第13話 リリベラの王子様
「リリベラ!!!」
馬車の屋根が半分吹っ飛び、見晴らしが良くなった視界の先にいたのは、単身馬に乗って駆けてくるランドルフだった。
「イッテェ……って、なんだよ、おい!」
「リリベラに何をした!!」
馬車が停まり、半壊した馬車にあ然としている御者は放置し、ランドルフは扉(壊れてプラプラしていたが)を開けて馬車に乗り込んだ。
「ランディ!」
「リリベラ!」
ランドルフは、スチュワートを蹴り飛ばした勢いで後ろに倒れていたリリベラを素早く抱き起こし、乱れたスカートを直してスチュワートを睨みつけた。あまりの怒気に髪の毛が逆立ち、いつもは見えないランドルフの目を露わにしていたくらいだ。
触れたら感電しそうなほどの怒りを表すランドルフに、スチュワートは降伏を示すように両手を上げる。
「俺は無実だ」
「リリベラに触れたな?!」
「だから、無実だって。たまたま馬車が揺れて、偶然リリベラちゃんの股間に手を突っ込んじゃっただけで、故意に触った訳じゃねぇよ」
「しかし、リリベラに不埒な感情を抱かなければ、保護魔法が発動する筈がない!」
「そりゃ、偶然でも女の子の股間触ったら、弄くりまわしたくなるじゃん」
あまりなスチュワートの発言に、リリベラはカッとして声を荒らげてしまう。
「弄くり回されてなんかおりません!!」
「ああ、それどころじゃなかったからな。手に剣がグサグサ刺さってんじゃないかってくらいの激痛で、それどころじゃなかったからな。まじ、えげつないだろ。しかも、リリベラちゃんが俺の手挟み込んだまま離してくれないもんだから、気絶するかと思ったぜ」
「誤解を招く言い方は止めてください!」
リリベラは頭の血管が切れそうになる。この男は、わざとこんな言い方をして、リリベラが反論するのを楽しんでいるからたちが悪い。ランドルフの怒気に当てられても、減らず口がたたけるのは、よほど神経が太いのか、無神経なのか……。
「リリベラに触れるとそうなる。二度とリリベラに関わるな」
「そりゃ無理だな。何せ、魔法祭で同じチームだし。それよりあんたは?あんたはリリベラちゃんに触れても大丈夫そうだけど、なんか抜け道があったりするわけ?」
「不埒な気持ちがなければ問題ない」
実際は、ランドルフの魔力のこもった魔導具なので、ランドルフだけは除外されているだけなのだが。
「へえ……。さっき、リリベラちゃんのパンツ、ガッツリしっかり見えたよな。それで不埒な感情がわかないとか、聖人君子かよ。それか、こんな魅力的なリリベラちゃんのこと、女性として見ていないとか?」
(やっぱりそうなんですの?!)
下着を見られたという事実より、ランドルフが自分を女性として意識していないと言われたことに、リリベラはショックを隠しきれない。
「ランディにとって私は……」
淡い初恋にヒビが入る音を聞いた気がして、リリベラは何も考えられなくなる。そんなリリベラの放心した様子を見て、「なるほど……リリベラちゃんの本物の王子様はこっちって訳か」と、スチュワートはつぶやいた。
「あ、ほら、お迎えがきたみたいだぜ」
スチュワートが指さした先には、辻馬車に乗ったビビアンが「お嬢様ー」と叫びながら手を振っている姿が見えた。
「一言言っとくけどよ、最初から不埒な気持ちで俺から触った訳じゃないからな。正直、最初は親切心から助けようとしただけっつうか、そっちから突っ込んできたっつうか。全部、偶然の産物。いわゆるラッキースケベってやつだな」
「ラッキーじゃありませんわよ」
放心しながらも、リリベラはスチュワートの言うことにツッコムことは忘れない。
「まぁ、俺からリリベラちゃんにアプローチすることはないってこった。そっちから来る分にはやぶさかではないがな」
ランドルフはスチュワートを睨みつけると、リリベラをいたわるように背中に手を当てた。
「リリベラ、行こう。家まで送っていく」
ビビアンの馬車が到着したため、リリベラ達もビビアンの馬車に移動した。
「お嬢様、もしかして馬車イベントだったんですか?!」
いつもと違う様子のリリベラに、ビビアンは寄り添い耳元で尋ねた。
「……多分」
リリベラの様子がおかしいことにはランドルフも気が付いていたが、スチュワートに触られたことが余程ショックだったんだろうと、馬車を半壊しただけでは足りなかったと後悔していた。
★★★
レーチェ邸についた辻馬車は、リリベラとビビアンを下ろして、ランドルフを乗せて学園に戻って行った。
「お嬢様、大丈夫ですか?馬車でキスでもされましたか?」
ランドルフがいては話し辛いだろうと黙っていたビビアンだったが、リリベラの自室に二人きりになると、リリベラの着替えを手伝いながら、馬車で何があったのかと尋ねた。
「されないわ!その……ちょっと際どいところに触られただけで、今回はスカートの上からでしたし、ランディのくれたペンダントも私を守ってくれましたもの」
「では、なんでそんなに意気消沈してらっしゃるんですか?今までは怒ったり泣いたりしてましたよね?今は……落ち込んでいらっしゃる?」
長い付き合いになる侍女には、リリベラの心の内などお見通しのようだ。
「ランディからいただいたこのペンダント、私に不埒な感情を抱いて触れると発動するらしいんですの。でも、ランディは私にそういう感情は湧かないようなんです。私は、ランディの気持ちを動かせる存在ではないんですわ」
リリベラは、ペンダントを握り締めて大きなため息をついた。ビビアンは、そんなリリベラの手を両手で包み込み、リリベラの顔を覗き込んだ。
「それは……お嬢様の思い込みです。お嬢様の素晴らしいお身体に触れ、何も感じない人間なんかいる筈ありません。ありとあらゆる煩悩を具現化したのがお嬢様ですから」
「えっと……それは褒められてる?」
「もちろんでございます」
ビビアンのリリベラ贔屓はいつも通りだが、ビビアンのリリベラに心酔しきった眼差しは、リリベラを若干浮上させた。言われた内容はおいておいて。
「どうすれば、ランディに意識してもらえるかしら……」
今までは狭い世界の中、クリフォードとランドルフ、その他のクリフォードの取り巻き等と付き合うだけだった。それが学園に入り、沢山の同年代の子女や子弟と接するようになり、リリベラの不安は増していった。
ランドルフが、自分の知らない人間関係を作り、知らない女子と仲良くなるかもしれない。今までは悩むことなくランドルフの横にいることができたが、知らない間にその場所に違う女子がいるかもしれない。
そんな不安が常にあり、見た目は気が強くいかにも貴族令嬢然としているリリベラだが、年齢相応に悩んだり凹んだりするのだ。
「お嬢様、多分ですけれど、このペンダント、例外あり!な代物じゃないですかね」
「例外あり?」
「はい。だって、私はおもいっきり不埒な想像をしながら、お嬢様のお世話を毎日してますもの」
「ゲホッゲホッ……」
とんでもないカミングアウトをシレッとしたビビアンに、リリベラは思わず咳き込んでしまう。
洋服の着替えの手伝いどころか、入浴の補助や入浴後のマッサージなど、ビビアンはリリベラの専属侍女として毎日リリベラの世話にいそしんでいる。
そのビビアンが、リリベラに対して不埒な想像……。怖くて、何を想像していたかなど聞けない。
「私が触っても発動しないということは、発動しない条件も細かく設定済では?女子はセーフとか、手とか腰に触る分にはセーフとか。じゃなければ、ダンスの授業が罰ゲームになりますよ。リリベラ様と踊る男子は、皆防御のペンダントの餌食になってしまいますから」
「……女子は大丈夫とは聞きましたわ」
「やはり!ならば、ランドルフ様も自分だけはセーフに設定してますよ、絶対に」
「そう……なのかしら?」
他の男子に変な想像のネタにされるのは鳥肌が立つくらい気持ち悪いが、ランドルフにはそれくらい求められたいと思うリリベラだった。
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