第7話 お守りのペンダント

 ベンチに体育座りをして、膝に顔を埋めてビビアンを待っていたら、視線のようなものを感じて、リリベラはゆっくりと顔を上げた。


「泣いていたのか?」


 目の前には猫背気味の男が立っており、逆行で顔は見えないが、そのモジャモジャ頭で誰だかすぐにわかる。


「ランディ」

「横に座っても?」


 リリベラが頷くと、ランドルフはリリベラの隣に寄り添うように座った。一ミリの隙間もない距離に、リリベラは安心感を覚える。


「虐め……られはしないか。王族の婚約者候補で、しかも公爵令嬢を虐める度胸のある奴なんかいないだろうし」


 リリベラは素直に頷く。


「虐められてはいません。ただ、偶発的な事故というか……」


 ランドルフは眉を顰め、あることに思い至った。


 攻略対象の好感度を上げるイベントには、ラッキースケベ的な事故が起こることが多い。欲望に駆られて紳士的な態度を取らないと、リリベラの好感度は下がり、最終的には攻略失敗となる。


 スチュワートの好感度が下がることは良いことだが、リリベラが他の男に触れられるのは我慢ならない。


 ランドルフは、ポケットからさっき作り終わった魔導具を取り出した。赤い魔石がついたネックレスは、シンプルな作りだが、この魔石にはランドルフの魔力がこめられていた。


 魔石に魔法を付与する為には、まず魔法陣を知らなければならない。魔法陣に魔力を流して定着させるのが魔術、魔法陣が定着した魔石を組み合わせて作られるのが魔導具だ。

 つまり、一つの魔導具を作るのに、最低でも魔法陣士と魔導具士が必要で、さらに大きな効果を期待するならば、魔力量が多く、多岐に渡る魔術を習熟している魔術士が必要になる。


 イングリット王立学園には六つの学部があり、そのうちの一つ魔法学部の中の魔術科、魔導具科、魔法陣科を卒業できれば、一人で魔導具を作ることは可能だ……が、そんな人間はイングリット王国には存在していない。

 ランドルフは学園に入学する前に、リリベラにどうしても作りたい魔導具があった為、独学で全て勉強したのだ。


 入学までにペンダントが間に合わなかったのは、この小さな魔石に、効率よくできる限りの魔法陣を重ねがけしようと欲張った結果、思っていた以上に盛り盛りに盛れてしまったのだ。それこそ国宝レベル以上かもしれない。


 魔法無効化、状態異常無効化、毒耐性、物理攻撃防御、温冷耐性、即死効果無効化。……この量は異常だ。


 普通、重ねがけして二つ。三つ魔法陣が組み込まれているのは王族が所有するような特殊なもので、五つ組み込まれた魔導具は国宝扱いされている。


 しかも、あれらはつけてみたらついてしまった付属みたいなもので、一番ランドルフがつけたかった効果は……ちょっと特殊過ぎて呼び名すらない。

 それは、リリベラに下心のある人物がリリベラ触れようとすると、放電するようになっていた。スタンガン効果とランドルフは呼んでおり、リリベラに触れた場所に電気の針を突き刺す仕組みになっていた。


 また、魔法とは関係ないが、ペンダントにはランドルフの魔力が組み込まれているから、この国にいる限り居場所がわかるGPS機能と、魔導具が発動したことがわかるアラーム機能までついている。


 これには例外があり、当たり前だがランドルフ本人(下心の有無は無関係)だ。また、下心のない人間ならば触れるのは可能だが、下心関係なく触れられない場所も存在する。ピンポイントで二箇所だ。

 ビビアンがその場所を知れば、「貞操帯ですね!」と目を輝かせるかもしれない。


「リリベラ、後ろを向いて」

「はい?」


 疑問に感じつつも、リリベラは素直にランドルフの言うことに従う。


「髪の毛をよけてくれるか?」

「はい」


 リリベラは髪の毛をクルクルとまとめて、ランドルフに無防備な項をさらした。


 その白くキメ細かい肌に指を這わせたい欲求を抑え、ランドルフはリリベラにペンダントをつけた。


「これは?」

「リリベラにプレゼントだ。防御の魔法陣を組み込んだ魔導具だ。僕の手作りだから、美的なセンスがなくて申し訳ないが、外さずにつけておいて欲しい」

「ランディの手作り?!」


 赤い魔石のついたペンダントトップは、ちょうどリリベラの胸の谷間に触れる長さで、リリベラはペンダントトップをよく見ようと、ペンダントを持ち上げてみる。


「お風呂でも外さないように。特殊な金属で、水にも錆びないから」

「絶対に外しませんわ!」

「他のアクセサリーをつける時も、身にはつけておいてくれ」

「もう、これ以外は絶対につけません」

「ハハ、それほど気に入ってくれたのなら嬉しいが、ドレス姿の時はそれ相応に着飾ったリリベラが見たいな」

「ならば重ね付けできるアクセサリーを選びますわ」


ランドルフが手作りした一点物のアクセサリーなど、リリベラからしたらどんな高価なアクセサリーよりも貴重なものだった。


「これがあれば、誰もリリベラには触れられないから」

「誰も?ビビアンやクリフも?」


 ビビアンには身支度をしてもらわないといけないし、クリフォードとは公の場所では婚約者候補としてエスコートをしてもらったり、ダンスをしないといけない。


「彼らは大丈夫。女子は除外してるし、クリフはリリベラのことをイヤらしい目では見ないからな。この魔導具の発動条件は、リリベラに不埒な感情を抱くか否かだから。後は普通の防御系の魔導具と同じだ」

「なら、大丈夫ね」


 リリベラは、ランドルフの手をそっと握った。


 何も発動しないということは、不埒な感情を持ったとしても、問題はないということだろう。リリベラは、ランドルフの手を握ったまま、胸元の魔石の上に持ってくる。


「ありがとう、絶対に大切にしますわ。実はさっき、出会い頭に男性とぶつかってしまって、胸に触れられてしまったの。これがあれば、そういうことも防げるかしら?」


 ランドルフは、リリベラの胸をギンッと凝視する。あまりに熱心に見られるものだから、リリベラは恥ずかしくなって胸を隠したくなった。


「防げる。……リリベラ、それは軽く触れたくらいだろうか?それともガッツリ……」

「あ……その……どちらというとガッツリ」

「右胸?左胸?まさか両方?」

「……右」


 リリベラは真っ赤になってしまう。好きな相手にこんな話をするとか、どんな罰ゲームなんだろうか。自分で言い出したことだが、詳しく聞かれるとは想わなかったのだ。

 スカートの中に顔を突っ込まれた話なんか、絶対にできない!


「動かないで」


 ランドルフは右手をリリベラの右胸の上にかざし、胸の形に沿うように何度も上下させる。触れてはいないが、少しでも動けば当たってしまう距離に、リリベラの思考は追いつかず、ただされるままランドルフの手の動きを目で追った。


「あの……何をなさっているの?」

「消毒」


(消毒……、触れていないのに、体温を感じる距離がなんか……、ドキドキを通り越してバクバクするんですけど!)


「あ……ありがとうございました。もう大丈夫ですわ」


 実際に消毒された訳ではないが、気持ちの上書きができたようで、リリベラの中で生まれていた負の感情が、ランドルフへのドキドキで消し去られていた。


 そんなリリベラの気持ちの変化を感じ取ったのか、ランドルフは口元に笑みを浮かべ、リリベラの頭を撫でた。


「さて。ビビアン、もう出てきていいぞ」

「え?ビビアン?」


 ランドルフが振り返りもせずに言うと、木陰からビビアンがリリベラの制服を抱えて現れた。


「ウソ?いつからいたの?全然気が付かなかったわ」

「どちらかというとガッツリ……とお嬢様がおっしゃった時からでしょうか?ランドルフ様がお嬢様の胸を揉みしだいてからは、誰もこないように見張っておりましたので、残念ながらお嬢様の快感に悶える姿は拝見してません」


 リリベラはブワッと赤くなると、ビビアンの両肩を掴んで揺さぶった。


「さ……さ……さ……」

「お嬢様、落ち着いて」


 ガクガクと揺さぶられているせいで、ビビアンの声もぶれる。


「触られてません!!!」

「え?ここは、『俺の手で上書きしてやる。ここか?ここも触られたんだろ?』って、お嬢様の美しいお胸の形が卑猥に歪むくらい揉みまくる場面じゃないんですか?!」

「な!なんてこと言うのよーッ」


 ビビアンは、前世のエロゲープレイヤー魂に火がついたのか、全く恥ずかしがることなく、逆に真剣な表情で聞いてくる。


「お嬢様は、ランドルフ様に触られたくないんですか?触られたい、揉まれたいと思うのが、正常な乙女心ですよ」

「そ……そうなの?」


 ビビアンはランドルフに聞こえないように、「だって、ここはエロゲーの世界ですから」とリリベラに囁く。


「お嬢様は、第三王子に触られたいですか?」

「嫌よ、気持ち悪い」

「スチュワート・シモンズは?」

「絶対に無理!二度と嫌!」

「では、ランドルフ様は?気持ち悪いですか?」

「そんな訳ないじゃない!ランディになら別に……って、何を言わせるのよー」


 ランドルフは聞こえているのだろうが、聞こえていないふりをしつつソッポを向いている。見えている耳が赤くなっているのが、聞こえている証拠だろう。リリベラに至っては、全身茹でダコ状態だった。


「申し訳ありません。あまりにお嬢様が可愛らしかったので、ついついからかってしまいました。そしてお嬢様、制服をお持ちいたしましたが、生着替えですか?」

「そんな訳ないでしょ!」


 リリベラは制服をビビアンからむしり取ると、「トイレで着替えてきます!」と走って行ってしまった。


「君達は、昔から仲が良くて羨ましい」


 ランドルフは、取り残されたビビアンに話しかけた。


「そりゃ、お嬢様は私の推しですから!」


 ビビアンはソバカスの散った顔いっぱいの笑顔を浮かべて言うと、リリベラを追っかけて行ってしまい……。


「……推し?」


 ランドルフは一人、中庭に残された。


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