第28話 今日の仕事場

 聖教会とお役所連名の手配書に追われる私が、こうして治癒の力を実演・・したことは、強い印象を与える自己紹介になった。

「ただ者じゃないとは思っていたんだが……」と、未だ驚きを示しつつ、年配の方が口にする。


 ただ、まだまだ明かしていない部分が大きい私だけど、皆さんの方から詮索されることはなかった。

「気になるけど、こういうのは聞かないのがマナー」だからだそうで。

 もっとも、このタイミングでこんな自己紹介をしたのには、もちろん意味があって。


「私なら、多少の負傷はすぐに癒えます。皆さんに傷を負わせてしまうよりは……」


 これは皆さんの職業意識に関わるところだって、そういうのは私も認識している。

 実際、「それは……」と抵抗感をあらわにしてくださる方もいたるのだけど、私には納得していただくための、ちょうどいい口実があった。


「善い事をして、あの街に働きかけようというのに……あなた方に何かあっては、私の立つ瀬がありませんから」


「つまり、俺たちの前で俺たちの代わりに傷つくのが、長い目で見れば嬢ちゃんのためになるってことか?」


 だいぶ皮肉交じりな仰りようではあるのだけど、実際にそういうことだった。私が傷つくことに不快感を覚える、まっとうな神経を持った方々に、我慢をお願いする。

 私自身のために。


「私だって痛いのは嫌いですから、できる限り浅い傷で済ませます……それでも、認められませんか?」


 頼む側にとっても、頼まれる側にとっても、なんだか妙なお願いだとは思うのだけど……

 皆さんが渋面になって返答を渋る中、若い男性の方が、何か思いついた顔になった。


「ティアちゃん、ちょっといい?」


「何でしょうか」


 事務的に応じるものの、「ティア」という愛称に「ちゃん」までつけていただけたのは、私という人物にどうも似合わない感じがして、少し据わりが悪い感じが……

 それはさておいて。


「上目遣いで、『ダメですか?』って聞いてみてくれよ」


 この要望に、他の方々は「はあ?」って言いたげな顔をしていらっしゃるのだけど……

 とりあえず私は、求めに応じて改めて、お願いをしてみた。


「えっと、その……ダメですか?」


 上目遣いにやってみて、皆さんと目が合って、なんか照れくさそうな顔になられて――こっちまで恥ずかしくなって。

 微妙な沈黙が流れた後、要望を出してきた方が仰った。


「ああ、逆効果だったかもしれん」って。


 すぐさま、その頭にお仲間一同から容赦ないゲンコツが飛ぶ。


 そんな一幕もあったのだけど、結局は皆さんが折れてくださった。

 そもそも、このお仕事は善行ではあるのだけど、あの町の現状や私の立ち位置を変えることを目的としたものだから。


「ティアが、重傷を負いかねないような状況になったら……そん時は見てるだけじゃいられんとは思うが……そうなるまでは、フォローに留まってやる」


「ありがとうございます」


「……まったく、代わりに前に立ってくれる子に、頭下げられるなんてな」


 そうして皆さん、微妙な苦笑いを浮かべるのだった。皆さんだって痛いのは嫌いでしょうに……

 私とご自身とで天秤に乗せるなら、答えは明白のようだった。

 昨日、石を投げられていた身からすれば、それは信じられないくらいありがたく思えて。

 打算とかを抜きにしても、皆さんを無事に帰さなきゃって思う。


 同時に――皆さんには本当に悪いのだけど、私の流血が、多少は説得材料・・・・になるのかも、とも考えてる。


 部隊としての方針が定まって、改めて。屋敷の外で全体を見渡す監視要員を二人ほど置き、私を筆頭とする突入要員が敵の本拠地へと歩を進めていく。

 屋敷の周囲は開けた空間になっていて、こちらに都合のいい遮蔽物はない。今まで気取られずに近づけたとしても、ここから先は、明白に相手のテリトリーとなる。

 木々の切れ目、開けた敷地との境目を踏み越えると、単なる賊相手の作戦とはいえ、さすがに身が引き締まるものがあった。


 さて、敵方の見張りは、日に数回交代するぐらいの感じでやっているようで、異常が起きない限りは連絡等のやりとりなんてしないとのこと。

 今回は、「異常」が起きてそのまま連絡できない状態に陥っているから、森の中での出来事は伝わっていないはず。

 じきに気づかれるとしても、この事態に対する身構えはできていない。

 だから、気づかれるまでは今までと変わらず、コッソリ動き続けるべき。


 まずは駆け足で、足音は殺しつつ屋敷へと取り付く。各所の窓に警戒を向けつつ、屋敷の壁に貼り付いて一息。

 来客には気づいていないようで、静かなものだった。


 それで、どうしよう?

 捕虜から聞いた話では、警戒態勢はあくまで森の中だけ、それに衛兵隊が動くとは考えていなかった様子。屋敷の中にいる間は、割とダラけているのだとか。

 だから、屋敷のどこそこに配置がどうこうとか、そういうのはない。

 むしろ合理的な人員配置をしてくれていたのなら、情報を抜き出したことによって逆手に取って、ある程度の優位を得られたところだけど……


 この後の具体的な動きについて、他の皆さんもそれぞれ静かに考え始めた。

 とはいえ、私が指揮官なのだから、できる限りは私が方策を示さないと。

 今回の作戦で重要なのは、皆さんを無事に帰すこと、あまり残酷なことをせずに賊を引っ捕らえること。

 加えて、できることなら、「仕事」を自分のペースで進めていきたい。こちらの動きに気づかれて散り散りになられても困る。

 改めて、屋敷全体を把握しようと視線を動かし――


 ひとつ思いついた。


 とりあえず、この屋敷から賊を逃したくはない。その点は皆さんもすぐに了承した。

 そこで、手持ちの道具から縄を取り出し、屋敷各所の立派なドアにくくりつけていく。

 こういうお屋敷だけあって、半ば打ち捨てられていながらも、ドアの作りは頑丈そのもの。しっかりとした取っ手に、外側から縄を結わえてかんぬきの代わりに。

 これならそうそう、出入りできないはず。


「それで……俺たちは窓からか?」


 小声での問いかけに、私は小さく首を横に振った。

 一通り見たところでは、いずれの窓もそれなりに高い場所にあって、出入りには少し不向き。よほどスムーズに動かなければ、鉢合わせる可能性は無視できない。

 それよりは、もう少し良さそうな侵入ルートを、私は見出していた。


――本当にできるかどうか、やってみないと、だけど。


 若干の不安と期待入り交じる視線の中、私は指を上に向けて指した。

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