第53話 事の背景
市長殿のお言葉の後、居心地の悪い沈黙が流れた。ここまで話を主導なさった司令官殿も、これには言葉を失っておられる。
一方で私は……実際に耳にして受ける衝撃はもちろんあったのだけど、その裏で「もしかしたら」とも思っていた。
私たちが絶句している様子を目の当たりに、今度は責任者の方が息を吹き返した。「それみたことか」と言わんばかりに勝気な表情を見せる。
ただ、司令官殿の立ち直りは早かった。「ご依頼の理由は?」と端的に尋ねられると、意気が少ししぼんでいく。
とりあえず、「知っていれば手配書に記載していた」との反論は返ってきたのだけど……
「結局、罪状不明か。何なら、そのお方の私怨でしかない、そういう可能性もあるのでは?」
「だとしても、それを尋ねられるものか!」
気色ばんで声を荒らげる責任者の方に、場の全員が少し気圧される。強い口調の矛先が、今度は私に飛んできた。
「君! 君にも何か後ろ暗いところがあるのだろう!? 心当たりがあるのではないか!?」
違う、とは言えなかった。
それがたとえ、善行のためだとしても。
事情を語るには、聖教会を追い出されたことや、その前後についても言及しなければならないかもしれない。私は覚悟を決め、口を開こうとした。
そこへ、司令官殿が「待ちなさい」と割って入られる。
「一つ明らかにしたい。彼女は、我々リダストーンの民にとって、何か悪行を成したわけではない……少なくとも私はそう思うが、そちらは?」
「悪行を成していないだと? あれだけ市井を騒がしておいて、その点においては君たち衛兵隊も――」
「やめたまえ」
口数少ない市長殿の、静かながらも威厳のある一声に、反論の口が閉ざされた。
「もとより、住民を巻き込んでの作戦を目論んだのは、我々の方であろう。ならば、我々が先に
沈鬱な声音のお言葉を受け、司令官殿は元の話へと戻られた。
「互いに非のある騒乱の咎を除けば、リダストーン市として、彼女を資める理由はない……と思われるが、いかがか?」
「……この街で罪を犯さなかったとしても、他所で罪を犯して流れ着いたのなら話は別だ。衛兵隊であれば、他所で出された手配書を元に仕事をすることもあるだろう?」
「ああ。罪状が載っていないものであれば、さすがに先方に問い合わせるがね。でなければ、権力の濫用を許すことになる」
それが衛兵隊の当然なのだけど、今回は身内がそのルールを破っている。状況を再確認した上で、司令官殿は争点のまとめに入られた。
曰く、私が追われる本当の理由は、リダストーンとしては「どうでもいい」と。
ここで問題にすべきなのは、本来あるべきプロセスを踏まずに手配書が公布されたこと。
教皇府の人間が発端ということで、今後の対応如何では、リダストーン市全体に影響が及ぶ懸念があること。
だからといって、住民をけしかけるような手口は容認しかねること。
この煽動について、責任者の方は「依頼主からの提案があった」ことを、かなり渋々ながら認めた。
一度口を割ると、それからもポロポロと真相の断片が漏れていく。
リダストーン現地教会の関与は、手配書に名を貸すだけ。それでも、権威付けには十分すぎる働きがあるから。
罪状不明という怪しさも、これでいくらか緩和できるもの、と。
この名義貸しは、本件に関して教会側からの申し出があったのだけど、例の依頼主からの
また、手配書公布に関して衛兵隊が除外されたのは、関係者にすると疑いの念を持たれかねないため。
だったら、最初から部外者扱いにして、さっさと事を済ませてしまえはいい。
事実、真相究明のために動き出すには、こうして間があったのだから、目論見はある程度正しかった。
「しかし……石を投げさせるという手口は、なぜ?」
司令官殿の問いかけに、責任者の方は渋面で首を横に振った。
「単に捕らえるより、まずはその方が効果的だろうと、その程度の事しか……」
そうは言われてもと、腹落ちしない様子の司令官殿だけど……
私には、理解できるものがあった。明らかな要員を遣わせるより、普通の一般人を使って、精神的に追い込めば――
でも、教皇府の者を名乗る人物が、そんな手口を用いようだなんて。
どうにか表に出さずに
それから、話は今後の対応に移っていく。結局のところ、リダストーン市としてどうすべきか。
まずもって問題になるのは、やはり、首謀者の身分。下手に動いて教皇府が動き出したとなれば――
でも、私は、
一応、私が教会の関係者であるという認識は共通しているようで、その認識に乗っかってそれらしいことを口にしていく。
「おそらく、今回の動きは教皇府側も関知していない、ごく少数の人物による企てではないかと」
聞けば、こちらのお二方に接触した人物は、教皇府の人間と名乗る若い男性を除けば、定例報告のための連絡係と思しき遣いが数名。ごく小規模なものだった。
情報漏洩防止のため、接点を絞っているだけとも考えられるけど……
住民を動かして追い詰めようという策は、そもそもの要員が少ないから、という見方もできる。
それに、事がすんなり運べばともかくとして、私が街に色々と働きかけても、これに対応する動きがなかった。
これは、対策を市に依頼して自分たちは陰に隠れているから、というのもあるだろうけど……
単に、状況を修正するだけの人手と、策を考え直すだけの人材がいないから、とも思える。
いずれにしても、事の真相を表沙汰にできないのは向こうも同じこと。
――確証がなくとも、私にはそう言うしかなかった。
「しかし……それが正しかったとして、教皇府の影響力があることには変わりないのではないか?」
焦りと苛立ちが見える責任者の方に、私は小さくうなずいた。
チラつかせてるだけ、とは言い切れない。本当に動き出す事態になるかもしれない。となると……
必要なのは私の覚悟だった。
「可能であれば、かの人物と私が接触します。こちらで話をつけ……手配書の件を取り下げることができれば、皆様方にとっても都合がよろしいかと」
結局のところ、先方は単に私を始末したいだけのように思える。
――この街の事は、きっと、ほとんど気にかけてなくて。
私がそこへ来たから、というだけのことだと思う。
また、当人の存在自体がほとんど秘匿されているのは、こちらにとっても好都合だと思う。話をつけて、何らかの形で本件を決着させることができれば……
「外部からの圧力により、我々にとって不本意ながら、不明瞭な手配書を公布せざるを得なかった。だが、思い直してこれを撤回する――といった筋立てで、これが『誤り』だったと、市民に公表することはできるでしょう」
これなら、役所も教会も仕方なく従ったと周知できる。人に石を投げさせるようなやり方を、「外部」のせいにした上で、「これは悪いことだった」と態度を改めることもできる。
この
「もっとも……君が話をつけるというが、先方がそれに乗るかどうか」
「乗るのではないか? 街が
司令官殿からの問いに、責任者の方は渋面でうなずいた。「遣いは来たが、状況確認程度だ」と。
「ならば……追っている当人がアプローチをかけようというのだ。賭けにはなるだろうが、先方にとっても願ってもないことではないか? 教皇府を代表しているというのに、手をこまねいてばかりもいられないだろうしな」
使った名前の大きさは、向こうにとっても重荷になりかねないはず。風向きが変わって、むしろ追い詰められつつあるのかもしれない。
希望的観測かもしれないけど、これが今のところ考えられる、一番穏当な解決策だった。
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