第29話 招かれざる客たち
打ち捨てられたところに住み着かれたこのお屋敷は、立派な白亜の外壁に、縦横無尽に蔦が這っている。
この手入れのなさが、私には好都合だった。よほど長きに渡って放置されているのか、ちょっと力を込めても平気なくらい、太くてしっかりした蔦も多い。
もちろん、人の体重すべてを預けるとなれば、さすがに不安は残るのだけど……私の体重なら、壁の凹凸を伝って登っていく補助に、これらの蔦は使えそう。
不安そうに見守る皆さんの前で、私は実際にやってみることに。壁面に視線を巡らせ、頭の中で
一度動き始めれば、後は早かった。あまりひとところに留まっていられない状況でもあって、蔦に負担をかけすぎないよう、注意深くも迅速に。
そうして私は、お屋敷の屋根にまでたどり着いた。屋根で日向ぼっこしてる賊はいなくて、とりあえず一安心。
ひとりこうして上にたどり着いてしまえば、後は楽なものだった。煙突に縄を
皆さんも慣れたもので、縄があれば屋根の上まではあっという間。
ただ、全員で突入するわけにもいかず、地上にも要員をいくらか残しておくことに。
正規の入り口を封じた今、賊が脱出に窓を用いるかもしれない。だから、残る方々には窓を見張りつつ、もしものことがあれば対応に動いていただく。
とはいえ、メインはやっぱり、私たち突入要員なのだけど。
おそらく、これ以上の分割はなくて、眼の前には「最終メンバー」と言うべき面々が。にわかに緊張感が高まる、そういう空気を感じる。
さて、少し傾斜のきつい屋根は、煙突と出窓がある。でも、さすがに煙突は無いかな……
侵入ルートとして出窓を選択。でもその前に、屋根の上にいる私たちに、
――うん、大丈夫。人の気配はない。
一応、他の皆さんも同様に確かめてみたのだけど、私と同意見に落ち着いた。
それでも念のため。出窓へ忍び足で近寄り、物陰に隠れつつ耳を澄まして様子をうかがう。
窓に鍵は……かかってない。できる限り音を立てないよう、慎重に窓を開けていく。
そうして窓を開ききり、私は屋内へと、石を軽く投げ入れた。ゆるい曲線を描いて飛んだ石が、壁に当たって小さな音を立てる。
これに反応する気配は――やっぱりない。
誰もいないことを確認し、私は出窓から中へ侵入した。
どうやらこの屋根裏部屋は、人の出入りがあまりないみたい。やや埃っぽい感じがあるし、部屋の隅には蜘蛛の巣が見えた。
おかげで、何事もなく事が進んでいるんだけど。
部屋の中に一通り視線を巡らせ、次へ進むドアに耳を当てる。物音や話し声は聞こえてこなくて、すぐ近くに誰かがいるということは無さそう。
状況の確認を終え、私は出窓から再び屋外へと出ていった。
多少の会話であれば、まだ感づかれずに済む。これが最終確認のつもりで、私は現状とこれからについて伝えていった。
屋根裏部屋を出た直後ぐらいまでは、まず安全。ただ、いまのところは挟み撃ちの心配はないけど、中へ入ったら、また少し変わってくる。
「中へ入ったら、部屋をひとつずつ確認し、制圧していこうと思います」
「部屋に入り込んでやり合ってる所へ、廊下から増援が来ると危ないな」
「はい。部屋へ入っての制圧は私が担当します。皆さんには、挟撃を防ぐためのバックアップに回っていただければ」
つまり、要は見張りみたいなものだった。何か動きがあれば――あるいは、挟撃とは無関係に、私がピンチに陥るようなことがあれば――即応していただく、と。
皆さんを無事に帰さなきゃ、って思うのだけど、なんやかんやで相応の危険は伴うし、判断力や注意深さを求められる役回りでもある。
その辺、皆さんも重々承知のことだとは思うけど、なんだか嬉しそうというか、意気のある表情を向けてこられた。
曰く、「単なる見学よりはずっといい」とか。
突入にあたっての確認も済み、口を閉じれば空気も引き締まる。互いに目配せしてうなずき合い、私たちは動き出した。
まずは私が先頭になって、屋敷の中へ再突入。合図とともに皆さんが、大したもの音もなく速やかに続いてくる。
屋根裏部屋から中へ続く道は一本だけ。要員のひとりにドアを手にしていただき、私は合図を出した。
やはりロクに手入れされていないみたいで、ちょっとドアを開ける程度のことでも、甲高く不愉快な、あの鳴き声みたいな音が出そうになる。
この物音、近くにいればさすがに不審がるはずなのだけど、それでも反応はない。
ドアの向こう側は階段になっていて、賊は下の階にはいるはず。
さすがに、空き家へ私たちが侵入しているだけとか、そんなことはない……と思う。
階段を降りようかどうか、少し迷った後、私は後続をその場に置いて、ひとり静かに確認に向かった。
音を立てないように、細心の注意を払って降りていくと――
会話の声が聞こえた。
人の気配を感じて、最初に去来したのは……ちょっとした安心だった。
ああ、ここで間違ってなかったんだ、って。
そういうことで安心を覚えるのが、不謹慎というか、妙な感じだとは思うのだけど。
息を殺して聞き耳を立ててみると、気だるそうな男二人の会話で、中身は次の「仕事」についてだった。誰を襲うか、目ぼしい獲物、期待できる稼ぎ――
具体性を増すほどに、嬉々としだす会話を耳に、私は嫌悪感を覚えずにはいられなかった。
でも、私一人の戦いじゃないから。正式な裁きは、別の誰かが下すべきとも思う。
とりあえず、下に二人いるのはわかった。
で、廊下にいるのは、ちょっとまずい。どうにかして引き寄せて、一人ずつ静かにさせたい。
後の算段に思考を巡らせるも、結局やることはシンプルで。私はよくある手口を使うことにした。
ひとまず皆さんのもとに戻り、小声で状況を伝えていく。
情報共有の後は、攻略法について。「軽く物音を立てます」と端的に伝えると、「まぁ、そうなるか」的な納得の顔でうなずかれた。
問題は、一人で来るか、二人で来るか。ここは、私が一人で降りていって、物音への反応をうかがうことに。
階下で配置に付き、合図を送ると、それに応じて物音を立てていただけた。屋根裏部屋から拝借した小物が、階段を転がり落ちていく。
これに例の二人は気づいたらしい。会話に切れ目が生じ、どっちが見に行くか、互いに押し付け合って――
動き出した足音が一人だけなのを確認し、私は急いで階段を駆け上がった。
再び屋根裏部屋へと身を潜め、物陰に隠れて獲物の到来を待つ。
程なくして、見回りにひとりやってきた。開けっ放しのドアを不審がるも、屋根裏部屋に入るなり、目につくのは開けっ放しの出窓の方で。
「開けたら閉めろっての」と、行儀の良いことをボヤくならず者が、出窓の方へと歩いてく。
――開けっ放しのドアと壁の間に身を潜めていた私は、後背から襲いかかった。最初に口元を右手で塞ぎ、左人差し指で目元を強く擦り付ける。
目元の急速な熱感に、前へ
この一撃に、押し殺したような呻きがあった。男は呼吸を荒くしながらも、声は立てられないでいる。
そこへ私は、男の首筋へ金属片を当てた。すぐに察しがついたようで、反応が大人しくなる。
死角だから見えてないでしょうけど、実は硬貨だった。万一の弾みで――こんなところで、不意に殺してしまわないように。
一方、目に見える脅威もある。目元をこすられた直後は、見るどころじゃなかったはずだけど、物陰に隠れていた皆さんが、今では剣を抜いて包囲している。
「あんたたち、恨みを買いすぎたね。生きて捕まっても、どうせ見せしめに殺されるよ」
小声で囁きかけると、出任せでも確かな効果があった。口を塞ぐ手に、荒い鼻息がかかる。
「
「また蹴られる前に、自分からひざまずきなさい」
命令に応じ、男は少しずつ、私の反応を伺うように動いていった。
まずはひとり、と。
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