第8話 魔法祭準備

 春最大イベント、魔法祭。イングリッド王立学園にとって……ということもあるが、リリベラからしても気を引き締めらければならない重要なイベントだった。


 この世の魔法は、生活が少し便利になる程度の威力しかない。

 例えば火魔法、マッチ入らずではあるが、火柱をたてたりなどの威力の魔法となると、国でも数人仕えるかどうかだ。みな、得意不得意はあれど、他の魔法も同様で、だからこそ魔力を増大させる魔法陣や、魔導具が研究されているのだった。


 一人一人の魔法は大したことはないが、数人集まればそれなりに見れるものになる。イングリッド王立学園の魔法祭では、魔力に偏りが出ないように学園側が選んだ六人で、魔法で芸術作品を作り上げ、学年毎に最優秀賞、優秀賞、優良賞、特別賞を決めるのだ。

 各々には賞品がつき、特別賞は学生食堂の三日分チケット、優良賞は一週間分チケット、優秀賞、最優秀は夏休みのサマーキャンプにおけるVIP待遇(泊まる場所、食事に差がある)が約束される。

 貴族達の多い学園生にとって、食事チケットは大した魅力ではないが、サマーキャンプを体験したことのある二年生以降には、VIP待遇はかなり魅力的だった。


「お嬢様、ゲームの強制力を感じます!」

「強制力って何?!何か怖いんですけれど!」


 魔法祭の組分けが発表された日、組分け表の前に立ったビビアンがワナワナと震えていた。


 ビビアンが探していたのは、自分の名前ではなくリリベラの名前で……。


「クリフォード様、お嬢様、スチュワート・シモンズ……後はモブ女三人」

「え?」


 三年生の組分け表を見ていたリリベラは、慌てて一年の組分け表に目を移す。しかし。さっき見つけたランドルフの組分けが気になってしまう。


 リリベラが自分の名前よりも先にチェックしていたのは、ランドルフのチームの女子の割合だったのだが……、なんと、ランドルフ以外全員女子という許しがたい状況だったのだ。


(これもエロゲーとやらの世界だから?ランディは主人公ではないのに、お姉様方に囲まれて、可愛がられてしまったりするの?!)


 ランドルフは今年入学したが、三年生に編入している為、魔法祭の組分けも三年生と一緒になっている。ランドルフの魔力量が多過ぎて、ランドルフのチームには魔力量の少ない女子が集められただけなのだが、ランドルフのことが好きなリリベラは、ランドルフが他の女子と仲良くなってしまうのではないかと、気が気じゃない。


「やはり、ゲームのまんまの組分けになるんですねぇ」

「何のまんまの組分けだって?」


 いきなり後ろから声をかけられ、リリベラとビビアンはビックリして振り返る。そこには、ニコヤカな笑顔を浮かべたクリフォードと、表情の見えないランドルフが立っていた。


 ビビアンは、リリベラの後ろに下がって頭を下げる。


「いえ、クリフォード様とお嬢様が同じ組分けだなって話でございます」

「ああ、そのようだね。リリ、よろしくね。他は四組と五組の子みたいだな」

「スチュワート・シモンズ……」


 ランドルフが組分け表を見てつぶやき、リリベラの首元に目をやる。ペンダントは制服の中だが、ランドルフがあげたペンダントであることを確認したのだ。


「なんだい、ランディ。女子の胸元を覗き込むとかよろしくないな」

「いや、別に……」


 ランドルフは珍しく慌てた様子を見せ、リリベラは「女子?」と周りに目をやり、ランドルフの目の前には自分とビビアンしかいないことを確認する。ビビアンはリリベラの後ろに控えているから、自分の胸を見ていたのか?!と衝撃を受ける。


 胸がふくよかに成長してから、男性の視線が顔よりも先に胸元へ行くのは気がついていたし、不愉快に感じていた。しかし、ランドルフの視線ならば、逆にウエルカムというか、なんならボタンの一つでも外して……と、恥じらいつつボタンに手をかけようとして、後ろからビビアンに袖を引かれて囁かれた。


「お嬢様、ランドルフ様を誘惑したい気持ちはわかりますが、人の目がありますのでお控えください」


 リリベラは、何をしようとしていたのか?!とハッとなる。


 後から聞いた話、ゲームでは好感度が上がっていくと、攻略対象者の衣服の露出がドンドン多くなったり、薄着になたりするらしい。


 リリベラは、無意識にランドルフへのマックスの好感度を表そうとしてしまっていたらしい。


 恐るべし!エロゲー。


 リリベラはボタンがきっちりしまっているのを確認して、ランドルフを見上げて微笑んだ。


「ランディ、魔法祭がんがりましょうね。最優秀賞、優秀賞を取れば、学年関係なくサマーキャンプで同じ施設に泊まることができるらしいですわ」

「そうだな。クリフがいれば最優秀賞は間違いないだろうけど、六人のバランスも必要だからね」

「ランディは?知っている方はいる?」


 ランドルフは自分の組を確認し、微かに眉を寄せた。リリベラは、その表情が気になってしょうがない。


「いや、知らないな」


 知らない……という表情には見えなかったが、第三王子や高位貴族であるリリベラがいつまでも組分け表の前にいたら、他の生徒が前にこれないので、ビビアンの組分けを確認したら組分け表の前から退いた。


「リリベラは、他の四人のことは知っているかい?」

「え?……いえ、多分知らないかと。どんな方々か楽しみですわ」


 リリベラは、冷や汗をかきそうになりながら、わずかに視線を右斜め上に移動して澄まし顔で微笑む。幼馴染のクリフォードとランドルフには、このしぐさがリリベラが嘘をつく時の仕草だと知っていた。


 ランドルフは、やはりリリベラが言っていた突発的な接触があった相手はスチュワート・シモンズだったかと確信した。


 拳をギュッと握るランドルフを横目で見つつ、クリフォードはランドルフの様子がいつもと違うことに違和感を感じた。


 昔からこの二人といると、問題ごとが絶えない。ランドルフがこういう反応をする時は、リリベラのことで何か心配事というか厄介事を嗅ぎつけた時だということを、クリフォードは長年の付き合いから理解していた。


 ランドルフは頭が良すぎる弊害か、考え過ぎて先回りし過ぎる習性がある。他の何に対しても大して興味はないのに、リリベラには出会った当初から恐ろしいくらいの執着を見せ、天才的な頭脳の無駄遣いとしか言いようのないことを平気でしたりしていた。いや、ランドルフがいなければ、今のリリベラはいなかっただろうから、無駄ではないのかもしれない。


 リリベラは、昔から本人の意識とは関係なく、妙に色気のある幼女で、公爵家の警備をかいくぐって、誘拐されそうになったり、変態に狙われたりと、事件に巻き込まれやすかった。それが、リリベラからしたら嫌な視線をよく浴びて不快だくらいのレベルで収まっていたのは、裏でランドルフとランドルフに手伝わされたクリフォードが暗躍していたからだ。しかし、それが全然リリベラには届いていないという、地味に不幸な男……というのが、クリフォードのランドルフに対する評価だった。


 ランドルフとは違う意味だが、クリフォードもリリベラのことは大切な友人であることには間違いない。


 後でランドルフに聞き出そうと、クリフォードは今の違和感を頭の片隅に記憶しておいた。


 ★★★


「お嬢様、魔法祭でのイベントは、モブ学生の魔法操作のミスがきっかけとなっておこります」

「モブ?」


 リリベラとビビアンは、魔法祭の組分け表発表後、同じ組の学生と初顔合わせをする為に、魔法演習場へ移動していた。

 魔法演習場とは学園の最南端にあり、演習場の周りには結界の魔導具がはりめぐされていて、ちょっとした魔力暴発くらいならば防げるようになっていた。


 クリフォードの後を歩きながら、ビビアンはリリベラにしか聞こえないくらいの小声で話す。


「ゲームには無関係な人間のことです。例えば私もモブAですね」

「ビビアンも?」

「主人公の攻略対象に入ってませんから、そうだと思いますよ」

「じゃあ……クリフやランディは?」

「ランドルフ様は存在自体でてきませんから、モブ中のモブです。名前は出てきたような気もしますが。クリフォード様は王子として、主人公の邪魔をする人物として登場しますが、男子は基本顔なんて黒塗りの影でしかないです。女子はモブだろうが、ただの通行人Aだろうがお色気全開ですが」

「そう……なんですのね」


 リリベラの顔がひきつる。無駄に露出の多い学生が多いのは、制服のせいかと思いきや、そういう世界観だったかららしい。


「あ、あそこにスチュワート・シモンズが。女子三人いるから、あれが……ああ、あれ全部スチュワートが手を出す令嬢達ですよ。なるほど、魔法祭で親しくなって、その後に攻略していくんですね」


 三人共?


 体育倉庫で見かけた女子とも、シャワー室で見かけた女子とは違うから、何人に手を出したら気が済むの?!と、スチュワートの貞操観念のゆるさには嫌悪感しか湧かない。

スチュワートの様子をうかがっていたら、そんなリリベラとビビアンの前に一人の女子が立ち塞がった。


「ビビアン・ブラウン!あなたはこっちの組でしょ」


 金髪巻き髪の女子が、腰に手を当ててリリベラを睨みつける。


 彼女はリリベラと同じ一組で、しかもクリフォードの婚約者候補に名前を連ねる女子のため、リリベラも昔から彼女のことを知っていた。

 ニナリア・マイヤー侯爵令嬢、初めて会った茶会の時から、リリベラを目の敵のように競ってくるのだが、リリベラからしたら自己主張の強い困ったちゃんだなぁくらいの認識しかない。


 ただ、彼女の組にビビアンが入るということは、リリベラの代わりにビビアンが目の敵にされるのではないかと心配になる。


「ビビアン、あの子と一緒で大丈夫?」

「お嬢様、何も問題ありません。私の方が強いですから」

「ああ……まぁ、そうね」


 ビビアンは、リリベラの侍女に選ばれるだけあり、成績優秀、魔力量も多め、何よりも体術は師範級だった。物理的にも負けることはない上に、精神力は鋼レベル。いつもリリベラの後ろに控えて目立たないが、実はリリベラよりも優秀で、男爵令嬢ではなくせめて伯爵令嬢くらいだったら、クリフォードの婚約者候補にも入れる逸材なのだ。ビビアンは「絶対に嫌です」と、本人クリフォードを目の前にして言ってのけるくらいハッキリとした性格をしており、何気にクリフォードを凹ませたりもした。


 そんなビビアンだから、「たかが貴族令嬢の嫌がらせくらい屁でもありません。お嬢様の方こそお気をつけください」と、ガッツポーズをきめてニナリアとグループの方へ行ってしまった。


「僕達も、他のメンバーのところへ行こうか。じゃあ、ランディまたな」


 クリフォードがリリベラをエスコートするように手を出す。


 ランドルフのくれたお守りであるペンダントをつけているリリベラは、クリフォードに触れても大丈夫か確認するようにランドルフを見ると、ランドルフが小さく頷いてくれたので、リリベラはクリフォードの腕に手をのせた。

 何事も起こらなかったので、ランドルフに挨拶をして、クリフォードのエスコートでスチュワート達の方へ緊張気味に歩いて行った。


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