第54話 聖職者として
先方へのアプローチに関し、他の重職者とも話を詰めるとのことだけど、司令官殿と同席の上で大筋の同意と言質はいただけた。
私と例の首謀者が接触できるよう、リタストーン市が動く、と。
この先のための、次の一歩が固まりつつある。一つの成果を手に、私たちは市庁舎を後にした。
さて、私の手配書には、リタストーン市とは別に、もうひとつの組織が関わっている。現地の教会組織――
今回の話によれば、権威付けのための名義貸し以上のものではないそうだけど。
住民をけしかけ私に石を投げさせようという作戦において、煽動者等の現地要員の運用は、やはり市が担当したとのこと。
実働から現地教会を切り離していたのは、
逆に言えば、他への冷淡さも見て取れる。
ともあれ、実際的な部分については、市が多くを背負わされていた様子。教会側へ話をつけに行く必要は、あまりなさそうだった。
というより、司令官殿がやや気後れしていらっしゃるように映る。
「教会に所属しているとなれば、まさか教皇府に逆らうわけにもいくまい……」
「はい、承知しています」
一応は教会の方へと、少し足取り重くも歩を進めていく。
本件について、現地教会の方々へ向ける思いは、ちょっと複雑だった。
人に石を投げさせるやり方に対し、非難の声が上がらなかったことについて、私だって一応は元聖職者だから……残念に思うところはある。
でも、仕方なかったことだとも思う。むしろ、教皇府の人間が背後にいると知っている中で、ああいう煽動を目にしたのなら――
そのことに、何らかの「メッセージ」を感じてしまってもおかしくない。
ともあれ、責められるものじゃない。
司令官殿も、そういう感じの認識はお持ちのようだった。
「あえて教会にまで、話をつけに行くこともないと思うが……」
「それは確かにそうですが……例の人物について、何かしらご存じならば、と思いまして」
「教会の人物であれば、少し期待はできるか」
とは仰ったものの、やはり司令官殿は気が進まないご様子だった。
ただ、足取りの重さの理由は、教会への遠慮だけではないようで。教会への、ちょっと長く感じられる道すがら、他の通行人には聞こえない声で、今の心境をお話しくださった。
「先ほど対面した連中だが……職場は違えど、顔なじみでね。近頃はめっきり減ったが、昔は良く酒を酌み交わしたものだ」
そう聞くと、私みたいなのがここへやってきたことで、皆さまの仲に亀裂を入れてしまったように思えてくる。物寂しげな語りに、ついうつむき加減になる。
そんな私に、司令官殿は私の心情をお察しくださったのか、柔和な苦笑いを浮かべられた。
「今回の案件以前から、そりが合わなくなっていたところはあってな。衛兵隊から国軍への人材引き抜きについて、市の方から承認を出しよって……断れないにしても、もっと補償で搾り取れば良かろうに」
「そういえば、衛兵隊は長らく人手不足だったと……」
「まあ、お国にもあいつらにも、事情というものはあるんだろうが……」
そう仰って、司令官殿は足を止められた。
「正直なところ、教会の方とはあまり付き合いがない。必要があればこのまま向かうが……先の話と違って、『自分がいかねば』という使命感はない。むしろ、私の方が部外者のようにも思える。君からすれば聞かせたくない話を、耳にすることになるかもしれん」
真剣な眼差しを向けてのお言葉は、単に私への配慮あってのことだと感じられた。
「しかし……私の一存で、聞き逃すことになってもよろしいのですか?」
「実のところ、君にも何かしら、後ろめたいものがあるのではないかとは思っている。だが……それは、きっとこの街にも、私の職分にも関係のないものだ」
さすがに、「そうです」だなんて軽はずみには言えないのだけど……
どう返したものか迷う私に、司令官殿は微笑みを浮かべ、続けられる。
「ひとりでは心細いか?」
「……いえ」
「そうか……強いな」
実際、ここから先は、別に足を運ばなくても大勢に影響はないと思う。
でも、行かなきゃ逃げになる、とも思う。私が顔を出すことで、どういう反応をされようと……
だから、私だけでいい。
教会へ向かう意義を胸に改め、私は司令官殿に深く頭を下げた。
「お忙しいところ、ありがとうございました」
「君が片付けた連中の事を思えば、まだ借りがあるくらいだが……」
それだけ言葉を交わして別れ、私は改めて目的の建物へと向き直った。歩を進め、意を決して、敷地へと足を踏み入れていく。
教会の方々も、私のことは当たり前に認識していらっしゃる。
でも、今日顔を出した組織の中では、対応は一番おぼつかない。騒ぎにならないよう、礼拝堂を避けておいたのは幸いだったけど……
裏手に回ったら、それはそれで、
強く
そこへ、こちらの教会の司祭の方がいらっしゃって――
今度は、私がうろたえる番だった。
いかにも老紳士といった、物腰柔らかな雰囲気のこのお方には見覚えがある。記憶が確かなら……お会いしたのはこの街へ来て初日の事。
石を投げられている私をかばってくださった、ただ一人のお方だ。
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