第52話 真相へのステップ

 久しぶりの再会に、思いがけず励まされた心地の私は、足取りの軽さそのままに街へと戻った。

 入口の衛兵さんには、出る時よりも気分良さそうな顔を指摘され、よく見ていらっしゃると感嘆した。


……その場では言わなかったけど、これからあなた方の職場へ行きますなんて言ったら、さすがに驚かれるかな。


 今日は、リダストーン市衛兵隊のトップの方とともに、お役所へ色々とお話を・・・・・・しに伺う。

 時間は朝からとだけ仰せつかっていて、私の「心の準備が済んだら」いつでも構わないとのご配慮もいただいている。

 司令官殿曰く、「あまり待つよりは、さっさと気苦労を片付けたくもあるがね」と苦笑いされたのだけど、私もそれは同感だった。


 捕らえた賊の引き渡し等は建物の外で済ませていたから、衛兵隊の詰所の中へ入るのは今日が初めてだった。

 当たり前だけど、私の顔は隊員の皆様方が知るところとなっていて……建物へ入り、私の入所にお気づきになられるや、場の空気が一気にピンと張り詰めていく。

 拒絶感はないのだけど、「いよいよ」といった認識をいだかれていることと思う。

 依然として、私はお尋ね者でしかないのだけど、私に対する手配それ自体の不自然さに、やはり隊員さんたちはそれぞれ思うところがある。

 後ろめたそうな、その秘密を暴きに行くという点においては、私も協力者みたいなものだった。


 受付の方には事前に話が通っていて、すぐにご案内いただけた。真剣な空気の中、目的の部屋へと通される。

 衛兵隊の司令官殿は、緊感漂う所内にあって、誰よりも落ち着いたたたずまいでいらっしゃった。

 私も渦中の人物とはいえ、今回の訪問においては付き人というか添え物のようなもの主として折衝してくださる方がこうしてどっしり構えていてくださるのは、とてもありがたいことだった。

 役所側にも約束を取り付けてあるのだけど、向こう側の方がきっと動揺していることと思われるし。


 隊員の皆様方の、無言だけど様々な感情が乗せられた視線に送られ、私たちは今日の戦場へと向かった。

 それで……リダストーン市庁舎を前に、私たちは一度立ち止まった。

「引き返すなら今だが」と、司令官殿が問いかけてこられる。冗談交じりに感じられるお言葉に、私は首を横に振った。


「ここで引き下がるようでは、相手側に心の余裕を与えるようなものですし……ここが攻め時と存じます」


「では、話題の戦術家殿の進言に従うとしよう」


 私の意志を確かめた、というよりは、単なる景気づけといった感じなのかも。

 ちょっとしたやり取りのあと、司令官殿は特に変わりない歩調で先を進まれていく。


 当たり前だけど、こちら市庁舎の役職員の方々にも、私の顔は知れ渡っている。私たちの訪問についても、事前の周知はあったことと思うけど……

 衛兵隊の詰め所とは大違いだった。


 敵意や拒絶感というほどの強い感情はなく、ただ私たちを避けたいという感情が、ちょっとした視線や体の動きからにじみ出ている。

 緊張感漂う中、揺れ動く心情を表すようなざわめきが、私たちを包み込む。

 そうした中、受付の方の動きは早かった。慌てた様子で話し合いの場へと案内する姿には、さっさとこの「お役目」を片付けたい、そういう思いを感じた。


 案内されたのは応接室のようで、他の部屋にはない調度品が目に付く。

 とはいえ、ごゆっくりなんて、できるはずもないのだけど。


 今回の話し相手として、部屋で待っていらしたのはお二人。少し背が曲がっていて、やや気圧された感のある年配の方と、もう少し若めで、厳めしい表情の――

 私たちへの敵意を隠そうともしないお方。

 直接お会いするのばこれが初めてだけど、年配の方がこちらリダストーンの市長殿で、もう一方は側近、それも現場との関りがある方だと直感した。


 実際その通りで、まずは軽い自己紹介から入り、それぞれ市長殿と市の重役ということが判明した。

 和やかな空気になるわけもなく、握手も交わすことなく、ただ静かに席について対面。遠慮がちなノックが響き、やってきた職員さんが茶の準備を、失礼のない程度に手早く済ませてそそくさと退散。

 余計に緊張感が増す空気の中、ゆらゆらと立つ湯気が、私たちを笑っているようだった。


 静かになってから少しだけ間を置いて、まずは司令官殿が口を開かれた。


「いくつかお伺いしたいことがあるが、まずは先に宣言しておく。あなた方の説明に不審な点があれば、我々・・は独自の権限で捜査に乗り出す考えだ」


 この宣言に、対面のお二方の顔が強張こわばりを見せる。

 とはいえ……軽く茶を口に含まれた後、指揮官殿が続けられた。


「無論、下手に藪をつつきたくはない。あなた方とて、それは同じだろう。我々の捜査を快く思われないお方もおられるものと思われる……あいにくと、この場には同席かなわなかったがね」


「……脅しか?」


 おそらくは、本件の直接的な責任者であろうお方が、鋭い視線をこちらへ向けてくる。でも、司令官殿は平然と受け流された。


 「あまり突っ張るな。事の全容は私もわからん……だからこそ、こんなこと・・・・・になっている。脅しようなどあるものか。だが、そちらに当初の目論見があったとして、現状はどうか? すでに破綻しているのではないか?」


 指摘に、責任者の方は言い淀んだ。横に座っておられる市長殿の顔には、どこか諦念の感すらある。


「現状維持を続けようものなら……これは私見に過ぎないが、最終的には我々3人の首が飛ぶような事態となるのではないかな。腹をくくったとて、その運命は変わらんかもしれんが……」


 そこで再びティーカップに手を伸ばし――

 茶を飲み干した後、司令官殿は次を手ずからごうとなされた。

 最近、シャロンさんの店でお手伝いしていたということもあって、私の手が自然と動く。代わりに次を注いでいくと、「ありがとう」とのお言葉の後、対面のお二方に言葉を投げかけられた。


「お互い、もうトシだ。キャリアの最後に面倒ごとがやってきたことについては、同情、いや、共感もするが……これまでの自分を賭けて、最後は何に殉するか。自分の意志で決めたいものだな」


 その口調には、こんな場に似つかわしくないくらいの優しさと、どこか物憂げな寂しさがあった。それでもなお、責任者の方は口を閉ざしたままだけど……

 市長殿には、それとわかる変化があった。瞑目し、深く考え込まれるご様子の後、「これまでか」とつぶやかれるように仰った。


「市長!」


「君も覚悟を決めたまえ。先ほども話に出た通りだ。我々の首で済むなら、安いものではないか」


「し、しかし……お言葉ですが、お相手を甘く見られているのでは」


 その「お相手」とやらが張本人なのだと思う。司令官殿も、この言葉は見逃すことなく、さっそく口に出された。

 こちらへ傾いている市長殿に向けて、「お相手とは?」と。


 一応、側近に視線を向けられる市長殿だけど、もはやこれまでと観念なさったようで、思い直させるようなことはなかった。「どうぞ」の意がこもったため息を受け……

 強張った表情で、市長が口を開かれる。


「教皇府の方が、我々にご依頼を」

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