第34話 金の実弾

 前職の作戦においては、舌も重要な武器のひとつだった。割と冷静に見える大男は、まだ余裕ありそうに、この軽口へと乗ってくる。


「ハッ! これで互角だっていいてえのか?」


「お仲間先にのされて・・・・、互角?」


 吐き捨てるように言うと、後ろの方で物音があった。しぶといなぁ……

 もらったばかりのナイフを投げつけ、私は弓兵が手にしていた弓の弦を断ち切った。


「……で、これなら互角か?」


 再び無手になった私に、親玉が若干苛立ちに引きつった、勝気な顔で問いかけてきた。 それなりに腕は立つ様子。あちらにだけ武器があって、こっちが徒手となると、穏便な鎮圧は難しいかも。

 私はため息をついた。私の突入で散乱した諸々に目を向け――


 連中の趣味というか習慣が、私に味方した。

 色々なものが散乱する床で、とりわけ強く自己主張する物体。賭け事のための模造品と思われるコインと、金貨袋に手を伸ばす。

……もしかしたら偽造貨幣ではないかと思ったりも。


 それはさておき、私は自分の武器を手にした。金では無さそうだけど、手にしたときの重みを大切にしているのか、金貨袋はズシリとした重量感がある。

 ひとつひとつの金貨も、これなら飛び道具として期待できそう。

 私は左手で小袋を、右手に金貨を握った。小指から中指までの指3本で金貨を筒状に保持し、中指と親指で弾いて飛ばすという構え。


 さっそく1発目を装弾し、私は「いつでもどうぞ」と声をかけた。

 これに、青筋を立てて憤りをあらわにする大男。


「舐めてんのかてめえ……」


「さっさとしなさい」


 冷淡な口調で告けると、男は鋭い振りでナイフを飛ばしてきた。

 こういう状況で、怒りに任せて振りかぶったりしない。どこまでが感情で、どこまでが計算か。読ませないだけの狡猾さがある。

 無駄な挙動を排した一振りは、まっすぐに私を狙って飛んできて――


 私はコインを弾いた。

 空中で甲高い衝突音が響き、かちあったそれぞれが、急に力を失って床へと落ちていく。

 この迎撃に、大男はさすがに驚いたようで、真顔になって目を白黒させた。


「ま、まぐれだ、こんなもんは」


「あなたたちの賭けよりは当たりますよ」


「うるせえ!」


 激昂した男が、素早く腕を振った。何もなかったはずの徒手から、再びナイフが放たれる。柄から刃に至るまでが細長い、隠し持つのに適した形状のものが。

 隠し持ったところから最小の動きで飛ばす、それに加えてきちんと狙い通りに飛ばすとなれば、相応の熟練は必要になる。

 やっぱり、寝転がっている連中よりは腕がいいようで、今度の暗器もしっかりと、私めがけて一直線に飛んでくる。

 でも、男が腕を振ったのとほぼ同時に、私も次弾を弾いていた。またも金属音が鳴り響いて、双方の弾は無意味な方向へ。


 と、そのとき、後方で物音がした。ドアが開かれ、ドタドタと足音が流れ込んでくる。


「ティアちゃん!」


 この状況で、ちゃん付で呼んでくる親しさに、なんだか顔を綻ばされつつ、私は背を向けたまま答えた。


「こちらは大丈夫です」


「いや、血が……」


 ああ、そっか……飛び道具になるかと思って、多少の裂傷は治癒しないでそのままだった。そうでなくても、私の今の装いは、まともな神経をしている方には痛ましく映るでしょうし……

 少し申し訳なく思いつつも、私は作戦に徹した。


「皆さんは、その辺に転がっている連中の確保を」


 と、言った矢先、親玉がまたも腕を振った。

 柄に合わず器用なことで、放たれたナイフは、今度は2本。狙いは部屋の入口。

 放っておいても、皆さんなら……とは思う。


 でも、私の言う「大丈夫」と信じてもらうため、私は技を披露した。

 敵弾に合わせ、右手の指を素早く動かして射撃。きらめく金色の弾が2つ、投げナイフと衝突して叩き落とす。ナイフは、私よりも後ろに飛ぶことはなかった。


「『この先』には通しませんから」


 そう宣言した後……ごくわずかに気圧されているように見える大男に、私は見下すような目を向けて続けた。


ナイフ以外・・・・・も通しませんよ。試す勇気もないでしょうが」


「うるせえ! そんな曲芸、いつまでも続くわけがねえ!」


 挑発に逆上し、大男が荒れ狂ったようにナイフを投げつけてくる。

 そのすべてを、私はコインで弾き返した。


 それで……隠しナイフというのは、奇襲性の代償に、快適性を損なうもので。結局のところ、いくらでも隠しておけるという代物ではなかった。

 弾切れに陥った男が、慌ててかがんでブーツから次を補充しようとする。


 一方で私は、小袋から適当に次をつかみ取り、相手を待たずに弾を放った。

 ナイフを手に取ろうという、敵の手首をこするようにコインが飛び、男が顔をしかめる。 一瞬閉じた両目、それぞれのきわをかすめるように、続けざまに二発。強く擦れて顔の両端のごく一部が赤く染まる。


 うめき声をあげる男に、私は床板を鳴らすように、力強く足音を立てて近づいていった。バランスを崩し、その場で尻もちをつく大男。

 それでも、手首が痛めつけられながらも、ナイフを手にして私に向ける辺り、気概は中々だけど。

 ナイフを構えた手に向け、次は少し加減した弾を放つ。弾は指の付け根の関節に当たり、男は苦痛の声を漏らしてナイフを取り落とした。


「降伏すれば、命は助けますよ」


「クソが……そっちの方が『ご褒美』が高くなるからだろうが」


「さすが、他人事ではないだけあって、お詳しいですね」


 私としては、生かして帰す理由はそれだけじゃないけど、この者たちには関係ない。

 後ろでは確保が進む中、最後の詰めも、しっかりと遂行したい。

 とはいえ、説得は無駄だろうし、やるなら脅ししか――


 私は、床に腰を付けつつ手探りで武器を求める大男に視線を巡らせ……

 ひとつ、狙いを定めた。

 定めた狙いに弾を放つと、床板を激しく打ち付ける着弾音が響きわたる。着弾の衝撃は、相手にも伝わってるはず。

 どのあたりを狙われたのかも。


「一応生死不問とは聞いてます」


 話しかけつつ、私は弾を放ち続けた。狙いを少しずつ男の方に近づけていき――

 男の股間をかすめた。


「現在の性別も、特には問われないようですね」


 さらに言葉を続け、私は加減した一発を、男の股間に打ち込んだ。

 これまでにない、悶絶した表情になって、身を縮める。


「去勢まではしませんが、不能ぐらいは覚悟しなさい」


 そういって、私はコイントスをした。

 前かがみに震える男は、ただコインが弾かれるだけの音にも、目に見える程度に震えて反応を示し……

 やがて、息も絶え絶えに小声で降参した。


 もっとも、言葉だけでは信じられないのだけど。

 捕縛のために色々指図すると、男は体を小刻みに震わせながらも、命令には従順に応じた。腹ばいになり、両手は頭の後ろへ。他の連中の捕縛を終えた皆さんが、最後の抵抗に注意を払いつつ、一番の大物を縛り上げていく。


 ようやく一味を捕えて一段落、達成感と安堵にため息を漏らしたところ、声をかけられた。

「ティアちゃんとは絶対ケンカしねえ」って。

 前にも聞いたこのセリフは、他の方々もしきりにうなずいて同意を示し……

 私は、さっき自分がやった行いを思い返して、ちょっとやりすぎて品がなかったかもと、反省するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る