ウルトラメイドですからね
「ご安心を、何も今すぐに、お嬢様に相応しい婚約者になれとは言いません。ただ、早急な教育は必須でしょう──ですから、
苦渋の決断をしたおれに、然も答えは分かっていたというような顔をしたメイドさんは、つらつらとそんなことを語り始めた。
まあ、分かっていたというか、こうするしか道はなかっただけであるのだが。
おれだって、出来れば何不自由なく生きたいという願望くらいはある。
「いわゆる、お世話係ですね。これまではわたくしが担当していましたが、明傘様に引き継ぐ形となります」
「え、えぇ……そういうのって、異性が担当して良いものなのか?」
お世話係と言い直したからには、それこそ身辺の世話が中心の仕事となるだろう。
そこにはもちろん、プライバシーに関わるようなこともあるわけで……。
まあ、何だ。
ぶっちゃけ着替えとか湯浴みとか、そういうのまで含まれるのではないか、という懸念があった。
「あら、そこは問題ありませんよ? おはようからおやすみまで、共に離れず過ごすのが、六條華の夫婦というものですから、ね?」
「なるほどな、問題しかないということは良く分かった」
むしろ六條華が問題視していないことこそが、最大の問題なまであった。
そもそも夫婦じゃないし。普通に殺されるだろ、お父さん辺りに。
おれは父親がああだったし、一人息子だったので、ちょっと実感が湧かないのだが、世の娘を持つお父さんというのは、他の男には大層厳しいという知識くらいは仕入れている。
それがあの、世界有数の金持ちである、六條華家であれば、想像するだに恐ろしい。
「…………大丈夫ですよ、明傘くんなら! きっと!」
「それはもう全然大丈夫じゃない時の台詞じゃない? ねぇ……」
確実に死ぬやつじゃん、それは。
六條華に拾われようが拾われまいが、死の未来は近かったらしい。ということを察した瞬間だった。
ちょっとおれが可哀想すぎるだろ。
「はぁ……大丈夫です。お嬢様がおっしゃられた通り、問題はないかと。それに、今のお嬢様の身の回りの人事は、わたくしに一任されておりますから」
「もしかしてメイドさん、滅茶苦茶偉い人……?」
「ええ、まあ。わたくしはウルトラメイドですからね」
当然でしょう? といった面をしたメイドさんだったが、ウルトラメイドとか言うアホのワードがそれらを全て相殺していた。
何だろう、六條華って馬鹿ばっかりなのか?
「なのでもちろん、失礼なことを考えた無礼者を、ここで殺すことも許されておりますわ」
「ふー……土下座すれば良いですか?」
「ふふっ、そういう上下関係に敏いところは好ましいですね。それに免じて、今回は許してあげましょう」
ですが次はありません。とメイドさんはきっぱりと言う。
冷静に考えたら、生殺与奪の権まで奪われているのは、明らかにおかしいのだが、後の祭りだった。
「……今更、選択の余地もないでしょうが、お嬢様の婚約者に、執事になるにあたって、環境は大きく変わります。実感は湧かなくとも、退院するまでにそれだけは心に留め、覚悟しておくように」
「えーっと、了解です……?」
「……これからはそういう言葉遣いも、覚えていただかないといけませんね」
トン、とおれの額を指で突いたメイドさんは、スマホを取り出しながら「少々席を外します」と病室から出て行ってしまった。
何か多分、おれの……採用? について、関係者に連絡をするのだろう。
しかし、そうなると当然、病室に残されたのはおれと六條華だけになるわけで。
うっすらと妖し気に光った瞳を向けられた瞬間、全身が軽く硬直した。
魔眼の使い手か何かかよ。
そっと重ねられた手にさえ、内心身構えてしまう。
「──ごめんなさい、こんな弱みに付け込むような真似を、してしまって」
けれども、予想に反して放たれたのは、謝罪だった。
弱弱しい、年相応の落ち込んだ声音。申し訳なさを孕んだ、謝罪の一言。
「けれども、本当の本当に──明傘くんが、欲しいんです。今はもう、明傘くんしか、考えられないんです」
だから許してください、とは言わないけれど。
冗談でもなく、揶揄っている訳でもなく、錯乱した訳ではないことだけは、分かって欲しいです、と六條華は言う。
となれば、まあ、返す言葉も真剣にするべきだろう。
「……正直なところ、頭が追い付いてないことがばっかりで、ハッキリとしたことは言えないんだけどさ」
コホンと息を吐く。
未だに混乱中の頭を一先ず置いて、呼吸を整えた。
「今のところ、不幸中の幸いだなーってくらいには思ってるよ。だから、まあ、取り敢えず、よろしく」
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