第40話 おつかれさま

 夕暮れの大都市は、この時間でも街のそこかしこに通行人がいるのだけど、さすがに路地裏はひっそりとしたものだった。

 というより、そういう都合のいいスポットを狙って動いているわけだけども。

 ちょうどいい場所を定めて、私はあまり物音を立てないように、壁と壁の間をすいすいと登っていった。

「慣れてんなあ……」と、感心したような、あるいは呆れたような声を目をいただきながら。


 本当は、屋上にも見張りが展開されているのでは――?

 と、そういう懸念もあってのこの動きだけど、それはどうも考えすぎみたい。少し背が高い建物の屋上に躍り出て視線を走らせるも、そういう見張りがいた感じや、動き出す人影は見当たらない。

 後は、私が見つからないように動いていけばいい。


 皆さんの方はというと、何事もなかったかのように路地裏を抜けた後、少し離れたところにある広場で何か適当に話すフリをして解散。思い思いに多少時間を潰してから、バラバラと宿へ向かって落ち合うという算段。

 それでも、わかる人にはわかると思うけど……首を突っ込まなければ確証を得られない状況なら、相手側も動きづらいはず。

 一般人の目を避ける意味もあって、当座の対応としてはこれで十分だと思う。


 私は屋上伝いに進んでいって、シャロンさんのお店の屋上にたどりついた。洗濯物が風にたなびいている。

 皆さんが集まるまで時間があるし、お手伝いしておこうかな……

 と思っていたところ、ちょうどシャロンさんが屋上へやってきた。


 こんなところ・・・・・・から帰るとは言ってなかったものだから、目を白黒されて――

 そもそも、私の装いが、実に配慮・・を欠いたものでもあった。


「ちょ、ちょっと! 大丈夫!? あんた傷だらけじゃない!」


 すごい剣幕で寄ってくるシャロンさんに、私は思わず気圧されてしまった。


「だ、大丈夫です……なんていうか、大げさに見せつけるための化粧みたいなものですし……」


「……本当に?」


「それなりにケガしたのは事実ですが、どの傷も今はふさがってますから……」


 すると、シャロンさんは大きなため息をついて、私に呆れたような目を向けてきた。


「まったく。しぶとそうな洗濯ものを持ち込んじゃって」


「そのことなんですが……」


 私は、先ほどの大広場での宣誓のことと、それに絡めての自分の考えをお伝えしていった。

 傷だらけの格好と、お仕事の成果を一緒に見せつけること。それが私を守る盾になり――

 あるいは、私を攻めようという人たちへの矛になるんじゃないかって。

 この考え方自体は「なるほどね」と賛同していただけた。


……で、それはそうとして。


「だからって、このまま店に入れるのもね……でしょ?」


「……はい」


 たしなめる苦笑に、私は申し訳なくなって身を縮めた。


「これは今後の『仕事着』にするとして、普段は別の服の方がいいでしょ? 気休めかもしれないけど、ズタボロの方で印象付けてるなら、普通の服だと案外気づかれないかもだしさ」


「仰る通りです」


 諾々と応じる私を前に、シャロンさんはどうやら何か思いついたみたい。私にイイ笑みを向けてこられた。


「ティアって、あんまり着替えとか持ってなさそうだし、ここにいる間は貸してあげてもいいよ」


「本当ですか?」


「ほんとほんと」


 軽い感じで請け負うシャロンさんからは、裏を感じないでもなかったのだけど――

 私から離れた視線を追ってみると、洗濯物の一つで目が止まった。



 仕事にお付き合いくださった皆さんが、宿へひとり、またひとりとやってくる。

 店へ入った皆さんの反応はそれぞれで、ビックリされたり、あるいは大いに笑われたり、「似合う~」ってはしゃがれたり。


――私が、ここの給仕の格好をしているものだから。


 仕事着から装いをガラッと変えて、また別の仕事着に。髪も適当に結わえていると、手配書と注意深く見比べない限り、私だと早々気づかれはしない……と思う。

 だけど、私がこういう装いをしているのは、かく乱を目的としたものというよりは一種のジョークに近いものだった。

 シャロンさん、楽しそうだし。皆さんも、なんだか喜んでいるし。


 私なんかが装いを変えた程度で、こうも雰囲気が変わるのなら……

 違和感はあるし、ちょっと恥ずかしいのだけど、喜ばしく思う。

 これもまた、お手伝いのひとつになっているようだし。


 やがて、バラバラと集まってきた仕事仲間の皆さんが全員集合し、ちょっと改まった感じに。

 乾杯の音頭を誰が取るかということになって、それはやっぱり私がやるべきだろうと。

「新人の店員さんにやらせる仕事かあ?」ってツッコミがあって、皆さん、酒が入る前から大笑いして。

 私にとっては、街の外と大違いで、賑やかで暖かだった。


 さて、何か気の利いたことを言えたら――とは思うのだけど、なかなかいい言葉が思いつかなくて。

 そこは、さっきの「宣誓」で力を出し切ったということにしていただいて、この場のご挨拶はごく簡単なものに。


「お仕事にお付き合いくださり、ありがとうございました!」


 乾杯の後、またすぐ店内が賑やかになっていく。

 私は、仕事中に約束した通り、皆さんから少しずつお酒をがれて、私からも皆さんにお酒を注いで。

「シャロンのよりも酒がうまいぜ」という不届きな声に、笑顔のシャロンさんから鉄拳が飛んで、「そういうとこやぞ」とツッコミが入って場が湧いて。


 そうした和やかな空気の中、新たにおひとり、お客さんがいらっしゃった。


「あら、久しぶり……ってほどでもないか」


 やってきたのは隊長さんだった。さすがに私服でいらっしゃるのだけど、お相手がお相手だけに、空気が若干落ちついたものになっていく。

 そこで私は、人の悪そうな笑みを浮かべる皆さんに促され、内心「いいのかな」と思いつつも動き出した。特にご挨拶はなく、隊長さんのご注文に従って最初のお酒を注いでいって――

 目が合うと、真顔で固まられた。

「酔う前で良かったよ」と、なんだか含みのあることを言われたのだけど、「ありがとう」と続けていただけたのは、ただただ安心した。


 この宴席の主役は、もちろん私ではあるのだけど、こうなると隊長さんに注意が向けられるのは自然なことで。

 そうした中、隊長さんは悠然とお酒で軽く喉を鳴らし……

 意外と飲みっぷりがよろしくて、空になったジョッキをテーブルに置くと、思っていたよりも快い感じでお話をしてくださった。


「上役からさっそく、謹慎処分を食らってな。数日間、街の外に出ずに大人しくしてろと」


「家の外はいいんだ?」


「それは別に、だそうだ。それと、謹慎中に有休を使ってもいいらしい……ああ、同僚には伏せておけって言われたけどな」


 皆さん、顔を見合わせて発言の意味を咀嚼そしゃくする。

 酒が入っているからか、すぐ答えにはたどり着かないのだけど。

 結局、隊長さん本人の口から語られる。


「ウチの上は上で、思うところがあるってことだろう。話題のお尋ね者について、何か情報を引き出したくはあるが、隊として関与するような余裕はない……ただ、こちらにとって好都合な動きをするのなら、それはそれで、と」


表向き・・・の謹慎処分は?」


「身内に向けた牽制ぐらいのものだろうな。あんまり首突っ込むんじゃないぞ、と。行政や教会に向けたお義理もあるだろうが……向こうは勝手にいろいろやっているが、こっちは別に御用聞きじゃないんでな。謹慎程度で済ませるっていう意思表示もあるだろう」


 その辺を総合すると、隊長さんが考える衛兵隊のメッセージとしては――


「衛兵隊として、君に何らかのアクションを起こす考えはない。この街のために成される善行についても、止められるものでもない。これを表立っては称賛できない」


 それから……私が注いだお酒を軽く飲んだ後、隊長さんは続けた。


「石を投げて『依頼』することもない」って。


 意外とシニカルなところもおありだけど、話せる人だった。

 この街への帰り道、対応してくださったのがこの方で良かった。


 改めてしみじみそう思いつつ、感謝の気持ちを込めて、またお酒を注いでいく。

 でも、これはまた別のメッセージと受け止められたようで。

「このままだと酔い潰されそうだな……」って苦笑いされてしまった。


 他の皆さんは、ちょっと羨ましそうだったり――

 私の思い過ごしかも、だけど。

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