第9話 魔法祭準備2

「スチュワート・シモンズ君だね」


 クリフォードとリリベラがスチュワート達の目の前に立つと、モブ三人娘が、キャーッと悲鳴を上げた。さっきまでスチュワートにベタベタしていた三人が、「生王子様よーッ!」と、今度はクリフォードを見て頬を染めてはしゃいでいる。


 クリフォードは、外面は典型的な王子様を気取っているから、若い貴族子女達は人気が高い。しかも、まだ婚約者を決めていないせいで、もしかしたら自分が?!と夢見る女子も多いのだ。それをペシャンと潰すのがリリベラの役目で、そのせいで「悪役令嬢みたいよね」と囁かれるようになり、今ではすっかり「悪役令嬢と言えばリリベラ様」と言われるように。しかし、公爵令嬢のリリベラに面と向かって言ってくるのはニナリアくらいのものだから、リリベラは大して気にしていない。誰に何を言われようと、ランドルフに嫌われなければそれで良いのだ。

 ついでに、クリフォードもリリベラ悪役令嬢説を笑い飛ばしている(根本的な原因はクリフォードがきちんと婚約者を決めないせいなのだが)から、リリベラも一緒に笑い飛ばせる。


「スチュワート・シモンズだ。学園内だから、礼は取らなくて良いんだよな」

「そうだね。学園内では、身分は気にする必要はないよ。僕はクリフォード・イングリッド。彼女は僕の婚約者候補筆頭であるリリベラ・レーチェ」

「ああ、もちろん知っているさ。リリベラ嬢とは、少し前に親しくなっているしな」


 リリベラは、思わずクリフォードの腕を強く掴んでしまい、クリフォードに怪訝な顔をされる。


「親しくはなっておりませんわ。偶然遭遇しただけで」

「偶然も、三回続けば必然だと思うがな」

「ただの偶然よ」


 ニヤニヤ笑うスチュワートに、クリフォードはいつもの完璧な作り笑顔を向けた。


「スチュワート君、身分は気にすることはないが、紳士としての礼儀は必要だと思うよ。さて、魔法祭に向けて君達の魔力と得意な魔法属性を把握しておきたい。僕の魔力量は79。得意なものは特にないかな。全魔法程々に使える」


 クリフォードの公式発表している魔力量は79だ。貴族の平均が50、王族は80超えが多い中、王族としては無難な魔力量とされているが、実際の魔力量は97ある。兄弟の中では最強だが、このことは一部の人間しか知らない。その中にリリベラももちろん入っている。


 自己紹介を終えたクリフォードに視線を向けられ、モブ三人娘は、またもや悲鳴を上げる。笑顔の口元の角度から、クリフォードが苛々しているのを察したリリベラは前に一歩出た。


「リリベラ・レーチェですわ。魔力量は57です。得意な魔法は水魔法系。特に氷属性と相性が良いです」


 平均よりやや上という魔力量ではあるが、女子にしたらやや高めと言える魔力量に、モブ三人娘達から「オーッ」と声が上がる。「氷属性と相性が良いとか、さすが悪役令嬢」という心の声が駄々漏れである。


「俺はスチュワート・シモンズ。魔力量は62。得意な魔法は風魔法。好みの女子は胸がデカイ女子だな」

「キャーッ!スチュワートのエッチィ!」


 モブ三人娘はわざとらしく、スチュワートの両腕にしがみつき、胸をギューギューと押し当てる。

 その下品過ぎる行為に不快感を覚えながらも、彼女達がスチュワートを押さえ込んでいてくれれば、それこそリリベラとのエッチなイベントは起こらないだろうと、リリベラは彼女達の存在を肯定的に捉えることにした。


 モブ三人娘は、皆平均して魔力量は20以下。得意な魔法は特になしということだった。つまり、戦略外ということで、主軸はクリフォード、その周りをリリベラが作った氷の結晶をスチュワートの風魔法で幻想的に散らす……という概要がスンナリと決まった。


 魔法祭は一ヶ月後、その間スチュワートと顔を合わせる機会が沢山あるかと思うと、気が休まる暇があるのだろうか……?と、リリベラは今後の学園生活を思い、気が重くなる一方だった。


 ★★★


「ランドルフ君、もっと手取り足取り教えて欲しいわぁ」


 美女ばかり五人に囲まれたランドルフは、淡々と魔法操作の説明をしていた。


 彼女達は、魔法祭におけるランドルフのグループのメンバーで、当たり前だがみな三年生と、ランドルフよりも二歳年上のお姉様方だ。彼女達は驚く程魔力量が少ないのだが、その中でもややマシくらいの魔力量を持ち、このグループの中の女王様的存在、カターシャ・ダンベルは、さっきから積極的にランドルフにあからさまなボディータッチをしてきていた。


 制服のシャツのボタンを最大限開け、上から覗けばブラジャーまで見えてしまうくらい制服を着崩しているが、これでも伯爵令嬢で、グループの中では一番爵位が高い。

 シルバーブロンドの髪の毛をかき上げ、ランドルフの瞳をジッと見つめて妖艶に微笑んだ。その濃紺の瞳は、狩人のようにランドルフをロックオンしている。


 カターシャは、ランドルフに好意を持っている訳ではなく、魔力量の一番多いランドルフを自分の取り巻きに入れることで、このグループでの絶対的主導権を手に入れようとしているのと、見た目はモサッと田舎臭いが、ランドルフは第三王子の側近候補だし、学園一の天才として有名な為、自分を飾るアクセサリーの一つとしてこの機会に手に入れたかったのだ。


 そして、この厄介な人物のことを、ランドルフはある程度理解していた。なにせ、『インラン』の第二シーズンの攻略対象者の一人で、一度だけだがランドルフも攻略したことがあるからだ。


 リリベラに、魔法祭のメンバーで知っている人がいるか聞かれた時、微妙な返しになってしまったのは、カターシャの名前を見つけてしまったからだ。今回生身では初めて話すことになるのだが、ゲーム内で攻略したことがある手前、浮気をした訳でもないのに、微妙な心持ちになってしまった。


 我が儘で、常に自分が中心にいないと気がすまないカターシャは、いわゆる超Sキャラで、踏みつけられ蔑まれるのが好きな一部のプレイヤーにコアなファンがいたらしい。また、そんなSなカターシャを啼かせたいというさらにドSなプレイヤーにも需要はあったようだ。ランドルフは苦手なタイプだったが……。


「いや、教えるまでもないですね。先輩方は、この魔導具に微量な魔力を通してくれれば、それだけで勝手に魔導具が起動してくれますから。後は僕が適当にやります」


 本当は全部一人でやりたいくらいなのだが、グループでの連帯点数もある為、ボサッと立たせておく訳にもいかない。いや、それでも最高得点をとる自信はあるが、一応やっている体として、微量の魔力でも発動して光のプロジェクションマッピングする魔導具を作ったのだ。


 ランドルフがイメージしたのは、プロジェクションマッピングと花火の融合した、音と光と色のエンターテインメントショーだ。もちろん、全部が前世の記憶を参考にしているから、この世界ではみな度肝を抜かれることだろう。


 リリベラとクリフォードの驚く顔を想像し、ランドルフはわずかに唇の端を上げて微笑んだ。その時、たまたまカターシャがランドルフの腕に手を回してしかみついてきたが、ランドルフはカターシャの存在を無視するように、そのまま魔導具の説明を続けたのだった。


 ★★★


「見事に美人ばかり揃ってますね」

「ビビアン、そんな不安を煽るようなこと言わないでちょうだい」

「あ、また触りましたよ」

「あっ!」


 魔法祭の準備期間、魔法演習場は学年毎に使用できる曜日や時間帯が違う。放課後、三年生が魔法演習場を使用すると聞き、リリベラはランドルフの様子を盗み見しようと、こっそり演習場に来ていたのだ。

 他にも三年生グループが練習しており、学園で人気の宰相令息や、騎士団長令息もこの学年にいる為、他学年の女子も沢山見学していた。

 その中に紛れ、ランドルフが真正面に見える位置に陣取り、宰相令息や騎士団長令息に女子生徒のピンク色の悲鳴が上がる中、リリベラはランドルフの一挙手一投足見逃すことなく見守っていた。


 ランドルフ達は、女子五人に男子一人だからよく目立った。

 他のグループが魔法で色々生み出している中、ランドルフは女子達に何やら魔導具の説明をしているようで、地味に動きがない。その説明の最中、やけに女子達がランドルフにベタベタするのが気になった。


 特に、シルバーブロンドの妖艶な美女はランドルフとの距離が近く、リリベラのモヤモヤが溜まっていく。


「いきなりのモテ期でしょうか?」

「ランディは格好良いですわ。身なりに無頓着ですから、パッと見そうは見えないだけで。モテない方がおかしかったんです」

「まぁ、髪の毛をサッパリさせて、背筋をしっかり伸ばせばわからなくもないですが、見た目はアレですよ。まぁ、わざとモッサリ見せているんでしょうが」

「あれはあれで可愛らしいじゃないの」

「そう思うのはお嬢様だけだと思うんですが……。あ、また触った。二十三回目ですよ」


 ビビアンは、ランドルフが女子に触られた回数を数えていたようで、軽く肩や腕に触れているだけとはいえ、嫌なものは嫌だ。


「アッ……」


 シルバーブロンドの女子生徒がランドルフの腕に手をからませた時、ランドルフの口元に笑みが浮かんだのを目撃してしまった。ほんの一瞬だが、ランドルフが女子生徒に触れられて喜んだように見えてしまった。しかも、腕を振りほどくことなく説明を続けているようだ。


「お嬢様、あれは審議ですね。なんなら、突入しますか?!」

「ちょっ……、ダメよ、ビビアン」


 女子を振りほどかないランドルフに苛ついたビビアンが、魔法演習場に乱入しようとする。


「なんでですか?!あんな見るからに18禁な女性にデレデレするなんて、ランドルフ様のことを見損ないました!こんなにお綺麗でお可愛らしい、それでいてお色気までたっぷりのお嬢様を差し置いて、たかが肉の塊を押し付けられただけでニヤつくなど!お嬢様のプルンプルンでモチモチな、それでいて張りがあって綺麗なお椀型のお胸に勝るものはないのに!」

「ビビ……恥ずかしいからちょっと黙りましょうか」


 ビビアンの発言に、近くで練習していた三年生男子が、思わずリリベラの胸をガン見している。


「ほら……あ、ランディに気付かれましたわ」


 ビビアンが騒いだせいか、ランドルフがリリベラ達な存在に気がついたようだ。

 グループの女子生徒を引き連れて、リリベラの元までやってきた。


「リリベラ、いつからいたんだ?声をかけてくれたら良かったのに」

「邪魔するつもりはなかったの」

「リリベラが邪魔な訳ないだろう」


 ランドルフはリリベラの頭に手を伸ばそうとし、そこで初めていまだにカターシャが腕にしがみついていることに気がついた。


「カターシャ嬢、足でも痛めましたか?掴まるなら、その辺の壁に掴まってください。動きを制限されて不愉快です」

「は?」


 ランドルフは、カターシャの手を無造作に引き離し、やっと空いた手でリリベラの頭に触れる。


「リリベラ、ずっと立って見ていたのか?疲れただろ?喉が渇いたんじゃないか?向こうに座りに行こうか」

「ランディ、練習しないとじゃ……」

「必要ないな。魔導具に魔力を流すくらい、赤ん坊でもできる。回路を説明しても彼女達には理解できないだろうし、お互いの順番だけ覚えておいてもらえば、練習など必要ないからな」


 リリベラの背中に腕を回し、休憩用のベンチに一緒に行こうとするランドルフの前に回り込み、カターシャが両手を広げて行く手を阻む。


「待ちなさいよ。あなた、一年でしょ。三年の私達に挨拶もないなんて失礼じゃない」


 ここが学園じゃなければ、高位貴族令嬢であるリリベラに挨拶を要求するなど、無礼にも程がある。しかし、建前として身分の隔たりなく学園ではみな平等を謳っているので、カターシャの言葉も間違いとは言えない……が!リリベラが何者か、ここにいるほぼ全員が知っている為、カターシャの態度にみな固まってしまう。


 公爵令嬢で、第三王子の婚約者候補筆頭だぞ!


 誰もがそう思いながら、この場にいた全員の視線がリリベラの返答に注目した。



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