第48話 祝勝会
大広場を借りての一席、大それた宣言は衛兵の方々の予想外でもあったと思う。粛々と捕り物の事後処理を進めていく中、私に向けられる視線には、ちょっとした不安と困惑の念を感じた。
あと、額へ向けられる視線に、痛ましいものを見るような感じも。
やっぱり、負傷したままは良くないかな……
この程度、放っておいてもすぐに治癒できるのだけど、まだ観衆がいることだし、ちょっとした
そこで、処置は普通の手当に留めておいて、私は手荷物から取り出した包帯をハチマキにした。
と、さっきの宣言がさすがに気になったようで、衛兵のお一人が直接問い質してきた。「本当に『やる気』か?」って。
そのストレートな問いに、「いえ、言っただけです」と応じると、話を聞いていた皆さんにはホッとされた。
「そもそも、皆さんを差し置いて、私が勝手に街中の治安を整えるわけにもいかないですし……」
「ま、それはそうか」
とりあえず、私がこれ以上余計なことをするつもりではないと伝わり、それでご安心いただけた。
懸念が一つ片付けば、作業は揚々と進んでいく。
何しろ、お尋ね者の
「後釜が来ないことを切に願うよ」と苦笑いの隊長さんだけど、実際にはそこまで強い心配はしていないのだそう。
「最近のリダストーンは危険だと、そういう噂が出回っているようでな」
先程の宣言を踏まえてか、とびきりの「危険人物」にチラリと視線を向け、隊長さんが微笑を浮かべた。
これに、他の皆さんも含み笑いを漏らす。
「ハハハ。ま、危険な連中が言ってりゃ世話ねえな」
「相手を選ばない悪党なんて、そうはいないさ」
私たちの働きによって次が寄り付きにくくなっているのは、本当に喜ばしい事だった。
衛兵隊の皆さんからも、こういった
「本来であれば、何かしら褒章でも……いや、あくまで個人的な考えだが」
お立場もあって、わざわざ言わなくてもいいだろうに、あえて
「お言葉だけで十分です。隊長さん、何かと大変そうですし……私たちのための『失言』で身を危うくされては、さすがに資任を感じてしまいますから」
「頭痛の種が良く言うよ」
力なく微笑む隊長さんに、他の隊員さんたちも同調して苦笑い。
そんなこんなで諸手続きを済ませ、私たちはその場を後にした。祝勝会ということで、ぞろぞろとシャロンさんの酒場へ。
道中、やっぱり物見客は結構いた。私たちに関心を持っこと自体、行政的には喜ばしいことじゃないと思うんだけど、そんなのお構いなしで。
先に宣言の余波か、やっぱり戸惑いは感じられるのだけど、私に対する恐れはなさそう。
やたらと額の方に目を向けられるのは、私自身
悪党の一掃を素直に喜べないのは明らかに私のせいで……でも、仕事仲間の皆さんには「ティアが気にすることじゃないって」と励まされた。
酒場に着くと、この時間にしてはお客さんが全然いなかった。
なぜなら、シャロンさんもあの場に顔を出していたから。
「聞いた、っていうか見てた」と真顔で言うシャロンさんは、私にツカツカと歩み寄り――
額の鉢巻きに指を滑らせた。
「ま、似合ってんじゃない?」
「あ、ありがとうございます」
「じゃ、さっさと着替えて。こいつらもてなしてやるんでしょ?」
一応、私が主戦力ではあったのだけど……ここまで付き合ってくださった皆さんを労うため、私はさっそく着替えに行った。
皆さん喜んでおいでで、それはまぁ嬉しかったりして。「今回ぐらいは」という声もあったものの……
実を言うと、追加でお願いしたいこともあるし。
着替え終わって店に戻ると、普段よりも皆さんの視線が上に向く。明らかに額の方を見られて、「まあ、これはこれで」と。
少し珍妙なアクセサリーが受け入れられたところで、それぞれにお酒を
「皆さんのおかげで、この地から悪党を一掃するという大仕事を完遂できました!」
本当に誇らしく思いながら、高らかに発した声に、皆さんも満面の笑みで歓声を上げてくださって。
目に熱いものを感じつつ、指で軽く拭って、私は挨拶を結んだ。
「本当に、お疲れさまでした!」
それから、明るい調子で「カンパ~イ!」と、皆さんと揃えて声を上げ、酒宴が始まった。
でも、皆さんの酔いが回る前に、頼みごとを済ませておかないと。
こういうお願いをすること自体、「ちょっとどうなの?」と思いつつ、私は軽く手を叩いて場の注目を集めた。
「実は、折り入ってご相談が」
「何? 良くない流れ?」
「そこまでのものでもないとは思いますが……」
はっきりしない返事に、逆に興味を惹かれたらしい皆さんに、私は言葉を選びながら続けていく。
「明日から、町中に繰り出して……人目につく形で、何かしら善い事をしていただければと」
「善い事?」
「具体的にというと、中々すぐには出ませんけど……たとえばゴミ拾いですとか。ご老人が重そうな荷物を持っていらっしゃったら、代わりに持って手伝ったり……」
このお願いは、皆さんには「別にいいけど」とすんなり受け入れられた。
こういう人の良さには本当に助けられていると思う。
「でも、なんでまた?」
「それは……私の宣言で、街中がそう変わるとは思わないのですが、『真に受けてる人がいる』という印象を街の人々に与えておきたくて。私の発言に影響力があると、大勢に信じ込ませたいんです」
実のところ、私は悪人を捕えるとしか言ってなくて、善い事をせよとは言ってない。
だけど、捕らえる悪人がいないからと、私が何もしないのでは、あの宣言の影響を感じてもらえない。
目に見えるところでの影響、それも好ましい変化となると――
あの発言を取り違えた
「――そうれば、お役所や教会からのお達しよりも、私の言葉が優先されているように感じられる、そういう街の状況を作り出せるんじゃないかって」
「ティア的には、『本当の敵』に対する反撃になるわけだ」
つまるところ、そういうわけだった。
「皆さんのちょっとした善行に触発されて、普通の人たちも善い事をするようになれば……少なくとも、『普通の人たちに石を投げさせよう』だなんて街よりは、ずっと良くなると思いますし」
と、ここまでは「うんうん」と皆さんの快い賛同をいただけた。
お酒が入っていて、気分がいいっていうのもあるだろうけど……
ただ、きちんと話を聞いていらした方からのご指摘も。
「ティアさ、『普通の人』っていうけど、それってアタシらが普通じゃないみたいな?」
実際……それは言葉の綾じゃなくって、意図したところはある。
「一般的な住民と比べると、皆さんは少し荒っぽい印象があるというか……その、一般人から避けられる要素は、若干あると思います」
「ま、それは確かに」
「そういう皆さんだからこそ、何か良いことをすれば目につきやすいかと……お尋ね者が、別の悪党を捕えて参るのと同じです」
私のことを持ち出すと、さすがに弱いようで。
自分でも「ズルいかな」とは思うのだけど、使えるものは使わないと。
と、お願い事がひと段落したところ、店の入り口からベルの音が響いた。振り向くと、そこにいらしたのは私服姿の隊長さんと……
どこか少しやつれ気味の、年配の男性だった。
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