第39話 騒ぎのあと、静かな街の夕暮れ

 大きな街の大広場を借りての市告は、石をひとつ投げられただけで、それ以外には特に何事もなく終わった。

 見世物が終わるなり、衛兵の方々が動き出して、そっけない態度で観衆を解散させていく。混雑を解消させる傍ら、腹ばいに寝かせた賊たちを立たせていき……

 一人ひとつ割り当てた石の処遇を尋ねられた。


 実は、特には考えてなくて。それを見抜かれたらしく、衛兵の方には苦笑いされた。

 とりあえず、ここに捨てていくのは行儀悪い。かといって賊たちに持たせるのも、衛兵隊に進呈するわけにも。

 結局、私はこれら「完了分」の石を街の外で捨てることに決めた。まだまだカバンにある「未了分」のストックと、混ざらないようしまっていって、と。


 それから、支度が済んで改めて、私たちは行列をなして街を歩いていった。

 捕らえた賊たちをあるべき場所へと引きつれていく道中、やはり街路両脇からは物見客の視線が集まってくる。そして、抑えきれない噂声のざわつきも。

 でも、私を悪人呼ばわりするような罵声も、石も、飛んでくることはなかった。


 やがて、リダストーン中心街の一角にある、衛兵隊の詰め所にたどり着いた。ちょっと厳めしさのある石造りの建物を前に、賊たちが深刻そうな顔になる。

――彼らを見ている私だって、事の次第ではここのお世話・・・になるかもしれない。

 状況に対していくらか抵抗できているとは思うけど、決して楽観視はできない。

 顔にこそ出さなかったけど、内心は身が引き締まる思いでいっぱいだった。


 心なしか雰囲気も引き締まる中、粛々と賊の受け渡しが進んでいき……

 所定の手続きが終わった後、隊長さんが私たちに声をかけてきた。


「この顔ぶれだと……確か、シャロンの宿か」


「あったり~」


「後で顔出すよ。『続報』も必要だろうしな」


 単なるお客さんというわけじゃなくて、あくまで仕事の一環としての付き合いといった感じに聞こえるものの、皆さんからしてみれば、ただの顔なじみ以上のようにも思える。

 後ほどの来店予告に、「気が利くなあ」とご友人の方がにこやかな一方で、隊長さんの顔は苦笑いだった。


「始末書モノだろうし、その辺の顛末てんまつをな。グチにでも付き合ってもらおうかと」


 その言葉を耳に、やはり申し訳なく思う私だけど……

 顔に出てしまったみたいで、隊長さんは少し力ない笑みを向けてくださった。


「止めなかったのは自分自身の判断だ、君が気にすることじゃない。面白い、というと無責任だろうが、興味深い宣言でもあったしな」


 これは他の隊員さんも同意見みたい。

……というか、皆さんもまた、私みたいに隊長さんへの負い目があるようにも映る。

 面倒な立場で、難しい判断を委ねてしまっていたからかも。


 ともあれ、後でお会いする約束をして、私たちはその場を後にした。

 振り向いて歩き始めた矢先、仕事仲間のおひとりが問いかけてくる。


「『後でおごります』とか、『お酌します』とか、言っとかなくて良かったのか?」


「公職の方ですし……外では、少しマズいかと思いましたので。そういった形で感謝を示すのは、もちろん、やぶさかではないのですけど」


 考えていたことを口にすると、皆さんちょっとした感嘆の声をあけた。

「ちゃんと考えてたんだな」って。チョット、引っかかるところもあるよ~な……


 と、少し砕けた空気になったのだけど、ここからがちょっと気がかりでもあった。

 ここまでの道中は、声も石も飛んでこなかったのだけど、今は賊も衛兵の方々もいない。同行者の変化が、私への対応に現れてくるかも――

 もっとも、群衆の前で大きな口を叩いた手前、弱いところは見せられない。

 私を隠そうと、自然と隊列を変えようとしてくださる皆さんに、私は感謝しつつも無言で軽く動きを制し、周囲からよく見える最前列に陣取った。

 皆さんを連れて、堂々と、夕暮れの街を歩いていく。


 幸い、同行者が変わっても状況はそのままだった。遠巻きに視線を向けつつ、ただ遠慮がちにざわついているばかりで。

 一緒に誰かがいるというのが、思いのほか大きいのかもしれない。ともにいるのが誰であろうとも、私に敵対的でない人がそばにいるっていうだけで。

 あるいは、私を追う側、追わせる側の間で、今後の対応を考え直しているのかも?


 たぶん、日を改めて私一人になって街歩きしてみれば、また石ころのひとつやふたつは飛んでくることと思う。

 というより、投げさせる・・・・・意味はあると思う。「きっかけ」になる数人に投げさせて――

 その後に、「普通の人たち」が続くかどうか。

 私はそれを問い、皆皆が出した答えを、日の下に曝したい。


 それで結局、初日と変化がなければ……

 その時はまた、賊をたくさん捕まえればいいかな。


 皆さんと軽く談笑しつつ、私はそんなことを考えていた。

 どうも、あの大広場でのことは早くも知れ渡ったように思える。情報が遅い人から攻撃されるようなこともなくて。私たちは本当に何事もなく、シャロンさんの酒場への帰還を――

 と、店が見えてきたところで、私はふと立ち止まった。


「ん、どうしたん?」


「いえ……初日は、暗くなってからコッソリと、ここに入り込んだ感じでしたし、出るときは樽に隠れてましたから、誰にも気づかれなかったと思うんですが……」


 そこまで言うと、皆さん合点がいった様子だった。

 ここと付き合いがある、あの隊長さんならお察し・・・といったところだけど、私とこの宿の関係は、まだ広く知られているわけじゃない……と思う。

 そうした中、周囲の視線を集めながら、ここの厄介になっていいものかどうか。

 いきなり歩を止めるのも怪しいと思って、私は再び歩き出し……酒場を通り過ぎていった。


「んで、どうする?」


「適当なところで路地裏に入り込んで……屋上からお邪魔します」


 人目につかないところへ行けば、見とがめられることはないはず。

 あえてそこまで見に来るようでは、私たちからマークされるわけだし。監視する立場の人も、そこまでのことはできないと思う。

 こうした、追って追われての対応に、今日のお仕事を引き合いにして含み笑いを漏らされた。


「お前さん、高いところからお邪魔するのが本当に好きだな」って。

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