第30話 無用心な悪党

 お屋敷の中で捕らえた最初の捕虜は、本当に、私たちに殺されかねないと危惧しているようだった。

 何しろ、少し「頼んで」みただけで、こちらに従って動いてくれるぐらいだから。

 命がけの彼の、どうにか不自然さを消した演技によって、廊下で話していた相方を屋根裏へと引き込んでもらって――


 二人目もあっさりお縄となった。

 もっとも、これ以上の戦果をこの二人に求めるのは難しい。どこかで破綻するのは目に見えている。

 この点は他の皆さんも同意見だった。ひとまず、捕虜を用いた芋づる式はここまで、と。

 そこで、この屋敷内を制圧すべく、捕虜二人からは鮮度の高い情報を求めることとした。屋敷周囲で捕らえた見張りたちが知らない、誰が「いま」どこにいるかについてを。


 話によれば、一味のうち、数人は二階にあるそれぞれの部屋で寝ている様子。古株や、仕事・・がデキる奴などは、こうして一人一部屋を割り当てられているのだとか。

 普段はそれが特権なのでしょうけど、今日ばかりは付け入る隙になる、というわけだけど。

 寝ている連中の他は、一階の居間で酒盛りしているとのころ。

 というより、屋敷にいた全員、最初はその居間にいたんだけど……全員で賭博をやっているうちに、負けが込んだ者から脱落していって――

 やけ酒かっくらって酔いが回り、自分の部屋に戻ってふて寝しているのだそう。

 今回捕らえた二人組も、酒はほとんど入っていないものの、昼寝のつもりで上に上がってきたところだったらしい。


「いい生活だな」「まったく、いい気なもんだ」と、呆れつつ侮蔑のこもった視線を向ける皆さんの前で、捕虜二人が身を強張こわばらせる。

 もっとも、この二人には終わった後の口利きをしてやるという口約束を交わしてある。大人しくしているうちは、こちらから危害を加えるつもりはない。

 身動き取れないようにと捕縛はしてあるのだけど、それでも見張りは必要ということで、突入要員からまた一人、ここに残すことに。


「で、どうする?」


 この後を尋ねられ、私は屋敷の配置に考えを巡らせる。

 次は二階で寝ている連中を、一人ずつ無力化していきたい。幸い、個人部屋で寝ているということもあって、やりようによっては他に気づかれずに片付けられるはず。

 それに、空き部屋もいくつかあるという話。後の算段を頭の中で構築し、私は口を開いた。


「寝ている連中を、一人ずつ『起こして』いきましょう。物陰に身を潜めつつ、ドアを叩いてください」


「ん、俺らがノックで起こすのな。ティアちゃんは?」


「外からお邪魔します」



 階下の空き部屋の窓を開けると、そう時間は経っていないはずだけど、涼しくて新鮮な空気が私を迎えてくれた。

 深く息を吸い込んでから気持ち新たに、私は窓から外へと躍り出た。蔦の這う外壁伝いに、目的の部屋へと近づいていく。

 かろうじて足場になる程度だけど、出っ張りがある構造のお屋敷で助かった。屋根へ登った時同様、蔦もいい仕事をしてくれている。


 目的の部屋の窓から中をうかがってみると、窓から少し離れたところにあるベッドで、大男が手足を目いっぱいに広げて寝ていた。

「いい気なもんだ」と、先程耳にした言葉が脳裏に浮かんで、思わず苦笑いしてしまう。

 外壁からずり落ちないように気をつけつつ、私は窓に頭を寄せて耳を澄ました。本当に「いい気」な感じのいびきが聞こえてくる。

 これ、ちょっとやそっとじゃ起きないかも……?

 窓に手をかけて力を入れてみると、鍵はかかっていなかった。開けて入り込む分には問題ないかな。


 ひとまず私は、侵入ルートを引き戻すことにした。出てきた部屋の窓から顔を出し、廊下の待機要員の方に合図を出す。この合図から若干の時間を置いて、ドアをノックしていただくという算段になっている。

 合図を出し、私はすぐ配置に戻っていった。再び窓に耳を当てると、ノック音がこちらにまで聞こえてきたのだけど……

 やっぱり、部屋の主は眼を覚まそうとしない。


 この様子だと、外の物音にだって反応しないかも。中の様子に気を配りながら、私は窓を少しずつ開けていき……

 完全に開け放たれた窓から、部屋への侵入を果たした。足音を殺して、ベッドサイドへ。

 これでも起きる気配のない標的を前に、私は立ち止まった。


 この男を無力化するのはたやすいことだけど、物音を立てて階下の連中に感づかれると困る。

 幸い、この様子なら私たちのペースで仕事を進められる。

 ノック音が途絶えたドアの前まで行き、開ける前に床との隙間から、一枚の書き置きを滑らせた。「開けます」と、ここに私がいることを示すと、了承のノックが一回。

 ドアを開けると、皆さんが音もなく部屋の中へ入り込んでくる。


 では、ここからどうやって無力化させるか。例によって、あまり手荒なことはしたくない。

 そこで私は、あまり気が進まないながらも、大男のベッドに忍び寄った。近づくほどに酒気の匂いが、ツンと鼻を刺す。


 おかげでここまで寝入ってくれているのだけど、やっぱり、「ちょっと……」という思いはある。

 言ってられる場合でもないけど。


 気持ちよさそうに寝入る大男を前に、私は腹をくくった。

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