第59話 罪のありか

 確たる信念なきやから、信仰を餌に、人々を食い物にする邪悪を相手に、私たちは言葉でもその過ちを打ち倒してきた。

 神器を誇示するように振り回す処刑者を前に、私はあくまで、かつてそうしてきたように、舌戦を挑んだ。

 今回の敵が、そのような・・・・・者であってほしくないと、心の奥底で願いながら。


「そもそも、異端認定の俎上にあるというのなら、なぜ決定を待たないのですか?」


「貴様が知る必要はない!」


「先走る必要がある……個人的な事情で動いているのでは?」


 雑な大ぶりの一閃、勢い余って地面を切りつけ、後に舌打ちの音が続く。

 でも、その舌打ちの意図は、攻撃を外したことよりも、私が当てた事への苛立ちに思える。


 地面へ打ち付けた怒りをそのままに、再び真紅の穂先が宙を舞う。手勢に加勢を促しながら攻め寄せる刃、構わず私は舌鋒で応戦していく。


「どれだけの人間が関わってるか知りませんが……私が異端だから裁くのではなく、私を異端ということにしたいのではありませんか?」


「貴様がそういうことにしたいだけだろうが!」


「私に居場所がないなどと言ってましたが、このままではあなたの居場所がなくなるのでは?」


 これが一番の痛打だった。お返しに、今までで一番力がこもった――

 本当に、力任せで感情的な振り下ろしが、地面に大傷を刻み込む。


「ここで死んで差し上げるのが、『聖職者』らしい慈悲という気さえしてきますね」


 相手を蔑んでの挑発に、余裕を失いつつある敵が得物の穂先を向け、「異端者風情が……」と吐き捨てる。


「私が死ねば、確かに、あなたのためにはなるのでしょうね」


「……くどい!」


 問答を断ち切るように、声を荒らげての一振り。

 先に軌跡が見えるほどのわかり切った一撃をかわし、私は続けた。


「あなたのためが、誰かのためになると、心の底から信じられますか?」


「自分は人のために生きているつもりか!?」


「ご存じでしょう?」


「『人』と呼べるのは信徒だけだ、異端者!」


 幾度となく繰り返した攻撃と回避の流れの中、心底の叫びのように放たれる断言に、私は苦々しいものを感じずにはいられなかった。

 この男以外もそうだったなら――


 暗い疑念を脇によけ、私は、この敵が避けているものを口にした。


「あの街の人々はどうだというのですか?」


「……貴様ひとり、満足に追い詰められない役立たずなど――」


「あなたはご自分のお役にも立てないのですね」


 言い切るのを待たず、遮るように言葉を放つ私。

 私へまっすぐ迫る真紅の刃。


 煌々としたその穂先に合わせ、私は右手を前に差し出した。見た目以上に厚みのある刃を、中指と人差し指で挟み込む。

 瞬間、激しい痛みが指に焼き付く。その激痛をねじ伏せ、私はニ指に力を込め、こちらへと引き寄せる。

 槍だけでなく、その持ち主も引き込む勢いで。


 突然の動きに目を見開く敵の姿を目に、私は「ああ、やっぱり」という、落胆と失意を同時に覚えた。

 この程度の事も予期できない。見せつけるための力を授かっていても、実戦経験は浅い。異端狩りを名乗ってはいたけど――

 きっと、「私たち」みたいな現場の人間じゃなかったんだ。


 異端も邪教徒も、私たちが持つような神器に相当する、「何か」を持っていることはある。

 危険を承知で、それを奪いに行くのは、決してたやすくはない。けど、ありえないことでもない、ひとつの技術だった。


 引き込んだ槍の切っ先は、もはや私に害を成し得ず、ただ宙を無為に貫くのみ。急に詰まった間合いの中、敵は――

 たぶん、奪われるのを嫌ったのだと思う。異端者に神器を召し捕られるなど、死でも償えない恥だろうから。


 不意に、指から刃の存在感が失われた。視界から、強い存在感を放つあの神器が消えてなくなる。

 これを仕切り直しにと、敵は再び間合いを取ろうとするのだけど……

 すでにバランスを崩している状況で、判断はまったく間に合っていなかった。いまだ指を刺す鋭い痛みを感じながらも、私は前に手を伸ばし、敵の手をつかみ取った。


 そして――無意識というしか他にないくらい、流れるようないつもの・・・・所作で、何の抵抗もなく指をへし折ろうとしている自分に気づいた。

 まだ、目立った外傷は与えられない。

 この人には、果たさせなきゃいけない役目がある。


 内心、どこから来たかもわからない、害意を伴う憤怒を覚えつつ、私は衝動を抑え込んだ。折らない程度に、少し細く感じられる指をねじり上げる。

 苦痛に顔を歪め、苦悶の息を漏らす敵を、私はさらに自分の方へと引き込んだ。掴み取った指を強く握り、痛みで制動する手綱とし、意のままに動かされる敵の背後を取る。

 ねじり上げる動きは、指から腕へ。右の肩から肘まで、動かせないように背中へと関節を極め――


 一連の流れの仕上げに、私は足払いをかけた。背後を取って抑え込んだまま、敵の背に覆いかぶさるように倒れ込んでいく。

 敵を地に伏せる間、私は掴んだ腕を手前へ引き込みつつ、敵の腰部は地面に向けて押し付けた。

 無理に弓なりにさせられたまま、地面に倒れ込んだ衝撃を受け、敵からは苦悶の声が漏れ出す。

 この態勢では大したことはできない。相手もわかってるはずだけど、「お互いにとっての不幸」を避けるため、私はあえて忠告差し上げた。


「下手に動かないでくださいね。跳ねのけようものなら、二度と自力で歩けない体になりかねませんから」


 声をかけながら、相手の上半身をのけぞらせ、膝は相手の腰部へと押し込んで腰椎を圧迫していく。しかし……


「これでは、貴様も満足に動けまい」


 息も絶え絶えに発された言葉は……いくらか強がりの気持ちもあったことと思うけど、別の意図を含むものでもあった。

 ここにいるのは、私たちだけじゃないから。


「お前たち、何をしている! 見ていないで加勢しろ!」


 苛立ちを感じさせる声が四方に飛ぶと、少し遅れて思い出したように、私へと投石が飛来してきた。

 この敵を抑え込んでいるままでは、私はいい的だった。全身を打つ小石、ひとつは額に直撃し、眉間を紅いものが流れ落ちていく。

 痛みはあるけど、耐えられる。この程度では死なない。


 死ねない、私は。


「こんなのが効くとでも思ってるのですか?」


 でも、この男は、効かないってわかってて、それでも住民に石を投げさせる策を選んだ。

 考えはわかる。投石で殺すのは意図していない。

 私の心を追い詰めて、自裁させるため。


――聖職者ならば、決して選んではならない最期を選択させるため。


 異端や邪教の徒を殺めるのは、私たち・・・にとっては、ある意味ではこの上ない慈悲でもあった。

 それよりも効果的に、効率的に、私たちは誤った教えを殲滅し、根絶やしにしてきた。

 よこしまな教えに従う民草に、すぐそこにある「武器」を手に取らせ、指導者を迫害するという形で。

 そうすることで私たちは、新たな信徒たちに、過去の過ちを清算する機会と実績を導いてきた。

 そして……忌まわしき教えを広めた者たちには、決して、「殉教」などという逃げ道は与えない。

 誤った教えもろとも、かつての信徒たちと手を取り合い、私たちは歴史の闇に葬ってきた。


 いまの私への仕打ちは、その延長だった。

 そんなのは、最初からわかってる。


「出来損ないめ! この御代に貴様の居場所があるなどと、どうしてそうも厚かましく生きていられる!? 誰にも求められることなく、行く先々で火種となり、それを知った上でなお永らえようという、貴様が!」


 小石飛び交う中、心底の疑念が声として発せられた。小石よりも深く、私を穿うがつ。

 認めざるをないところはある。聖女を……他人を救うことを志したのに、癒やしの力のひとつも授からなかった私だから。


 だけど、この男は許せない。

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ポンコツ聖女ティアマリーナの不品行録 ~私が異端者だって言うなら、本当に悪い子になっちゃいますよ! 紀之貫 @kino_tsuranuki

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