第10話 花火

「待ちなさいよ。あなた、一年でしょ。三年の私達に挨拶もないなんて失礼じゃない。上級生には礼を持って接するものよ」


 顎を突き上げて、自慢の胸を張って言うカターシャは、濃紺の瞳を意地悪く輝かせ、リリベラにお辞儀をさせられる優越感を隠せていなかった。


「挨拶?リリベラが君達に?正気か?」


 ランドルフはムッとしたようにカターシャを見下ろし、さっきまで後ろに控えていたビビアンがツツツと前に出てきた。


「こちらは、リーチェ公爵家ご令嬢リリベラ様でございます。私はリリベラ様の侍女ビビアン。リリベラ様に代わりましてご挨拶申し上げます」


 ビビアンが代わりに頭を下げると、カターシャはリリベラを睨みつけてから踵を返した。


「ランドルフ君、魔導具の説明をしてちょうだい」

「あれでまだ理解してないのか?」

「いいから早く!」


 カターシャが牙が生えそうな怖い顔で振り返り、リリベラはランドルフの袖を引いた。


「先輩なんだから、そんな口をきいたら駄目よ。私、ここでもう少し見ていくから、久しぶりにランドルフの魔法が見たいわ」

「わかった。帰る時は馬車まで送るから、あっちのベンチで座って見ているといい」


 ランドルフはわざわざリリベラをベンチまで連れて行くと、走ってカターシャ達の元に戻り、指示しだした。


「ランドルフ様、いきなり張り切りだしましたね。さっきのマイナスポイントは取り消して差し上げなくては」

「フフ……、マイナスポイントが貯まったらどうなるのかしら」

「私ができる全力でランドルフ様に嫌がらせをしてさしあげます」


 ビビアンは、ランドルフが一番ダメージを受ける方法を知っている。リリベラとの間に割り込めばよいのだ。リリベラの為に、ビビアンはリリベラがランドルフと二人きりになれるように手配をしていたが、この逆のことをすれば、ランドルフはリリベラ不足で大ダメージだろう。


 ランドルフがリーチェ邸を訪れた時など部屋で二人っきりになれたり、学園でもたまに二人っきりで話す時間が取れたりするのは、ビビアンが人払いして、誰にも邪魔されないように見張ったりしているからだ。


「程々にね」


 ビビアンがランドルフに嫌がらせをしたら、リリベラにもダメージが直結することに気づかず、ビビアンができる嫌がらせとは、お茶菓子を減らすとか、苦いお茶をいれて出すとかかしらと、リリベラは呑気に考えていた。


 リリベラ達がベンチに座ってから少したった頃、ランドルフがリリベラの方を向いてから、カターシャ達に合図を送った。


「始まりますね」


 カターシャ達はランドルフを囲むように五角形に立ち、手にした魔導具に魔力を流し出した。


 すると一つから煙幕のようなものが流れ、次に光の線が多数交差して色んな風景を描いていった。


「……プロジェクションマッピング」

「プロ?プロなんですの?ビビアンはあの魔法を知っているの?」

「いえ……。不思議な光の魔法ですね」


 光の城ができた時、ランドルフが片手を振り上げて火魔法を空に放った。沢山の色のついた火が円形に広がり、それからしばらくたって大きな音が鳴る。


 魔法演習場にいた生徒達はあ然として空を見上げ、初めて見る色とりどりの火が煌めいて消えるまでを眺めた。


 一人リリベラだけが拍手し、その美しさを堪能する。


「ビビ、あれは花火っていう魔法なんですって。ランディが子供の時に見せてくれたんだけれど、それよりもさらに綺麗に進化しているわ」

「花火……」


 ビビアンの中で疑問が確信に変わった。ランドルフは自分のお仲間だと……。


 ランドルフがシーンと静まり返った演習場を横切り、リリベラの方へ小走りで戻ってきた。


「ランディ!素敵でしたわ。あの魔法、前に見せてくれた花火よね?あんなに大きく、色鮮やかにもできるのね。最後にパチパチ光って消えたのは前と一緒でしたわ」

「喜んでもらえて何より。前のは線香花火だからな。今のは打ち上げ花火。今日の練習は終わりだ。リリベラ、馬車止めまで送って行こう」

「ええ」


 ランドルフが腕を差し出すと、リリベラは興奮して薔薇色の頬のままその腕に手をのせる。

 ランドルフ達が魔法演習場を出てもしばらくは、演習場は静まり返ったままだった。


 学園の馬車止めに行くと、すでに定位置に公爵家の馬車が迎えに来ていた。学園からリーチェ公爵邸までは歩ける距離ではあるが、リリベラは毎日馬車で送り迎えをしてもらっていた。


「お嬢様、すみません。提出しないといけないレポートを忘れていました。先にお帰りいただけますか?」


 リリベラが馬車に乗り込もうとした時、ビビアンが今思い出したとばかりに手を叩いて言った。


「え?待っているわよ」

「いえ、多分レポートについて口頭試問もあると思いますし、お先にお帰りください。今日はピアノのレッスンもありますし」

「じゃあ、私が屋敷についたら、馬車をもう一度……」

「いえ、走ればすぐですし、そんな手間をかけるのは悪いです。終わったらすぐ戻りますので」

「わかったわ。じゃあランディ、また明日。ビビアン、気をつけて帰ってくるのよ」

「はい、お嬢様」


 ランドルフとビビアンは、リリベラの馬車が走り出すまで馬車止めで見守った。

 馬車が見えなくなると、ランドルフが戻ろうとしたので、ビビアンは慌てて引き止めた。


「ランドルフ様!少しお話よろしいでしょうか」

「かまわないが、リリベラのことか?」

「まぁ、大まかには」

「話す場所は食堂でいいか?」


 男女二人がコソコソ会っていては、逢引していると噂になりかねない為、ランドルフはわざと人の集まる場所で話を聞こうと提案した。しかし、ビビアンがこれから話すことは、人には聞かれたくない、聞かれたらいけない話になる可能性が高く、ビビアンは中庭のベンチで話をしたいと言った。

 ここならば誰からも見える場所であるにも関わらず、人が近くに来たらすぐにわかるからだ。また、ベンチ同士は距離があるから、もし他に人がいても話している内容を聞かれることはない。


 中庭につくと、二組の女子生徒がベンチで話していた。彼女達と離れたベンチにビビアン達は腰を下ろす。もちろん、人一人分の距離を空けて座った。


「それで話とは?」

「二つございます。まず一つ、先程三年女子がランドルフ様に触れておりましたが、ランドルフ様は何を考えて触れるのを許可なさったんでしょうか?」


 ランドルフは一瞬なんのことだろうと首を傾げたが、カターシャのことを言われたんだとすぐに理解した。


「許可したつもりはない。勝手に向こうが触れてきたんだ。面倒だから放置しただけだ」

「では、これからは面倒でも拒否してください。お嬢様が傷つきます」

「リリベラが?」


 ランドルフの口元がわずかに緩む。リリベラがランドルフに淡い恋心を抱いてくれているのは知っていたが、ヤキモチをやいてくれる程、リリベラの気持ちがランドルフに傾いているのかと思うと、どうしてもニヤける口元を隠せない。


「お嬢様のお気持ちはご存知ですよね?」

「いや……まぁ……そうだったら良いなくらいには」


 煮えきらない言い方をするランドルフに、ビビアンはイラッとする。


「昔からお嬢様に恋愛を仕掛けていた癖に今更ですね。お嬢様のピュアな気持ちを弄ぶつもりならば、全力で邪魔しますが?」

「いや、僕がリリベラを思う気持ちは本物だよ。それと同じくらい好かれているかは、正直自信がないというだけだ」


 ビビアンを敵にしたらまずいと、ランドルフは珍しくあたふたして答える。


「まぁ、その気持ちはわかります。その気持ちが本物ならば、他は完全排除してください。あっちもこっちもお嬢様もなんて、そんな図々しい態度は許せません」


 いつもリリベラの後ろで大人しく控えていた侍女の、いきなりの強気な態度に驚きながら、ランドルフはビビアンの言うことに素直に頷く。


「では、二つ目」

「はい」


 ランドルフはいつもの猫背はどこへやら、姿勢良くビビアンの言葉を待つ。


「花火は……音が先だと思いますよ」

「あー、あれか。僕もそう思う。光の城が出てきたら一、二、三のタイミングで音の魔導具を作動するように言ったのに、僕が花火を打ち上げてから作動させたみたいで……って、花火を知っているような口ぶりだな」


 まさか……というランドルフの口ぶりに、ビビアンはカミングアウトすることにした。


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