第43話 お尋ね者とお仕事

 人気の少ない早朝の街。今日もコッソリとシャロンさんの店を抜け出し、同宿する仕事仲間の方々と一緒にそそくさと早歩き。

 近頃は、もはや見つかってもどうということはないのだけど、念のためだった。


 私の顔は大いに売れていて、この街にいる人であれば、その立場・・を問わず、私の顔を見れば「それ」とわかるぐらいにはなっている。

 それで……「私」に気づくなり、スッと距離を置かれる事は多い。すぐそばをすれ違うようなことは、この街ではほとんど起きないぐらいで。

 明らかに腫れ物扱いではあるのだけど……私の公式な身分がお尋ね者であることを踏まえれば、手出しされないだけずっといいと思う。


 今朝も、一般の人たちの姿は見かけるのだけど、私たちからは露骨に距離を置いていて。

 でも、そういった人々が自分たちなりに、「それとない」感じに振る舞いつつ、私たちへ視線を向けているのもわかる。

 一方、私に敵対的な人たちは、今いるような大通りではまず見かけなくなった。

 もう少し正確に言うと、「それとわかる」ような人がいなくなったというだけで、人混みに紛れて私の失点を待っているのだと思う。


 敵方はやりづらそうで、街の人たちはとてもよそよそしくて――

 相変わらず、私は明らかに渦中の人物なんだけど、今では渦の方が薄れてしまってるようにも感じられる。

 そうした、お尋ね者に対する不干渉が、暗黙の風潮になっている中、逆行する方々もいらっしゃる。


 街の入口で精勤していらっしゃる衛兵の方々は、もう慣れたものだった。今朝の当番の方は気さくなおじさんで、「今日も精が出るねえ」だなんてお言葉をいただいてしまうぐらいで。

「お仕事」に出る私を黙認、スルーするばかりか、今ではそれとなく応援してくださっているようにも感じる。衛兵隊は、私には関わらないスタンスという話だったけど……

 私自身、「いいのかな」って思いつつ、皆さんのご対応には感謝の念をいだいた。


 街を出て目指すは、少し離れたところにあるちょっとした森。最寄りの街道からは視線が通らないのだけど、こういう立場なものだから。念には念をで監視がいないことを確かめて、と。

 安全を確保できたところで、用件を済ませていく。


「ほ~れ、いくぞ~」


「どうぞ」


 確認の声に続き、私に向かって小石が投げられた。

「投げられた」とは言っても、ぽ~んと放られた小石の軌跡は、だいぶ緩い曲線を描いていく。何ならこちらから取ろうとしなければ地面に落ちるぐらいのものだった。

 間違いなく、ご配慮いただいている一投をありがたく思いつつ、私は投げられた小石を受け取った。手にしたものをカバンに詰め、次のために構えを取る。


「それにしてもさあ」と、同行の方から声をかけられる中、次の一投が放られて私の手に。


「律義だよねえ……」


 声の調子から自然と、どこか呆れたような顔が思い浮かぶ。投げてくださってる方と一緒に、私は苦笑するのだった。


 私以外の、かねてよりリダストーン近辺で手配されている連中は、まだ掃除しきれたわけじゃない。

 でも、連中の頭数に対して、私に投げられた小石が底をついてしまった。

 投げられた石の分だけ、悪党を牢に放り込む――といった宣言をしてしまっている以上、私の方からこれを破るわけにもいかなくて、こうして補充に来ているというわけだった。


「ティアが自分で拾ってきたり、石を使いまわしたり……他にもなんか、手はあると思うんだけど」


「それはそうなんですけど……体裁だけでも整えたくて」


「ふ~ん」


 もちろん、あの場の宣言でいうところの、「投げつけられた石」という表現と比べると、こうして石を放っていただくのは――だいぶニュアンスが違うようには思う。

 皆さんからすれば、他にも気になるところがあるようで。


「別にさ、ここまでしてやんなくても良くない?」


「『ここまで』、というのは?」


「悪党退治のこと、続けなきゃいけないってほどのものでもないと思うんだけど……」


 私の働きが、他の方の仕事を奪ってしまっていて、やっぱりご迷惑なのかも?

――と思ったけど、そういう懸念は「そうじゃなくて」と笑っていただけた。


「私が言いたいのはさ、要注意な集団がここまで減ったんだから、この辺での悪さは下火になってるんじゃないかってこと。息の根止めるまでやらなくても、そのうちいなくなるんじゃない?」


「そ~ゆ~傾向にある、というか、兆候があるって話は聞いたな」


 こういうお話自体は、私にとっても喜ばしいものだった。

 それと、危険な連中がいなくなったからといって、皆さんの仕事が減るかというと、そうとも言い切れない部分はあるとのこと。

 これまでは安全のため、十分な護衛付きの隊商でもなければ、通るのが街道であっても遠出はリスクがあった。

 でも、近辺が安全になれば、もっと小規模なグループ――それこそ、個人単位で商人が行き来しやすくなる。

 そういった小口のお仕事が増えると考えると、捕り物みたいな大仕事がなくなるのは、別に大した問題にはならないそうで。


「だからさ、大仕事を片付けちゃっても、ティアが申し訳なく思う必要はないわけ。でも、こうして石を確保してまで、お仕事続けなくっても……とも思うかな」


 お言葉をいただいて、放られた石をいただいて……森の中が急に静かになる。梢を撫でる風の音が響く。

 一陣の音が通り過ぎるのを待って、私は口を開いた。


「実を言うと……私以外の手配書を、全て一掃するところまでできればと思ってます」

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