古代の生け贄少女を救って、一緒に魔物討伐に出る物語!

靣音:Monet

60年後の俺

 昼食を終えたタイミングでスマホが震えた。ハマっているソシャゲからの通知だった。


『5th Anniversary! Skip & Familyコラボ開催!』


 よりによって、俺が大好きなアニメとのコラボだ。しかも、事前告知無しのサプライズコラボときてる。


 ——分かってるよな、俺?


 これは絶対に手を出しちゃダメな奴だ。


 そう……絶対に……


 と言うのも俺は今、留年の危機に直面している。明日の追試を落とせば、留年は確実。土日と充分に時間はあったのに、残すは日曜日の午後だけとなっていた。


 にも関わらず……


「じゅ、10分だけ……10分だけやったら、絶対に勉強始めるから……」


 そう自分に言い聞かせて始めたものの、気付けばベッドで寝落ちするまでプレイしていた。



 時間は、午前4時。



 詰んだ。完全に詰んだ。



 机の上には、すっかり冷めてしまった夕食が置いてある。試験勉強を頑張っているだろうと、母が部屋まで持ってきてくれたものだ。すまん、母さん……



 コン、コン、コン。



 そんな時、部屋をノックする音が聞こえた。


 母さん? もしや、こんな時間にまた夜食だろうか。


「——まだ起きてるよ、入って」


 そう答えると、見知らぬ年老いた男が入ってきた。

 


 !!!



「だっ、誰だよ、お前!!」


「まっ、待て待て! 大声を出すな! 困ってるだろ? 今、困ってるだろ!? 留年するかもって、困ってるだろ!?」


 その老人は、両方の手の平を俺に向けてそう言った。


 って言うか、何故この老人は俺が留年の危機である事を知っているんだ。実は母さんにも、今回の試験が追試だとは言っていない。


「お……落ち着いてくれたか……? 君の名前は、椎木しいきゆづる。身長172㎝、体重は……確かこの頃は56㎏ぐらいか。そして、血液型はAB型。17歳の高校2年生。追試は数学で、これを落とすと留年確定。合っているな?」


 俺は無言で頷く事しかできなかった。俺のスペックは何一つ間違っていない。


 それにしても、どんな手を使ってこの部屋に入ってきたんだ。不思議と危害を与えてくる感じが無いのが、逆に不気味でもあった。


「驚いて声も出ないか……まあ、仕方ない。あまり時間が無いから、どんどん話を進めるぞ。俺は君と取引をするためにやってきた。是非、続きも聞いて欲しい」


「わ、分かった……でもその前に、おま……アンタは誰なんだ?」


「俺は……俺は君自身だよ、60年後の椎木弦だ」


 俺は「えええっ!!」と大声を上げて、ベッドの上で後ずさってしまった。


 ろ、60年後の俺……?


 老人の足元から頭まで、スクロールして凝視した。


 た、確かに、どことなく俺のような感じはする……身長も同じくらいだし、体つきもよく似ている。特に、切れ長で奥二重の目なんかはそっくりかもしれない……



 ……って! こんな話、納得出来るわけ無いだろ!!


 

「だっ、誰がそんな話、信じ——」


「だから、大声を出すな! お前の留年を回避するため、わざわざ未来からやってきたんだ! 留年しないよう、お前に勉強する時間を与えてやる。その代わり、俺の要求にも応えてくれればいい」


「……よ、要求?」


「そう。俺と一緒に、過去に飛んで欲しい。の救世主として」


 その老人……いや、自称60年後の俺は、不敵な笑みを浮かべてそう言った。




「も、もう少し、その……アンタが俺だって言う証拠が欲しい」


「まあ、そう言うだろうと思って、いくつか用意はしてある。とりあえず、今好きな子は、同じクラスの田伏たぶせ結奈ゆな。それと、ブラウザのプライベートモードでブックマークしてるのは——」


「わ、分かった!! 信じる、信じます!!」


 田伏の事を好きだっていうのは、誰にも言ったことが無い。クラスでも地味目な彼女を好きな奴は、クラスでも俺くらいだろう。


 って言うか、プライベートモードのブックマークって、アダルトサイトのブックマークじゃないか……なんてところ突いて来やがる……


「あと、身体でいうとココな。5歳の時に転倒して、割れたガラスで切った場所だ」


 60年後の俺は、右肘に出来た古傷を指さした。確かに、俺も同じ場所に同じ傷がある。


「分かった……とりあえずは信じる……欲求を聞く前に、何て呼んだらいい? アンタってのもちょっと違うし」


「安心しろ、それも考えてきた。俺はお前を、本名のユヅルで呼ぶ。俺の事はゲンと呼んでくれたらいい。お前も経験してるだろうが、『ゲン』とよく呼び間違われるからな。成人してからは面倒で、ゲンって名乗ってるくらいだ」


 確かに。ゲンと呼ばれる事は、俺も何度か同じ経験をしていた。


「じゃ……ゲン。要求の件を詳しく聞かせて欲しい」


 ゲンは「あまり時間は無いが」と言うと、勉強机の椅子に腰を掛けた。


「ユヅルがいるこの時代ではまだ発見されていないが、大昔にドーバ島という島があってな。ムー大陸やアトランティス大陸なんかと違って、ちゃんと実在した島だ。9千年前に沈んでしまったがな」


 ムー大陸やアトランティス大陸……確か、伝説上の大陸だっけ……聞いたことくらいはある。


「さっき、『救世主として』って言ったけど、もしかしてその島が沈むのを防ぐとか?」


「ハハハ、まさか! 俺の時代の技術でもそれは無理だ」


 ゲンは声を上げて笑った。


「俺がやりたい事は、ドーバ島で魔物をやっつけて、島の救世主になる事なんだよ。まあ、ちょっとしたアトラクションみたいなもんだな。……それより、そろそろ出発しないといけない。行くか行かないか、どっちだ?」


「ドーバ島の事は、ギリギリ信じてもいいとして……ま、魔物はいくらなんでも……」


「……ああ、それは後で説明する。そろそろ、タイムマシンの待機時間が限界なんだ。俺の要求を飲んでくれたら、土曜日の朝に戻してやる。どうだ?」


 40秒悩んだ後、俺はゲンと共に外に出た。

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