真っ白なタイムマシン
タイムマシンを置いてきたという公園にゲンと向かっている。現在の時間は午前4時。普段は外に出る事の無いこの時間、少々肌寒い空気が心地良い。
だが、身体が冷えた事もあったのか、俺の頭も再び冷静になってきた。
前を歩いているゲン。60年後から来たという事は、俺の60歳上になる。……と言うことは、77歳。そにれしては、足取りが軽すぎる……何より、今から60年後にタイムマシンが出来るか!? ちょっと想像が付かなかった。
そもそも、タイムマシンを操る事が出来るなんて、ゲンは博士か何かなのだろうか。留年するかどうか瀬戸際の俺に、そんな未来があるとは思えない。
「あのさ……やっぱ、冷静に考えるとおかしいよ。俺の追試の事も調べれば分からない事は無いし、田伏結奈を好きだってことも、何かヒントがあったんだよきっと」
「……ん? まだ信じてなかったのか? もうすぐ、公園に着く。信じるか信じないかは、タイムマシンを見てから決めればいい」
ゲンは「まったく」と頭を掻きながら、歩を進めた。
まあ、確かにそうだ。本当にタイムマシンが出てくるとは思わないが、それを見てから決めれば良いだけのことだ。
最寄りの公園に着くと、公園の一方を指さしてゲンが言った。
「あそこの隅にタイムマシンを隠してある。分からないだろ?」
確かにその場所には何も無い。ゲンは指さした方向へスタスタと移動していくと、立ち止まって右手をかざす。その直後、空間がグワンと大きく歪んだ。
「ひっ!」
思わず俺は声を上げて後ずさった。その場所に、タイムマシンらしきものが現れたからだ。
サイズは軽自動車の縦半分くらいだろうか。ツルンとした真っ白なボディは、不思議な光沢を放っていた。
「消えていたわけじゃなくて、隠してただけだけどな。これで流石に信じたろ? さ、乗り込んでくれ」
ゲンが言うと、真っ白なボディに一筋の線がぐるりと走った。そしてその線はドアとなり、スーッと音も無く静かに開く。タイムマシンの中は二つの座席と、最後部に大きな機械のようなものが置い置いてあった。
「う、後ろの席に座ればいい?」
「ああ。操作出来るなら、前の席でもいいが? ハハハ、なんてな。姿勢を正して座れ、シートがホールドしてくれる」
椅子に深く腰を掛けると、シートが自動で俺を包み込んでくれた。苦しくもなく、それでいて、しっかりとホールドされている。今までに体験したことの無い感覚だった。
「じゃあ、行くか……この日が来るのをどれだけ楽しみにしていた事か。さあ、それでは出発するぞユヅル!!」
直後、タイムマシン内は白く光り、『キューン』という大きな音を立てた。そして、シートに背中が張り付くほどのGを感じると、俺の意識は静かに遠のいていった……
***
ドン……ドン……ドン……
ドン……ドン……ドン……
そんな音で目が覚めた。いや、意識が戻ったと言った方がいいのだろうか。遠くから響く低音は、和太鼓を思わせた。
「起きたか? 無事に着いたぞ」
そう言ったのは……
ゲンだ。
ゲンの事を思い出すのに、少々時間が掛かった。
「こっ、ここはっ!?」
「1万年前のドーバ島だ。時間は夜の7時」
勢いよく俺はタイムマシンを飛び出した。ちょっとした高台に停車しているようで、周りを存分に見渡すことが出来る。
広大な草原に
「マ、マジか……本当にタイムリープしたのか……」
その間にも、太鼓のような音は絶え間なく続いている。その音の方に目を向けると、うっすらと灯りが灯っていた。
「俺たちが今から向かうのは、ユヅルが見ている灯りの方向だ。ちょうど今、雨乞いの儀式をやっている。今からそこに行って、俺たちは神の使いになるぞ」
「か、神の使い……?」
「そうだ。まずはこれに着替えてくれ。神の使いの話は……今から起こることを見ていたら、何のことか分かる」
手渡されたのはベージュの服だった。何故か、所々に樹脂や革で身体をガードするようなものが付いている。その他に、下着やネックレス、シューズなんかも手渡された。
「見た目はこの時代に合わせてあるが、作りはバリバリの未来製だ。生地は薄いが、風雨は凌ぐし、剣で切っても裂けない。その上、服も下着も半永久的に洗濯不要だ。——そうそう、ネックレスだけは絶対に外すなよ、それが翻訳機になっている」
は、半永久的に洗わなくていい下着……?
げっ……と思いながら履いてみたが、今までに体感したことの無い履き心地だった。ジャストフィットしているのに、恐ろしい程の解放感。
ベージュの服はとにかく軽く、フィット感も素晴らしかった。ほんの少し肌寒かった気温も、着替えたことで適温になったような気がする。ネックレスは首から掛けると、ピタッと胸元に貼り付いた。
「よし、準備出来たな……じゃ、そろそろタイムマシンの電源を落とすぞ。次に起動する時は帰る時だ」
ゲンはそう言うと、タイムマシン内にあった大型の機械とリュックを取り出した。機械はその場に設置し、リュックはそれぞれが背負う。
最後にゲンが右手をかざすと、タイムマシンは密林の中に同化してしまった。
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