第47話 継戦布告

 私の発言に、この場の多くは雲行きの変化を感じたようだった。再び、今度はより強いざわつきが起きる。

 無理もないことだった。この地から悪党たちを一掃したはずなのに、当の本人が「まだ終わっていない」旨のことを口走ったのだから。

 私を包みこむ当惑の声。それらすべてを圧し潰すように、私は続けていった。


「約束を反故にするつもりはございません! ひいては、この街に住まう人々の中からも、悪人を探し出してはこのように、捕縛して見世物と致しましょう!」


――時が止まったように場が静まり返る。

 誰もが、言葉を発せないまま、ただただ困惑の眼差まなざしを互いに向け合うばかり。


 後は、乗ってくれる・・・・・・かどうかだけど……

 ここで言いがかりをつけてこないのなら、それはそれでよかった。もはや、あちらの尖兵にはそうするだけの気概もないってことだから。

 互いにそういう事実を確認することにも、意味はある。

 ただ、私の一人芝居で終わってしまって恥ずかしいというのと、衛兵隊の方々に無用の心配をかけて、後で弁解が必要かな……って思うだけのことで。


 実際、衛兵隊の方々は、私を止めはしないものの、発言の意図に困惑している様子だった。


 と、そこへ、どよめき渦巻く観衆の一角から、人の璧が割れてこちら側へと踊り出る人影があった。かなりゆったりした衣服に、目深にかぶったフード。

 風体がわからないようにした装いは、私には見慣れたものだった。

 果敢にも応じてくれたこの敵に、なんとも言えない感情を覚える私に、さっそく怒声が浴びせかけられる。


「お尋ね者が、調子に乗るんじゃないぞ! お前以下の悪党を捕えて、善人ヅラしてるだけじゃないか! それで今度は、普通の住民にまで牙をむくって? 何様のつもりだ!」


 この、最初のひとりの声に続き、観衆の輪のそこかしこから、「そうだそうだ!」と賛同の声が響いた。

 だけどそれは、この場に集う皆々の総意と捉えるには程遠くて。各人が荒らげる声は、やがて人混みのどよめきの中に消えていく。

 そうした中、私は、ひとり立ち向かってきた人に目を向けていた。フードに隠れて顔は見えない。体つきも判然としない。


 でも、かすかに震えているのはわかる。


 彼なりに勇気を振り絞っているのだと思う。ふと、罪悪感、憐憫れんびんの情をいだいた。

――あるいは、私のような立場の人間が、このような感情を抱いてしまった事にこそ、罪悪感を覚えるべきなのかもしれない。


 この場の、唯一といっていい敵に、その心意気を認めつつ、私はさらなる挑発をかけていく。

 この場にいない、本当の敵を見据えながら。


「では、お伺いします。あなた方はこの街のために、ここ最近で何か善い事をしたというのですか?」


 これは詭弁だった。問題になっているのは、私が何者か、悪かどうかであって、相手のことは関係ない。

 ましてや、善い事をしたかどうかなんて。

 でも、すり替えは良く効いた。衆人環視化で、即答はできず口ごもる相手に、私はさらに言葉を浴びせかけていく。


「私に言葉や石を浴びせつけて、それで何か変わるとお思いで?」


「だ、黙れ! だったらどうしてお尋ね者のままなんだ!? 後ろ暗いところがあるから、訴えに出られないんだろ!?」


 それはごもっともなのだけど……想定している反論ではあった。


「私が追われている理由、どうしてあなたが、知らされて・・・・・いないのですか?」


 この問いかけには、かすかにたじろぐ反応があった。図星、なのだと思う。

 でも、こうした公の場では、あまり上の存在をほのめかさない方がいい。

 公言、明言せず、状況だけ動かして追い詰めていきたい。


 私が口を閉ざすと、そこで応酬が途切れる。向こうからは何も言えなくなっている事実に同情を覚えながらも、私は自覚的に、もう少しの非道・・を働いた。


「今日はお優しいんですね」


 含みのある挑発は……相手の何かに、確実に触れた。

 これまでの狼狽ろうばいから、一線を越えたのだと思う。ゆったりとした動きを見せ、わざわざ拾ったりしないで、隠し持っていた例の「得物」を手にし、構え――放つ。


 その手を飛び出した小石には、もしかしたら、私へのある種の信頼があったのかもしれない。

「どうせつかんで取るだろう」って。


 でも、私は取らなかった。


 おあつらえ向きに、眉間へとまっすぐに飛んでくる小石に、私はまばたきもせず、この身で受け取った。

 頭を揺さぶる衝撃、鋭い痛みが駆け巡る。

 私への攻撃を何度もしたはずのお相手は、初めての直撃に、明らかな戸惑いを見せた。


 ああ、やっぱり。本当に、やらされていただけなんだ――そんな思いが胸に沸く。


 鼻筋を伝って流れ落ちる血が、赤黒い仕事着に垂れる。

 鮮血に、そこかしこから、抑え込んだような短い悲鳴が上がる。


 かと思えば、ざわつきもすぐに去って、張り詰めた静寂が訪れた。

 私はゆっくりと腰をかがめ、額を打った小石を手に取った。わずかながら私の血がついたそれを、投げつけてきた人の方へと、無造作に放る。

 届くはずもない投擲に大勢が強く身構える中、彼らからそう遠くない場所に、小石は小さな音を立てて落ち、力なく転がった。


「これは、『悪いこと』ではないのですか?」


 誰に向けたものでもなく私は問いかけ……

 きっと、さっきまでのお相手は、自分に向けたものとして受け取ったのだと思う。

 最後まで顔は見えなかったけど、その心情が察せるぐらいに慌てふためき、人混みをかき分けて逃げていった。


 私の方が、「悪いこと」をした、とは思う。

 でも、世の常だとも諦めている。

 いつだって、最初に傷つくのは現場の人間だから。


 だからこそ、ああいった手口を良しとする元凶の人物に、最大のツケを払わせないと。

 その道理は、私が聖教会に置いていただけていた頃と何も変わらない。


 本当の、改めさせるべき相手がいる方へと一瞥いちべつを向けたあと、私は周囲に視線を巡らせた。


「ご夕食の前だというのに、見苦しいところをお見せして申し訳ありません」


 とはいえ、この仕事着自体、「どうなの?」という話ではあるのだけど……


「この場を借りてのお話は以上です。ご清聴ありがとうございました」


 集まりを一方的に打ち切るような言葉を発すると、少しだけ間を置いて、話の早い衛兵隊の方々が動き出した。どよめきの中、人々が散り散りになっていく。

 今日、この場で、私はとんでもない宣言をした。投げつけられた石の分だけ、住民からも悪人を捕えていくって。

 でも、実際に何かしようっていうつもりはない。街は何も変わらないと思う。


 というより、変わらないことを期待しているし、私の本当の狙いもそこにあった。

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