第46話 2度目の大舞台

 ある日の夕方。視界の中にリダストーンの姿が見えてきて、私は身が引き締まるのを感じた。

 捕らえた賊を引き連れるこの行列にあって、皆さんの足取りは軽いものなのだけど。この先のことを思うと……

 昨日、実戦を片付けたばかりだけど、今日の方が本戦・・のように思えてしまう。


 街の入口に着くと、例の隊長さんがいらした。「よく会うな」とのご挨拶のあと、「選んでないか?」となんていうご挨拶・・・まで。

 これには、部下の皆さんまで含み笑いを漏らした。


 もちろん、私の公的な立場はそのままなのだけど、衛兵の方とは顔なじみ程度の感じになっている。今日も今日とて、捕らえた賊の検分が始まって……

 隊の皆さんも、やはり仕事中は真剣そのものなのだけど、それでも喜ばしい空気は伝わってくる。

 一通りの確認が終わると、隊長さんが「おつかれさま」と私たちをねぎらってくださった。


「まさか……とは思っていたが、本当に全て片付けてしまうなんてな」


 驚きと感謝のこもったお言葉に、仕事仲間の皆さんはとても得意げな感じではあるのだけど……

 水を差してしまうのを承知で、私は自分の気を引き締め直す意味も込め、いただいたお言葉を訂正した。


「まだ一人残ってます」


 そもそも、ひとりで――単独犯で手配書に載ること自体、この近辺では稀なことで……

 その、残る一人が誰なのか、言わなくても皆さん承知だった。


「そのひとりなんだが、我々としては無関係なんでな」


 実際、これも本当のことで、衛兵隊としては私の手配に関与しない。

……はずだけど、隊長さんは何度か瞬きした後、少し自嘲気味な笑みを浮かべた。


「少し無責任な発言だったか。実際には、ほとんど『関係者』みたいなものだからな」


 それから、隊長さんは……やはり話が早くて、連れてきた賊をさっと一瞥いちべつした後、「今日も大広場に?」と問いかけてこられた。

 捕らえた賊を寝かせて、投げられた小石を置いていって……

 というのがいつもの流れなのだけど、今日は違う。


「最初のお仕事と同様に、街の方々に少し言いたいことがありまして」


 正直に返すと、場が少しざわついた。仕事仲間の皆さんにも、前もってそういう話はしたのだけど、中身までは触れていない。

 ただ、私がどういう話をするにせよ、ある種の信頼のようなものは向けていただいているみたいで。


「この地の治安と秩序に、こうまで貢献してもらえたんだ。よほどのことがない限り、我々も拝聴しようじゃないか」


「拝聴」という表現に、どことなく卑下と皮肉を感じないでもないけど……

 私はただ、感謝を胸に、深く頭を下げた。


――今回ばかりは、ストップが入るかもしれない。


 そんな自覚を持った上で、改まって口を開く。


「看過しがたい発言であれば、その時は遠慮なく介入してください」


「もちろん」


 このやりとりを形式的なものと見る方も、少なくない雰囲気の中、隊長さんの目には真剣みがある。いざとなれば、きっと止めてくださる。

 そういう事態にならなければ、それが一番ではあるのだけど……


 また、街を騒がせてしまう・・・・・・・とは思うし、後から何かしらの弁明は必要になるかも……


 最後の賊たち――本当に最後になればいいのだけど――を引き連れ、門をくぐってリダストーン市街へ入っていくと、いつもと雰囲気が違っていた。普段通り、距離を取って街路両脇に見物客ができるのだけど、その距離がちょっと縮まっているような。

 単に、見に来た人が多くて、後ろから前へ押し出されているだけかも。


 私たちが最後のお仕事に出ていたことは、実際、街の人々には広く知られていたそうで。衛兵隊の方曰く、私たちがいないところでは、そういう話で持ち切りだったのだとか。

 そういった、私たちの帰還を待っていた人々は、どこか遠慮がちでよそよそしさもあるのだけど、歓迎というか……「私」のことを受容するムードを醸し出している。

 少なくとも、私が時の人になっているのは間違いなくて――

 これからの「一席」を思って、ますますもって身が引き締まる。


 行列を成して街路を進むと、見物客の多くが私たちに追随して追ってきた。ささやかなざわつきに包まれる、この静かな大騒ぎに引き寄せられ、また別の方からも観衆が新たに加わっていく。

 いつもの流れで街の大広場に着くころには、かつてないほどの観衆の群れがそこにあった。広場の主に外縁部で営業している出店も、人混みでほとんど見えない有り様で。

 でも、これだけの人混みがあっても、心得はすっかりと共有されている。私たちを待ち構えたように、広場中央には十分なスペースがあって、思わず苦笑いしてしまった。


 この、おあつらえな舞台に歩を進め、期待されている流れの通りに、捕らえた賊たちを寝かせていく。寝かせたその背に、カバンから取り出した小石をひとつずつ置いていって……

 この儀式も今日で最後。そう思うと達成感はあるのだけど、逆に、次なる展開を意識して研ぎ澄まされる自分も感じる。


 実際、次の「戦い」は、自分の手で引き起こすつもりでもあった。


 賊全員に小石が行き渡ると、次第に周囲のざわつきが止んでいった。「例の人」が何か言うのではないか――そういう空気を、場の皆々が感じ取っているかのよう。

 自然と出来上がってしまった空気に、自分の心の準備がまだ少し追い付いていない自覚があって、私はフッと軽く一息ついた。


 気を引き締め、大勢からよく見える位置へ、意識して悠然と歩を進める。

 様々に揺れ動く感情を乗せた視線が集う中、こちらからも視線を巡らせて周囲を一望し――

 息を吸い込んで、声を放つ。


「このリダストーンにお住まいの善男善女の皆さん! 毎度毎度お騒がせして申し訳ありません!」


 これには、主に衛兵隊の方々が含み笑いを漏らす様子がうかがえた。皆さんの反応に、ほんの少しだけ顔が和らぐ感じを覚えつつ、私は続けていく。


「覚えておいでの方もおられるでしょうが、私は以前、この場において、投げられた小石の数だけ悪党を捕えて見せると宣言いたしました。今回の任務により、近隣で私以外では最後の悪党を、こちらへ捕えてまいりました」


 この戦果報告に、どことなく互いの反応をうかがいながらではあるのだけど、どよめきとささやかな拍手が起きた。遠慮がちな賞賛。好ましくはある反応だけど、これが収まるのを待ち、私は――

 場の雰囲気を台無しにする覚悟で、高らかに声を放つ。


「しかしながら、投げつけられた石は、まだ私の手元にいくつもございます」

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