第50話 大宣言、翌日の街は
翌朝、宿から外出すると、仕事仲間の皆さんを街のそこかしこで見かけた。
さっそく私のお願い通りにやってみてくださっているようで、店先の掃除の手伝いや窓ふきなど、分かりやすく目につく善行に励んでいる。
「もう少し怯えた方がいいかな?」と尋ねられた時には、ちょっと困りながらも笑ってしまった。
そこまではいいかな……って。
でも、目立つ変化はやっぱりそんなにない。まだ早朝だから、何も変わらなかったと決めてしまうには早いかも?
ささいなことでも、こういう善い事が根付いていくきっかけになったなら、これ以上のことはないのだけど。
この街の、ずっと先のことをふと考えた私は、我が身に立ち返って軽く息をついた。
そんな先の話よりも、まずは自分の問題があるんだから。もう少し気を引き締めないと。
でも、顔だけは余裕たっぷりに。
――だってこれから、
目指すはお役所前の広場。貼り出し物が少し片付いた掲示板の近く、誰も座っていないべンチに腰掛け、私はカバンから本を取り出した。
通行人がいったん歩を止め、私に視線を向けてくるのがわかる。血まみれの仕事着ではないけど、額の鉢巻きを見れば、住民の多くには私が誰かなんてすぐ察しが付く。
お役所の近くを通りがかるような人なら、なおさらのことだった。
でも、私に注意を向けるひとりひとりに意識を割くつもりはなくて、私は読書に専念した。
最近は本当にバタバタとしていて、新たな書物に触れる機会や時間なんて、ほとんどなくて。思っていたよりもずっと、読書に集中できる。
出先での暇つぶしには、ちょうどいいかな。
――のだけど、意外にも私の横に座る人がいた。少し驚かされてそちらに目を向けると、「邪魔したか」と問われ、思わず顔が渋くなる。
あの隊長さんだった。一応は私服なのだけど、場所が場所だし……
面が割れているのではと心配になる。
「大丈夫ですか?」
「そう思うなら、他人のフリでもしたらどうだ?」
ああ、仰る通り。私自身、思っているよりもずっと、驚かされているのかも。
軽く深呼吸をして落ち着き、改めて本に視線を落とすフリをする。
「今日は非番ですか?」
「そんなところだ」
「休日に、わざわざこんなところまで?」
問いかけに、隊長さんが含み笑いを漏らした。
「こんなところ」というのが、結構な
私なんかの隣という以前に、お役所の前でもあるし。
もちろん、こんなところにまで足を運んだのには、隊長さんなりに思いはあるようで。「大したもんだ」と、どことなくしみじみした響きの声をいただいた。
「お役所の前で、お尋ね者がこうも堂々と……」
「別に、ケンカを売っているわけじゃないですよ」
「買われないってこと、確かめるためだろ?」
わかってらっしゃる隊長さんに、私はほんの小さくうなずいた。
「一般人も、君への攻撃に関して『現場』の連中がいるってのは、薄々感づいている。その上で野放しになっているとなれば……『ああ、怖気づいたんだ』って思うだろう。現場の連中自身、そういうのはわかっているだろうが……」
でも、何もできないでいる。
そういった、現場の「限界」を、指示者の鼻先につきつける。
今のところ、私が思った通り。あれだけの宣言をしても、この街は変わった様子を見せない。
強いてあげるなら……少し
「少し話をしに来た」という隊長さんは、やっぱり長居しないだけの用心深さをお持ちのようで、程なくして「さて」と立ち上がった。
「ひとつ聞きたいんだが……もし仮に、今日も石を投げつけられたら」
「ここで、ですか?」
割り込んでの確認に、隊長さんは小さくうなずいた。
「どうするつもりなんだ?」
「……投げてきた人と一緒に、もっと『悪い人』でも探しに行きましょうか」
背後にある立派な建物に振り向いて答えると、「そうならないように願うね」と、力なく笑われた。
近いうちにでも、顔を出さなければならない場所ではあるのだけど。
実際、その日一日、特に何か起きることはなかった。
役所に出入りする人は大勢いらっしゃったものの、誰一人私に声をかけることはなかった。
稀に通行人から興味本位で声をかけられることはあっても、ちょっとした雑談で終わるだけで。
ましてや、石の一つも飛ぶことはなく。
日が沈むころ、私は本を読了し、腰を上げた。
この街の中で、私に手を上げる人は、もはやいない。
いえ、今のところでしかないのかもしれないけど。
動きがない今こそ――
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