第44話 噂の中のティアマリーナ

 リダストーン近辺で知られている悪党の集団を、ひとつ残らず掃除する――

 私が口にした考えに、皆さんは「そりゃまた……」と、唖然とした顔に。

 もっとも、実際にお仕事となれば「もちろん」と、私にお付き合いくださる意向のお返事はいただけた。

 ただ、やるのはいいとして、動機はやっぱり気になるところのご様子。


「ここまできたんだし、せっかくみたいな感じ?」


 全部片づけることの意義について尋ねられ、私は答えた。


「悪党の集団を片付けることで、街の方々からも……陰ながら感謝いただけているようではあるんですが……気のせいではない、ですよね?」


「ま、表には出ないけど。こっそり、そういう声はあるよ」


 単なる希望的観測ではなかったようで、まず一安心。

 だけど、手放しで喜んでもいられない。


「賊を捕まえて喜ぶのって、過去に直接被害に遭った方だと思うんです。仮に、私がここで手を止めたら……見逃された連中が迷惑をかけていた方々は、なんといいますか……」


「ま、すっきりはしないか」


 もちろん、苦しめられた方々の心情を正確に把握できるはずもないのだけど、それでも割り切れない感情をお持ちになるのでは、と思う。


「そもそも、街の全員が平等に苦しめられてるわけではなくて……その上で、被害者同士の間でも差が出てしまったなら、二重に不公平だと思います。そういうの、良くないですから……」


 と、思っていることを打ち明けると、いたく感心されたような目を向けていただけたのだけど……

 お手伝いしてくださっている皆さんもまた、認められてしかるべきだとは思う。


 それはさておいて、皆さんから向けられる視線を温かく思いつつ、釘を刺しておかないといけないこともある。


「私がこういう話をしたこと、絶対に内緒ですよ」


「え~、別に良くない?」


「これも自己防衛っていうか、ちゃんとした権利だと思うけどなー」


 思っていた通り、これには反論されたのだけど、私なりに思うところはあって。


「恩着せがましいことを言って、街の人たちを縛り付けたくないんです。ただでさえ、板挟み・・・にあってる方もいるかもしれませんし」


「う~ん」


「ま、それはそうかも……」


「それに……街の人々が自分の意志で、私への攻撃に加担せず、流されないことを選ぶのが重要だと思います。私に『お願い』されたから考え直したっていうんじゃなくって、街の人々それぞれの選択の結果で、そうあってほしいんです」


 このあたりの、私の思うところは、ちょっとつかみづらい部分もあるとは思うのだけど――

 少しすると、勘所を押さえた反応をいただけた。


「言われてそれに従って、どっちにでもフラフラ……っていうんじゃなくて、もっとシャキッとして欲しい、みたいな?」


「そうです!」


――と、真面目なお話で言葉を交わす一幕もありつつ、本来の目的も果たせた。

 十分な量の小石を補充し、私たちは森を後にした。


 街へ戻る道中「そういえば」と声をかけられる。

 話というのは、街で出回っている新聞のことだった。


 新聞屋さんにとって私の存在は、当たり前ではあるのだけど、中々に考えさせられるもののようで。

 仕事柄、お役所の動きに敏感な新聞屋さんにしてみれば、私の手配書に関わる諸々については、本当にきな臭く感じられるみたい。

 自分で言うのもなんだけど、私という話題の人物については紙面でも明らかに避けられていて、この街に存在しないかのようだった。


 ただ……私への攻撃が落ち着いてきた近頃は、様子見していた新聞屋さんも、「これなら」と思ったのかもしれない。

 お役所に目をつけられては困るからか、私と周辺の状況について、新聞屋としての見解やスタンスは明記されてはいない。私たちの仕事の成果も、触れれば「称賛」と受け取られかねないからか、慎重に避けられている。

 一方で、街で出回っている噂については、「そのように語られている」として、客観的事実を記事にしていた。


「ティアの事、実は人間じゃなくて何かの『遣い』だとか、妖精だか化け物だか……そういう、超常的な何かみたいに言ってる連中がいるんだと」


 そうは言われても……って感じで、私としては苦笑いしかできないんだけど……


 でも、そう思わせるだけのものはあるようで。

 私たちが仕事を終え、悪党を広場で寝かせて見せつける。そのたびに、日に日に戦傷が増えていく仕事着が、どうにも超常的な印象を与えるのだとか。

 仕事に関わった敵も味方も、特に血を流していない中、私だけ血を流していて、それでもケロッとしていて――そういう光景も、尋常ならざる存在というか、現象にしか見えないそう。


 それでも、賊が大量に捕まったというのは確かな現実で。不可思議な「何か」が、確かな結果を残している――

 仕事に関わっていない人々からすれば、ありのままを飲み込めず、尾ひれがつくのも自然という話だった。


「まぁ……何? 教会に追われる女の子が、実は『遣い』だったなんていうのも、なんか皮肉がきいてて面白いとは思うけど」


 そう言って、私の味方でいてくださる皆さんは笑うのだけど……

 皆さんに合わせた微笑の裏で、私は少し複雑な思いをいだいていた。


 こうして追われる身になったけど、教会には正しくあってほしいから。

 民衆に石を投げさせての、私への攻撃は、何かの間違いなんじゃないかって。

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