胸を張ってください


「うおでっか……」


 あんまりにも乳がでかすぎるキャラのイラストが流れてきた時くらいにしか出てこない感想が、思わず口を突いて出てきたのは、晴れて退院した日のことであった。

 しっかり帰る家をなくしたおれの、新たな家へと連れてこられた、その第一声である。


 以前まで住んでいた家の何十倍あるねん、みたいなデカさの屋敷を見せつけられ、思わず語彙が吹き飛んでいた。

 いやね、これは仕方ないって。


 流石は天下の六条華、と言うべきだろう。


「ふふっ、この程度で驚いていたら、心臓がもたないかもしれませんよ? 明傘くん」


 こんな、おれがいるには、あんまりにも場違いすぎるようなところで、そんな風に気安く声をかけてきたのは、当然ながら六条華であった。

 綺麗な黒髪が、さらさらと風に揺れている。


「それに、ここは別邸ですから。本邸は別にあるんですよ?」

「あんまり心臓に悪いことを言うんじゃないよ……本当に止まっちゃったらどうするんだ」


 ただでさえ、黒塗りの高級車に問答無用で詰め込まれて、ここまで連れてこられたのである。

 緊張しすぎで普通に吐きそうだし、心臓はさっきからかつてないほどに働いている。


「大丈夫ですよ。その時は一緒に死んであげますからっ」

「おぉ……すげぇ、全然大丈夫じゃない……」


 微妙におれが言えたことでは無いような気もするのだが、軽率に命を捨てようとしないでほしかった。

 重いとか面倒とかいうレベルの話じゃないんだよね。そろそろホラーの領域だから。


「ふふっ、冗談です」

「本当に冗談だった? 目がガチだったんだけど」

「もし明傘くんが死んだら、明傘くんの名前が後世に残るようにあらゆる手を尽くします」

「おも…………」


 明らかに重力設定をミスってる感じの台詞だった。

 出会ってまだ二日目だが、既にこの女本当にブレないな……と言う感想が転び出る。


 これが運命信者の実力という訳だ。

 出来れば知りたくなかった感が強い。


「軽い女よりは良いでしょう?」

「帯に短し襷に長しって言葉があってだな……」

「それこそ問題にはなりませんね。だって、明傘くんは私の王子様なのですから」


 ねっ? と大分語気強めにごり押されたので、渋々と言うか、諦めて頷くことにした。

 これ以上、下手に反論でもして反感を買う訳にもいくまい。


 おれの生活というか人生は、今この瞬間にかかっていると言っても過言ではないのだから。

 いやね、六條華に捨てられたら、またしても街を流離う根無し草になっちゃうんだよ。


 そういう訳で、六條華に連れられるような形で、城みたいな家へと向かう──のだが。

 チラホラ見かける使用人さんたちの、奇異の視線が妙にむず痒かった。


 いや、まあ、おれのようなみすぼらしい男は、そりゃあ珍しいかもしれないが……。

 何だかそれらが、おれというより、六條華の方に刺さっているのが気になった。


「明傘くん」

「ん?」


 不意に声をかけられて、立ち止まる。

 そうすれば、仕方なさそうに笑った六條華が、おれを見つめていた。


 思わず首を傾げると同時に、静かに歩み寄られて顎に手を当てられる。

 それからグッと、視線を上げられた。


「顔は上げて、背中は丸めず、胸を張ってください」

「んっ」

「今日からここは、貴方の庭なのですから。それに、何事も、第一印象が肝なんですよ? 堂々と振る舞いましょう」

「無茶言うなよ……」


 ただでさえ、未だに地に足のついている感覚がしないのだ。

 ずっとフワフワとした感覚があって、一手ミスれば普通に捨てられる未来が、鮮明に見える。


 ついでに言えば、これまでの人生をそういう風に歩いてきていない。

 人間、やったことのないことは、すぐに出来るようにはならないものだ。


「無茶でも、無理でも、やってもらわなければ困ります……だって、明傘くんはそうしていた方が、ずっと格好良いんですから」

「……六條華って、意外と人を乗せるのが上手いんだな」

「?」


 金持ちのお嬢様ってのは、そういうコミュ力が発達してるんだなという意を込めたのだが、返ってきたのは不思議そうな首コテンであった。

 今のは天然なのかよ。


 不覚にも可愛いと思ってしまっただけに、コホンと息を吐く。

 それから、意識的に背筋を伸ばした。


 ……ま、ここまで言われて、それでも頑なに突っぱねるのは、男の子としてどうかと思うしな。


「ふふっ、ほらお似合いです。それでは気を取り直して、行きましょうかっ」

「はいはい……って、ちょっ、腕を組むな密着するな! 何か向けられてる視線が厳しくなっただろうが!?」

「させておけば良いんですよ。みんなもきっと、すぐに分かりますから」


 言いながら、強引に腕を引く六條華。

 それを無理に振り払うことも出来ないおれは、半ば諦めた形で歩幅を合わせるしかなかった。


「それに、そのくらいはしていただかないと、お小言くらいは貰ってしまうかもしれませんしね」

「小言? ああ、メイドさん」

「いえ、お父様にです」

「なんて?」


 ちょっと想定してなかった台詞が飛んできて、思考が一瞬止まる。

 ついでに歩みも止めれば、


「ですから、お父様にです。だってほら、私たちは婚約者なんですから、挨拶するのは当然でしょう?」


 といっても、私はついていけないんですけれどもね。と。

 六條華は当然のように、そう言った。

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