第32話 突入!

 捕虜の話によれば、1階の居間にたむろしている賊は5人。これを分断しようにも、小細工がうまくいく可能性は低いと思う。きっと、5人まとめて相手取ることになる。

 こちらの頭数は同等で、いざ戦いとなってもそう不利ではないはずだけど……

 やはり、ここは私で片付けたい。


 2階の窓から顔を出し、直下にある居間の様子をうかがう。窓は閉めてあるけど、カーテンはかかってない。耳を澄ませば、時折騒がしい声が響いてくる。

 実際に仕掛ける前、屋敷の周囲を偵察した時も、何やら話し声は聞こえていた。その時と変わらず、今の今まで気づかずに騒いでいるんだから、本当にいい気なものだった。


 この者たちを無力化するべく、私は後の流れについて思考を巡らせ――

 自分でも「どうかな……」と思いつつ、同行する皆さんに向き直った。


「皆さんは、居間の前で待機してください。逃げ出そうという者がいれば、物陰から殴打などで沈黙させていただければ」


「それで、指揮官殿は?」


 ちょっと冗談めかした呼称に苦笑いを返し、すぐ表情を引き締めて答えていく。


「私が突入します。賊5人程度であれば……奇襲でどうにかできるものと思いますので」


 若い女がひとり、こんなことを言ってのけたのだけど、相応に経験あってよく鍛えられてもいる皆さんは、決して笑わなかった。

 ただ、ちょっと、なんとも言えない沈黙が流れるばかりで。

「さすがに、女の子一人に任せるのは……」と言われた一方で、「私の手腕については疑う余地がない」とも。

 結局のところ、この仕事において皆さんが「どうしたいか」というところに焦点があるようで。


 そんな中、この中で一番年長の方が、軽く咳払いし、私に問いかけてこられた。


「安全確実に遂行するのが第一、だろ?」


 まっすぐ見据えての問いに「はい」と応じると、すぐに別の問いがやってくる。


「ティアとしては、さっき言ってた作戦が、一番効率的……ってことでいいか?」


「そう考えます。敵方は、他の仲間の現況を知らないわけですから……呼びに行こうと部屋を出たところを襲えば、労せず頭数を減らせると思いますし」


「それは確かにな……で、それでもティアの受対寺ちが一番過酷なんだが……」


 やや間を置いて、「大丈夫なんだな?」という確認に、私はしっかりとうなずいた。もっと過酷な現場は、何度も経験させていただいている。

 思い返す気にもならない作戦ばかりだったけど――


 私の返答に、年長者の方は他の皆さんに向き直り、「それでいいか?」と最終確認を行った。

 ここで混ぜっ返すような方はいない。いずれも真剣な面持ちでうなずいてくださった。


「ま、強い奴の負担が一番重くなるってのは、そりゃ当然なんだが……こんな可愛らしいお嬢さんに頼りっぱなしってのもな。割り切るのに色々と言葉が必要なんだよ」


 苦笑いで仰った言葉に、他の皆さんも苦笑い。

 こういう仕事場というか戦場で、私が女性扱いされているのは、なんだか新鮮な気分だった。

 皆さんに、精神的な我慢を強いている自覚がやってきて、そういう状況でもないのはわかっているけど、急に申し訳なくなったり。

 せめて、何か気の利いたことをと思って、私は口を開いた。


「仕事が終わったら、その……皆さん、私にいでくださいね」


 すると、皆さん鼻で笑って……私の頭を軽く叩いたり撫でたりしてから、持ち場へと動いていった。

「懲りない子だなあ」なんて言葉を残したりも。


 部屋に一人残る形になって、急に物寂しさを覚える。

 作戦中に単独行動するなんてよくあることだったし、こんな気持ち、今まで感じた事はほとんどなかった。

 こうした気持ちをいだき、それを切り替えてしまうことに名残惜しさを感じつつ、私は作戦に意識を向けた。


 奇襲のやり方は考えてある。

 私は窓枠に足をかけ、カーテンレールからカーテンを外していった。そのままでは大きすぎる布を適当な長さ太さに切り分けていく。持ってきた縄は捕縛に使ってしまったものだから、これで代用するというわけ。

 切り分けたものを互いに結び付けて長い紐にし、べッドの足にくくり付ける。やたら家勢なべッドだから、相当な重さがあるはず。

 ベッドから伸びる格好になった紐の端はこの手で握り、私は窓の外を見た。

 長さは合ってるはず。あとは行くだけ。


 軽く深呼吸をした後、私は窓めがけて駆け出した。

 壁際で跳躍、窓枠に足をかけ、ここで踏み切ってさらに前へ。


 部屋の中にいた時には長すぎるぐらいだった紐は、私が外へ飛び出したことで、まっすぐピンと張った。一方は立派なべッドの重量に押さえられ、もう一方は宙へ飛び出した私の勢いに引かれている。

 飛び出した私は、こうして伸びきった紐に制動された。横方向へ飛び出す動きは、すぐさま落下運動に変わり、窓枠を支点とする紐に導かれるように円運動となる。

 見込み通り、べッドは引っ張られてもびくともしせず、紐の始点の座を守り続けている。懸念だった紐の耐久性も問題はなくて……


 後は私の問題だった。

 十分なスピードを得た私の体の向かう先は、直下の部屋の窓。

 私は両足を前にして窓を蹴破り、勢いよく部屋へと突入した。

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