異世界≠ギャンブル


「ああ、君が明傘くんか。うん、話は聞いているよ。娘が世話になったね、ありがとう。婚約なり執事なり、好きにすると良い。それじゃあ、下がっても良いよ」


 六條華の父親の反応は、しかし予想に反して実に淡泊なものであった。というか、淡泊を通り越して、無反応とでも言うべきかもしれない。

 馬鹿デカい屋敷の最奥にある書斎の真ん中で、彼はモニタから目を外すことすらなく、無機質的な声音でそう言った。


「……はぁ、旦那様」


 これ本当に帰って良いのかなと不安になりつつも、踵を返そうとすれば彼の隣で佇んでいた、いつぞやのメイドさんが深くため息を吐いた。

 金の瞳をスッと細めながら、指先で机を数回叩く。


「何だい、リィア。そう文句を言いたげな目で僕を見るのはやめたまえ、やるべきことは果たしただろう」

「いえ、いいえ、旦那様。まだ最低限のことすら果たしておりません、せめてあの小僧の顔くらいは、見ても良いのではありませんか?」


 何だか微妙に俺を慮ったのか、判断つかない感じの一言だった。

 しかも小僧って……いや、確かにメイドさんからしてみれば、小僧かもしれないのだが。


 メイドさんは見た目こそ若々しいが、流石に貫禄が感じられる風貌ではあった。

 大人な女性という感じである。メイド服ではあるが。


「そういう時間が無駄だから、僕は君に人事権を与えたんだけれどもね……。少しくらいは、活用して欲しいものだな」

「ええ、ですから、このように活用させてもらっておりますわ」

「相も変わらず、達者な口だ……まったく、誰に似たんだかね。まあ、良い。明傘くん、少しだけ話そうか」


 そう緊張しなくても良い、リラックスしたまえ──というのは酷かな。まあ、楽にしたまえ。なんて言って、彼はネクタイを静かに緩めた。

 瞬間的に、室内に充満していた緊張感が少しだけ緩むのを感じる。


「改めて、初めまして。僕は六條華斯波しば。すみれの父であり、まあ……君の義父候補になるのかな。覚えなくても、良いけれどもね」

「あー……はい。そしたら覚える努力はしてみます。明傘陽央ひおです、初めまして」

「……なるほど、胆力は十二分にあるらしい。ああ、いや。車の前に飛び出せるくらいなのだから、そのくらいは当然なのかな?」


 先程までおれに一ミリほどの興味もなさそうだった斯波さん(斯波様と呼ぶべきか?)の目に、少しだけ興味の色が灯った。

 こうしてしっかりと顔を見合うと、滅茶苦茶イケメンなおじさんだなと思った。流石は六條華の父親と言うべきか。


 顔面良すぎ遺伝子は脈々と受け継がれているらしい。

 それはそれとして、少し生意気な口振りになっちゃったかな……と内心で反省会を始めるおれだった。


「なに、気にしなくても良いさ。どう見てもそうだろうが、堅苦しいのは苦手でね。それに、君のようなのは慣れている」

「? 慣れているって……」


 どういう意味合いでの慣れてるなんだよと思った。

 小生意気な小僧を叩き潰すのが慣れているのか、あるいは娘が婚約者を連れてくるのに慣れているのか。


 前者でも後者でも嫌だなと思った。

 どっちにしろ、おれが上手く生き延びれそうな気がしないんですけど……。


「明傘くんも、娘の一目惚れ体質に引っ掛かった口だろう? いやはや、申し訳ないね」

「うお、全然申し訳ないと思ってなさそうな顔だ……」


 何なら面白がってそうな顔ですらあった。とはいえ、それだけでもなさそうではあるが。

 少なくとも、後者ではあるらしい……前者よりはマシだなと、内心安堵した。


 そして、同時に納得を得る──何だかやたらと手際が良いな、とは思っていたのである。

 幾ら超金持ちの娘の言うことだからと言って、こんなにも気軽に婚約者だったり、雇うだったりと、話がスピーディーに進み過ぎだった。


 病院で寝泊まりしてる間なんて、随分と意味不明な夢を見たなと思っていたし、これからどう生きていこうか、真剣に考えていたほどである。


 だから、前例があることは予想できていた──つまり、六條華すみれの言う”運命の人”というのは、これまで何人も見初められてきた、ということである。

 そしてその上で、全てが破談となった……ということになるだろう。それがどちら側の問題なのかは、おれには判断つかないが。


 少なくとも、斯波さんもメイドさんも、使用人さんたちも、全員が慣れているのである──これはアクシデントではなく、彼ら彼女らにとっては、最早定期的なイベントなのだと考えるのが、普通だろう。

 人によっては付き合いきれないと思うかもしれないが、それでも、そうはいかないから親や使用人というのは難しいなと思った。


「察したかもしれないが、すみれの運命というのは散在しているようでね、そのどれもが、これまで有象無象だったらしい」

「……旦那様」

「そう咎めるような顔をするな、リィア。事実だろう──それに、これは明傘くんに伝えるべき情報でもある……それは、明傘くんが一番、良く分かっているんじゃないかな」


 君は見た目以上に賢い子だからね。と続けながら、試すような目を向けられる。

 正直、そういう類の視線や問いかけが一番緊張するので、速やかにやめて欲しいなと思う──とはいえ、まあ、言われていることは流石に分かる。


 それは、これから先、おれが六條華に捨てられることは全然あるということだ。

 いや、あるいはおれの方から、何かしらの理由によって六條華の庇護から抜ける可能性がある、かもしれないが。


 そして、その上で恐らく斯波さんは、おれに一つの役割を求めている。

 まあ、なんだ。要するに──


「ちゃんと”運命の人”をやれってことですか。正直なこと言うと、全然自信ないんですけど……」

「ははっ、いやいや。今のでそこまで読み取れたなら、及第点以上だよ。こう見えて、僕も多忙でね。頭の回転が早い子は好ましい」


 ここに来て、一番心のこもった一言を付け足す斯波さんだった。多忙だって言った時、マジで疲れた人の顔してたぞ……。

 お金持ちだろうが何だろうが、社畜は社畜なんだな。


「明傘くんからしてみれば、とても現実味なんてないかもしれないが、これでも僕は、それなりに期待はしているんだ。だから、君がである限り、衣食住も何もかも賄ってあげるのだしね。他にも色々と要望はあるだろうが、そこは後でリィアに伝えたまえ」

「え? いや、衣食住完備な時点で、おれとしては文句の一つもありませんが……」

「……そ、そうか。すまない」


 率直な感想を述べたら、かなりの哀れみの目線と共に、謝られるおれだった。

 こ、これだから金持ちは……!


「でも……っていうか、だから、になりますけど。最大限の努力はするつもりです、色々と」

「ん、そうか。それは助かるよ、本当にね。それじゃあよろしく──と、そうだ。言い忘れていた」


 これで話も終わりかという時に、斯波さんが少しだけ面白そうに口角を上げた。


「君のご両親の所在、調べさせたんだけれどもね。今ラスベガスだそうだ、どうする?」

「嘘でしょ……」


 異世界っていうか、ギャンブルで一山当てようとしてるじゃねぇか! と叫びそうになった自分を抑え込み、


「一先ず放っておいてください……」


 と絞り出すおれだった。

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