第56話 私の罪過

 関係各所へ話をつけてから数日――


 私は街から離れたところで野宿をしていた。

 周囲には森が広がる中で、少し開けたところになっていて、目の前には小高い山も。目印としては間違えようがなくて、森や山へ用があるという人も滅多にいないそうで。

 訳あり同士の、剣呑な待ち合わせ場所としては好都合だった。


 リダストーン市からの働きかけで、先方が私に話をつけに来る。

……のだけど、具体的な日時までは知らされていない。

 向こうにも事情があるとか何とかで、私は先に待つように言われて、こういうことになってる。市としては、先方をあまりせっつく・・・・こともできなくて。

 でも、一方的に色々押し付けておいて、「尻ぬぐい」の機会を提供してみれば、この横暴。

 もちろん、私への手配は依然として継続している。

 一方、待ちぼうけを食らう私に、いくらか同情していただけているみたいで。毎日、「一応」やってくる市の連絡役の方は、その日の糧食を持ってきてくださっていた。

 事を穏便に済ませてもらうため、私に気遣っているという面もあるだろうけど。


 ともあれ、お相手がいつやってくることか。普通なら、気が気じゃなくて休まらないところだけど……

 住民に石を投げさせるという作戦は、それで死傷に至ることを目的としたものではなくて、心理戦を意図してのことだという確信がある。

 そういう作戦についての素養や理解が――教皇府に籍を置くという首謀者には、間違いなくある。

 こうやって待たされているのだって、無為に消耗させようという腹積もりなのかも。

 実のところ、向こうは向こうで対応に追われていて、単なる時間稼ぎが、私へのちょっとした嫌がらせになっているというだけかもしれないけど。

 結局、気にしても仕方ないことだと割り切って、私は野宿の中で精神修養に務めることにした。


 そして、その日がやってきた。

 テントのそばで瞑想をしていた私は、うっすらと目を開けた。夕日と夜の帳が混ざり合う中、気配の輪が私の周囲を取り囲んでいる。

 まだまだ距離はだいぶあるけど、十人近くがこちらへ向かってきている。


 やがて、山を背に立つ私の前に、ご一行様が現れた。

 集団の中心に立つのが、話に聞いていた通りの容姿の人物。少し長めに伸ばした薄目の金髪で、怜悧な顔の若い男性。

 表情や私に向けた視線から、どことなく冷酷な感じがあった。


 彼に比べると、付き人らしき人々は……どこか頼りなく映る。

 大事な仕事だという認識はあることだろうけど、私ひとりを前にして、いずれもが腰の引けた様子で構えている。

 面持ちも冴えなくて、不安と――恐れの念があった。


 たぶん、この人たちは私のことを知っている。

 ここへ来る前、聖教会を追い出される、さらにその前の私のことを。「出来損ないの見習い聖女」という情けない私とはまた別の、どうにかお役に立てていた私の方も。


 思い出したくもない、だけど自分の血肉になっている過去が、ふと脳裏をよぎる。

 目の前にいる人物への、うっすらとした懸念と疑惑が、頭の中で結びつく。


 教皇府の、どこのひと?


 答えを出しつつある憶測を、私は意識的に断ち切った。話が始まる前から、私の方が勝手に動揺するわけには……

 この場で交渉に臨むのは、私の側には私ひとりしかいないのだから。


 最低限の使命を胸に改め、私は口を開いた。彼我の間合いがまだまだある中、少しだけ声を張って届かせる。


「ご足労、痛み入ります。お話しさせていただく前に、ひとつご提案があります」


 すると、向こうは小さく顎をしゃくるような動きで、次を促してきた。

 今の今まで、どこに行っていたのか知らないけど……待たされていた苛立ちを軽いため息に乗せ、私は言葉を続けた。


「本件において、リダストーン市はあくまで道具でしかない、そうではありませんか?」


「それで?」


 肯定も否定もなく、ただ私にだけしゃべらせようとしてくる。

 私の告げ口・・・を警戒して、明言を避けたのかもしれないけど。


「これ以上、あの街を巻き込むことのないよう、事を運んでいければと存じます」


咎人とがびとが、いい気なものだ」


 鼻で笑う言葉で切って捨て、彼は続けた。


「そこまであの街を思うのなら、最初からその首を差し出せば良かったろうに。なぜそうしなかった?」


「住民を巻き込んでの捕り物を教会が認めたなど、改めなければ汚点になります」


「身の程知らずにもお説教か」


 話が通じない――というより、私たちとは信条、信念が違う。それぐらいの隔たりを感じる。あるいは……

 私が犯した罪が、これだけの強硬と横暴を許すだけのものということ?


「破門された身で、授かった力を私の一存で奮ったことについては、弁解の余地も……」


「……それだけか?」


 罪を認めるも、意外そうにしている真顔が、それ以上の「何か」を問わいかけてきた。

 でも、他の心当たりなんて……後は、初日に出頭しなかったことぐらいしか。


 緊迫感ある沈黙がのしかかる中、ややあって、彼は心底見下すような視線を私に向けてきた。


「その自覚のなさこそが、真に責められるべき罪か」


「……いったい、何のことを指しておいででしょうか」


「……異端者め」


 その一言で、私の時が止まった。


 頭の中を殴られたような衝撃が走って、思考が迷走する。

 狼狽ろうばいを隠せない私を前に、彼は溜飲が下がったらしい。今も戸惑いと恐れを見せる配下の前で、彼の余裕ありげな笑みだけが浮いていた。


「破門された身でありながら、授かりものの力を、なせ不信心者のために用いた?」


 問われた意味が分からない。不信心者って――

 確かに、教皇府を追い出されてからあの街に至るまでに、信徒でない方々にも出会って、少しばかりお力添えはしてきた。聖教会からすれば、部外者には違いない。

 だけど、不信心者だなんて、あまりにも侮蔑的な響きがある。


「信仰の有無が、そこまで――」


「ハハハ、馬脚を現したか!」


 遮るような言葉、高らかに笑った後、続く言葉が胸を刺す。


――そのような心根だからこそ、望んだ力も授けられないのだ。


「貴様が授かった力は、ただ我らユナリエ聖教会と、その信徒のために奮われるべきもの! その理解なく野に放たれている現状こそ、聖教会の汚点と言うほかあるまい!」


 明らかに空気が変わった。張り詰めた空気の中、自由を得ているのは一人だけ。

 付き人も私も、その場から動けないでいる。

 そんな中でただ一人。冷淡だった顔に使命感と殺意がたぎり、声が高らかに響く。


「先行けばともがらなく、追う者なければ振り向くこともなし。地に落つ影と血のわだち、その身に秘めたる荷こそ汝なり。ただ貫け!」


 私でも知っている聖句。掲げられた右手に真紅の魔力が集い、やがて一本の薙刀グレイヴとなる。赤黒い柄に、煌々と輝く紅い穂先。きらめく切っ先は、真新しい血に濡れているようだった。


 名もなき神器。

 私たち・・・の武器。


「懺悔の時間を与えてやる! ひれ伏して許しを乞うがいい、異端者!」


 でも、私には言葉が出なかった。

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