第11話 二人の転生者

「私が今から言う単語、ご存知ならば右手を上げてください。いきますよ。花火、富士山、東京タワー、スカイツリー、令和……『イングリッド王立学園貴族令嬢を攻略せよ』、略して『インコウ』」


 ビビアンが単語を言い始めると、ランドルフの右手は恐る恐る上がり……、止めの最後の単語まで手が下りることはなかった。


「ビビアン、君もか……」

「ということはやはりランドルフ様も……」


 二人共驚き過ぎて、顔は能面のように無表情になるし、口調も平坦なものになる。


「他にもいるんだろうか?」

「それはわかりかねます。しかし、あの花火を魔法祭で上げれば、転生者ならば何かしらの接触をしてくるんじゃないでしょうか?花火の前のあれ、プロジェクションマッピングですよね。しかも、城は某ランドの有名なシン○レラ城でしたね」

「ああ、そうだ。それをイメージした」


 お互いの前だけを見つめて淡々と話していたが、ランドルフがハッとしたようにビビアンに向き直った。


「キサマ!『インラン』を知っていたということは前世男か?!」

「は?」

「男のくせに、リリベラの侍女を……。まさか、着替えを手伝ったりしていないだろうな!」


 ランドルフの魔力が膨らみ、ビリビリとした電気のようなものを帯びる。


「『インラン』好きが男ばかりと思わないでいただきたい。私の前世は某ブラック企業のOLです」

「おん……な?」

「確かに『インラン』はエロゲーですが、あの映像のクオリティー、登場人物の繊細な美しさ、女性が見ても楽しめます!まぁ無駄に巨乳が多過ぎるのはエロゲーだからしょうがないとして、世の男性の趣向を網羅するなら、多種多様なお胸を書き分けるべきでしたね。無駄な巨乳の中でも、お嬢様のお胸はまさに至高!ゲーム内でも、形も色もパーフェクトでしたが、本物はさらにグレート!」

「変態……」


 かなり引いたようなランドルフに、ビビアンはムッとした顔をする。


「じゃあ!ランドルフ様はお嬢様のお胸には全く、これっぽっちも興味はないと?!私は、お嬢様の全身を推しまくりです。前世の推しの侍女になれて、あのパーフェクトボディーを隅から隅まで整えられるこの幸せ!」


 アニメならば、背景に炎が見えるくらいのビビアンの熱弁ぶりに、ランドルフは逆に冷静になっていった。


「いったんクールダウンしようか。僕は『インコウ』の第二シーズンしかしたことがないんだが、ビビアンはどこまでやった?」

「残念ながら、第一シーズンで記憶はストップしてます。でも、第一シーズンはかなりやり込んだんですよ。最終攻略対象のお嬢様に行くまでに、好きでもない女子を口説き、たまに現れるお嬢様にイタズラしたいと思いながらも、好感度アップに勤しみ、少しずつ好感度の上げ方を変えたりして、エンディングムービーをコンプリしましたからね」


 ビビアンの熱量は凄かった。

 前世は高校の数学教師で、隠れオタクだと自負していたランドルフだが、ビビアンは女性ながら男性以上の熱量でエロゲーに取り組んでいたようだ。


「第一シーズンをコンプリしたビビアンに聞くが、この世界は第何シーズンだと思う?」

「第一しか知らないのであれですが、第一だと思います!第一のイベントもあったようですし」

「エッ?!」


(リリベラが言っていた偶発的事故。胸を触られたというアレが、第一のイベントで間違いないんだろうが、ランドルフがジュースを飲ませてもらったり、薄着のリリベラに偶然遭遇してしまうラッキーイベントは第二にあった筈だ)


 ランドルフがしばらく黙って考えていると、ビビアンが表を取り出してランドルフに見せた。


「これは?」

「第一シーズンでお嬢様に起こる出来事を学年毎に表にまとめてみました」

「この✕印は?」

「すでに起こったことです」

「まだ入学して一ヶ月くらいしかたっていないのにこんなに?!」


 ランドルフは、お守りのペンダントを渡すのが遅かったことを痛感する。

 しかも、内容が……あんまりだ!


「これだけゲームに忠実だと、第一シーズンで間違いないと思いませんか?ちなみに、第二はどんな内容ですか?」

「攻略対象は七人。どの攻略対象を選ぶかで、ストーリーは枝分かれし、好感度の上がり具合によって、エンディングムービーが数パターンあるんだ」

「王道な感じですね。第一シーズンがハーレム形成ゲームだったから、よりストーリー展開に力を入れたってわけですね。ちなみに、攻略対象にお嬢様は?」

「無論いる。エンディングムービーはそれこそガッツリ18禁だが、それまではどちらかというと乙女ゲームの男女入れ替えた感じだ。浮気は厳禁で、ひたすら攻略対象者の好感度を上げていく必要がある」

「ああ、第一がかなり最初から飛ばしてましたから、押さえたんですかね。お嬢様以外の攻略対象者は誰ですか?」

「それが……、リリベラ以外のルートは一回やったかやってないかで、名前も裏覚えだ。顔を見ればわかるんだが。一人はわかってる。今回魔法祭で僕と同じチームになったカターシャ・ダンベルだ」

「一番偉そうだった方ですか?」

「多分、それであってる」


 風が吹き、ランドルフの前髪がフワリと上がり、瞳が赤く光ったように見え、ビビアンはギョッとしてランドルフを二度見してしまう。


「な……」

「リリベラに渡したペンダントが……」


 ランドルフは、いきなり立ち上がるとビビアンには何も言わずにいきなり走り出してしまう。


「お嬢様がどうしました?!ちょっとお待ち下さい!」


 ビビアンも慌ててランドルフの後を追って走り出した。


 ★★★


 リリベラは一人リーチェ公爵家の馬車に乗りながら、昔ランドルフが見せてくれた花火のことを思い出していた。


 あれはまだクリフォードやランドルフと知り合ったばかりの頃だから、八歳くらいだったと思う。

 クリフォードの婚約者候補と側近候補を見極める為に、何度も王妃の茶会に呼ばれていた。同じくらいの貴族の子供達が集まり、遊びながらもテストされていたのだろう。沢山いた子供達が、次に呼ばれた時には半分に、また次はさらに半分にと減っていき、最後の方は男女共に十人くらいに絞られた。もちろん、ランドルフもリリベラも最後まで残っており、特にリリベラは婚約者候補の中でも、最有力候補とされていた。


 しかし、いくら公爵家でみっちり礼儀作法を叩き込まれているとはいえ、やはりまだ八歳の子供だ。ただ座ってお茶を飲んでいるだけでは飽きてしまう。


「リリベラちゃん。内緒のお話教えてあげる。内緒ってわかる?誰にも言ったらいけないのよ」


 リリベラと同じく、婚約者候補に残っていたニナリアが自分の顔と同じくらいの大きさのリボンをつけた頭を寄せてきた。

 いかにも「特別よ」というふうに声をひそめて言われ、リリベラはドキドキしながら頷いた。


「王妃様のお庭の裏側にね、妖精のなる木があるの」

「妖精?!」

「シッ!みんなにバレたら妖精さんが逃げちゃう」


 リリベラは、口を押さえて周りをキョロキョロと確認する。誰にも聞かれていなかったようで、ホッとして手を口から離した。


「いい、誰にも内緒で、一人で行かないと妖精さんには会えないの」

「誰にも内緒にしないといけないの?」

「そうよ。王妃様の庭の裏側に大きな門があってね、その向こう側が王妃様の裏庭なの。門の端のところに小さな凹みがあってね、私くらいなら通れるの。その先に妖精のなる木があるのよ。キラキラ光っているから、すぐにわかるわ。妖精は臆病だから、一人で行かないと見れないのよ。リリベラちゃんにできるかしら?」

「そんなの簡単よ」


 ニナリアがニンマリ笑ったことには気が付かず、リリベラの頭は妖精のことでいっぱいになってしまう。


 しばらく辺りを見回していたリリベラだが、クリフォードと話したくて子供達が群がり自分の周りに誰もいなくなると、ニナリアが教えてくれた裏庭へ足を向けた。


(裏庭……というか、あれはただの森だったわね。)


 王妃の庭から外れて裏側に回ると、ニナリアの言う通り大きな門があり、わざとらしく門の下の部分の土が掘り返されており、子供一人通れるくらいのスペースがあった。


 リリベラは、お気に入りの青いドレスが汚れるのも気にせずその凹みを通り抜けると、妖精のなる木を探して木々の間をぬって奥へ進んだ。

 しかし、いくら進んでも妖精のなっている木などない。

 諦めて帰ろうとしたリリベラだったが、来た道に印をつけてこなかった為に見事に迷ってしまった。


 涙が溢れそうになるのを必死でこらえて歩いていたら、木の根っこに躓いて盛大に転んでしまう。膝は好き好きするし、お気に入りのドレスはボロボロだ。


「……妖精なんかいないのね」


 リリベラの瞳から涙が溢れ、慌ててそれを手の甲で拭う。顔にも泥がついてしまったが、リリベラは気が付かなかった。歩く気力もなくなり、木の根っこに座り膝を抱えた。


「……ベラ……リリベラ」


 リリベラは、自分を呼ぶ声を聞いた気がして、慌てて顔を上げる。


「ここよ!ここにいるわ!」


 茂みがガサガサと揺れ、現れたのは一人の少年だった。木漏れ日が当たって、キラキラ光る柔らかい薄茶色の髪の毛が綺麗で、リリベラはボーッと見上げてしまう。整った顔立ちの少年は、リリベラを見て明らかにホッとした表情になり、赤みが強い煉瓦色の瞳は優しく微笑んだ。


「あなたは妖精?髪の毛がキラキラしているわ」

「僕は人間だよ。リリベラ、怪我をしたのかい?」


 少年は、リリベラの膝の擦り傷を見て眉をひそめると、手のひらを上にし、そこにウォーターボールを出した。


「これで手と膝を洗って」

「凄いわ。お水がボールになってる」


 リリベラもコップに一センチくらいの水ならば出せるが、器がないとすぐに地面に落ちてしまう。

 最初は感心してウォーターボールを見ていたリリベラだが、これを維持しているのは大変だろうと気づき、すぐに水をすくって手と膝を綺麗にした。少年は、自分のリボンタイを解くと、リリベラの膝に巻き付けた。その上ハンカチを濡らし、リリベラの顔まで拭いてくれた。


「あなたは誰?何で私のことをご存知なの?」

「僕はランドルフ・アーガイル。王妃様のお茶会には最初から参加しているからね。君のことも知っているよ」

「ああ、そうなんですね。ごめんなさい。私は知らなかったわ」

「いいんだ。それより、なんで王家の森に入り込んでしまったの?」

「妖精に会いたかったの。王妃様の裏庭に妖精のなる木があるって聞いたから。キラキラ光って綺麗な木だって」


 ランドルフは、リリベラが騙されて王家の森で迷子になるように仕組まれたんだとすぐに気がついた。婚約者候補の中で一番最有力候補であるリリベラをクリフォードから離したかったのか、それとも何か別の思惑……最悪崖に落ちたり獣に襲われて死亡するなんてこともないことはないから……があったのか。


 ランドルフは、リリベラがお茶会会場を抜け出すのを見かけ、その後をついてきたのだが、リリベラが抜けられた凹みも、ランドルフにはやや小さくて抜けられず、魔法で穴を大きくしていたらリリベラを見失ってしまったのだった。

 転んで怪我をさせてしまったが、無事に見つかって良かったと、ランドルフはホッと息を吐いた。


「キラキラ……か。こんな感じかな」


 ランドルフは火魔法を操って、火花を散らすようにしてリリベラに見せた。イメージは線香花火だったが、この世界に花火はないから、リリベラからしたら初めて目にするキラキラ光る火の玉だった。その綺麗さに、リリベラは膝の痛みも忘れて拍手喝采した。


 あの時、リリベラを助けに現れたランドルフを見て、本物の王子様だって思った。クリフォードが偽物というわけではないのだが、胡散臭い笑顔を浮かべる美少年よりも、ランドルフの優しい微笑みが、リリベラの胸にグッサリと刺さったのだ。


 それから今まで、リリベラにとっての王子様は変わらない。

 いつだって、ここぞという時に助けてくれたのはランドルフだったからだ。


 そんな淡い初恋の思い出に浸っていた時、馬車が急停車してリリベラは座席から投げ出されてしまった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る