運命信者なのです


 端的なことを言ってしまえば、頭のおかしいヤバい女が出てきてしまったな、というのが素直な感想になる。

 けれどもそれを口に出すことが無かったのは、流石に失礼過ぎるなと自制できたのと、彼女の隣に佇む、如何にもなメイドさんの存在によるものだった。


 年齢は、おれより幾つかは上だろう。

 少なくとも、学生ではないことは確かだ。


 今時いるんだな、メイド服を日常的に着てる人間。

 現代ではもう、そういったお店じゃないと見れないんだと思っていたぜ。


 そんな風に現実逃避していると、やはりギュッとおれの片手を握ったままの少女が、我に返ったようにパッと手を離す。

 それから、ほんのりと頬を羞恥で染めた。


 なるほど、可愛い。

 でもヤバい女なんだよな……。


「もっ、申し訳ありません、つい興奮してしまって……改めまして、私の名前は六條華ろくじょうかすみれと申します。以後、お見知りおきを」

「六條華……って」

「あら、ご存知ですか?」

「ご存知も何も、知らない人の方が少ないくらいだろ……」


 超巨大財閥、六條華グループ。

 その総資産は、100兆を軽くぶち超えているという、いわゆる世界有数のお金持ち。


 つまり、おれとは文字通り、天地の差があるほどに、正反対の人間ということだ。

 本来であれば、こうして関わり合うことすらなかったのは間違いない、天上の存在。


「ご存知であれば、話は早いですね──ええ、その通り。私は六條華グループ本家の一人娘であり、先日貴方に……明傘あけがさくんに命を救われた、しがない女子高生です」

「命を救われたって、そんな大袈裟な……」

「いえ、いいえ。ちっとも大袈裟ではないんですよ? あの時、明傘くんがいなければ、今頃私がどうなっていたかは、誰にも分からないんですもの」


 それこそ、命を失っていたかもしれないし、それ以上のことをされていたかもしれません。

 少しだけ瞳に怯えを見せながら、六條華はそう言った。


「明傘くんが自分のことも省みずに、車の前に出て来てくれた。自分の命を擲ってでも、私を助けようとしてくれた……そのお陰で、今の私があるんです」

「何だか随分と脚色されてるような気はするが……まあ、どういたしまして。打算があった訳じゃないけど、無事だったなら良かったよ」


 本当に、心の底からそう思う。

 実際のところは、かなり自分本位な行動であったのだが、それはそれとして、誰かの助けになれたというのなら、素直に嬉しかった。


「そう、そこで私は思いました……見ず知らずの私の為に、ここまでしてくれる殿方はきっと、明傘くん以外いることはない、と。きっと明傘くんは、私の運命の人。白馬の王子様なのだと……!」

「ん? あれ?」


 急に風向き変わったな。

 感謝のエピソードだったのに、突然変な女エピソードに切り替わってるぞ。


 巻き戻して! 早く、誰か!

 内心で絶叫するおれを置き去りに、急にトリップした六條華は、つらつらと語り始める。


「ええ、ええ。間違いありませんとも。貴方は、明傘くんは私の運命そのものなんです。だって、自らの命をすぐさま、私の為に投げだせる人が、どれほどいましょうか!? 多くは無いでしょう。如何に私のグループの人間や、家族であっても、一瞬か、それ以上の躊躇いはあって然るべきなのですから。だというのに、明傘くんにそれはなかった! どころか、そのことで恩を着せようとすら思わない高潔さ! ああ、ああ、明傘くんほどの、私の運命は、王子様は、他にいましょうか……! これはもう、結婚するしかないのでは? 私の伴侶として、明傘くん以上の方はいないのですから!」

「……ひゅ~」


 この女、ヤバすぎる。

 あまりの早口で、半分ほど聞いていなかったのだが、その半分だけでも十分ヤバい女であることが伝わってきたので、本当にお手上げって感じだった。


 おい、こいつを連れて早く出ていけ。と隣に佇むメイドさんへと視線を飛ばす。

 すると、メイドさんは「はぁ……」と心底面倒そうにため息を吐いた後に、そっとこちらに寄って来た。


 ふわりとメイドさんの金髪が靡いて、心臓が跳ねる。

 完全に自分の世界に入っている六條華をそのままに、耳打ちする形だ。


「申し訳ありません、明傘様。ですが、お許しください。お嬢様は、いわゆる”運命信者”なのです」

「なんて?」


 なに? 陰謀論者の亜種?

 ただでさえヤバいのに、更にヤバい要素を載せてくるのかよ……と戦々恐々とした。


「つまり、未だに絵本で出てくるような、白馬の王子様が自分にも用意されているのだと、本気で信じてる系のピュアピュア箱入りお嬢様、ということです」

「えぇ……」


 シンプルにドン引きした。

 どういう教育をしたら、そんな人間が生まれてしまうのか、小一時間問い詰めたいくらいである。


「そして、お嬢様の王子様に、明傘様は内定されてしまいました」

「当たり屋みたいな内定のさせられ方だ……」

「当たられたのは、むしろこちら側と言いたいところなのですけれどもね」


 ですが、こうなってしまった以上は仕方ありません。と、先程まで同情の色が乗っていた瞳が、スッと冷たくおれに向けられた。


「明傘様にはこれから、お嬢様の婚約者となってもらいますわ」

「!!?」

「もちろん、拒否権はございません……いえ、いいえ。無論、行使してもらっても構いませんが。そうなった場合でも、入院費用とそれなりの謝礼はお渡しいたします……けれども、その膨れ上がった借金、明日も分からぬ生活。それをこの先、ご自分一人で、どうにか出来るとでも?」


 ポンとメイドさんに投げかけられた問いを、打ち返すことが出来ない──何せ、言うまでもなく、どうにか出来る訳がないからだ。

 そして、裏を返せばこれは、婚約者になれば、それらすべてを、六條華で持ってくれる、ということになる。


 いやこれ最初から拒否権ないじゃんと思った。ほとんど脅迫である。

 確かに借金を抱え、親に蒸発されたおれが悪いと言えば悪いのかもしれないが、こんな噛み合い方ある?


 クッ……と奥歯を噛みしめてキッチリ三秒。

 ちょっとだけ悩んだおれは、「はぁ」と小さくため息を吐いた。


「よろしく、お願いします……」

「はい、承りました」


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