第35話 帰るまでがお仕事です

 盗賊一味のねぐらを無事に制圧できたのだけど、このあとも作業が色々と残っている。

 まずは、お屋敷内で転がしてる、捕縛済みの連中を改めて監視。縄抜け等の抵抗がないことを確認した上で、森の外にいる方々へこちらから連絡にひとり向かっていただく。

 それから、徒党を組んで暴れたりしないよう、少人数ずつ屋敷から森の外へと移送していって……

 諸々の作業を終え、森の外に全員集合した頃には、日はとっぷり暮れていた。


 私は作戦の資任者ということもあって、お屋敷を出たのは最後、親玉を伴ってのことだった。

 それで……森の外で待っていた方々が、私の姿を見るなり、歓喜が一転してどよめきが起きる。


「ちょっと、大丈夫か?」


 心底心配そうに声をかけられたのも無理はなくて。

 捕らえた連中は、鼻血や内出血ぐらいはあるものの、目立つ外傷や出血はない。一番ひどくて脱臼ぐらいのものだった。

 でも、私はというと……ちょっと刺激的な見た目というか。

 窓を割りながらの突入時、ガラスに斬りつけられたせいで、衣服が傷だらけだったり、至る所が紅くなっていたり……痛ましい感じになっていた。


 一方で私そのものはというと、飛び道具としての血液が必要なくなってからは、治癒の力によってすぐに傷がふさがったのだけど……

 とりあえず、見た目こそ派手だけど、そう深刻な負傷ではないということで、皆さんにはご安心ご納得いただいた。


 さて、こちらには十分な人数がいて、交代で見張りをすれば、ここで一夜明かすぐらいはどうということはなさそう。

 夜通しで移動するほど、帰還を最優先する理由もない。

 実際、みなさんもこの方針には賛同した。

 というより、これからどうなるにせよ、街に入る前・・・・・にきちんと休んでおいた方がいいだろうな、と。


 話し合いの結果、捕縛した賊の見張りに隊の3分の1程度を割り当て、残りは思い思いに休息することとなった。

 そうと決まってさっそく、私に視線が注がれる。「指揮官殿は、見張りなんてしなくていいからな」と、念押しするような声。


「これぐらいは任せてもらわんと」


「こんなに傷だらけになっちゃって……」


 様々な感情のこもった視線にさらされて、今日一日、自分一人で突っ走っちゃったかなと、少し反省した。

 そうは言っても、皆さんに無傷でいていただくのは、私にとっては重要というか、果たすべき使命のようなものではあったのだけど。


 ともあれ、一番の功労者である私は、見張りの事を気にせず休ませていただくということで全会一致。

 ありがたくゆっくりさせていただこう――と思ったのだけど、放っておかれるわけはなくて。


「さすがに、血みどろの服のままってのもな……」


「着替えあるか?」


「なんなら、私の貸すけど」


 私の装いが、捕虜と見比べてもなお、飛びぬけて悲惨ということで……

 話の流れは、帰還時の事に移っていく。


「この服じゃ、変に目立っちゃうしな」


「出た時みたいにタルに隠れたら?」


「う~ん、持ち込みん時は、ちょっと警戒が強まるんだよな」


 言葉を交わし合う皆さんの親切心に感謝しつつ、私は考えていたことを口にしていった。


「帰る時は、逃げも隠れもせず、このままの装いで行こうと思います」


 これに、皆さん絶句して、時が止まったような沈黙が流れる。

 やっぱり、大それた考えとは思うのだけど、私は意を決して続けた。


「傷だらけになってでも、この連中を捕えた者に対し、街の方々がどう出るか試してみたいんです」


 静けさから少し間を置いて、皆さんが顔を合わせてざわつきだす。

 ややあって、真顔に取って代わり、呆れたような苦笑いが増えていった。


「ティアちゃん、案外ギャンブラーなのな」


「おいおい、そりゃ、街の連中に失礼じゃねーか?」


「おっとぉ~?」


 そんなやり取りで皆さん笑いあったり。

 このままだと、皆さん、私に関わり合いになったということで、累が及びそうなものだけど――

 その上で、この話に乗ってくれるようだった。

「面白そう」だし、「いざとなれば逃げ足は速い」し、私の事「放っておけないから」って。


 お屋敷の制圧だって、それなりの仕事ではあったのだけど、今では「凱旋」の方がよっぽどの山場に思えてくる。

 そんな、状況の倒錯ぶりもまた、皆さんの挑戦心を焚きつけているようで。


「ま、行くとこまで付き合ってやるよ、指揮官殿」


 これが皆さんの総意だった。

 頼もしい笑顔に囲まれる中、私は今一度、深くお辞儀をして……頭を上げるなり、少し年上の女性の方が、私の首に腕を回して絡んできた。


「この服見せつける・・・・・ってのはわかったけど……だったら、チラ見えする程度に包帯巻いたら?」


「おっ、ナイス」


「……もちろん、チョット場所変えてね」


 すぐさまブーイングが続いて、私は思わず顔を綻ばせた。

 私の裸体なんて、見たって面白いものでもないと思うけど……


 ともあれ、私は他の女性の方も伴って、森の中へと歩いていった。なんとも手慣れた感のある処置を受けて、包帯を巻いては上に服を着てみて、痛ましいコーディネートを整えていく。

 あるはずの傷がふさがっていることには、やっぱり妙に思われて、私は簡単な説明を入れた。

 もと教会関係者で、過去に儀式を受けているって。

 この件についても、皆さんは驚きはしたものの、そう深く追及されることはなかった。「他人の過去を突っついてもさあ」って。

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