ。不可抗力の出来事だったからか、スチュワートの太い指がリリベラの股間を擦って当たる。その感触にゾワリと拒否反応が起こり、リリベラは太腿を閉めてスチュワートの手から逃れようとするが、逆にスチュワートの手を挟んだまま閉じ込めてしまう。


「ヒッ……」

「アララ……そんなに締めたら、抜こうにも抜けねぇだろ。……あ、触って欲しいならご要望に……って、イテテッ!何だこりゃ?!おい、おまえ股に何を仕込んでやがる?!」

「イヤッ!」


 スチュワートはリリベラの股間に手を突っ込んだまま、手首を押さえて悶絶しているし、リリベラはパニックになっており、足の力を抜いてスチュワートの手を引っ張り出せばいいのに、さらに力を込めてスチュワートの手を挟み込んだまま、悲鳴にならない悲鳴を上げる。


「だから、力を抜け!手を挟むな!イテテッ……まじ、手がもげる!」


 スチュワートはあまりの痛さに力技に出た。

 もう片方の手もリリベラの太腿の中に突っ込み、太腿をこじ開けたのだ。つまり、スチュワートの目の前で足をはしたなく大きく開脚させられたリリベラは、スカートはめくり上がり下着まで見え、恐怖のあまり蒼白でガタガタ震えていた。


「貞操帯かなんか知んねえけど、さすがにこの痛さは洒落になんねぇぞ。って、何もねぇな?パンツの中か?」


 手を引っこ抜いて痛みから逃れたスチュワートは、あの痛みの元が気になったのか、リリベラのスカートの中を覗き込もうとする。


「イヤーッ!!」


 リリベラがスチュワートの顔面を靴底で蹴ったのと、馬車の屋根が弾け飛んだのは一緒だった。


「リリベラ!!!」





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