第27話 改めましての自己紹介

 無傷で引っ捕らえることができたのは、やっぱり例の賊の一員だった。悄然しょうぜんとしつつも、どこか慌てるように自己紹介してくれた。

 ただ、お縄についても、それ以上の情報はなかなか出てこない。


「もう少し絞るか?」と尋ねられて、私は最初の捕虜に視線をやった後、少し考え込んだ。

 あまり手荒なことはしたくない、と思う。道義として、処罰はその地を治める者の手に委ねられるべきだと思うし……私の心証を良くするためという打算から言っても、できる限り穏当に済ませたい。

 とはいえ、私についてくださる皆さんの安全が第一という面もあるし――


 諸々天秤に乗せた結果、私は少し脅しをかけることにした。

 聞き出したいのは集団の規模と、お屋敷周囲に張ってる見張りの配置。攻略に関わる情報の重要性は、この捕虜もお察しといったところで、単に聞いただけでは教えてくれないのだけど……


 青ざめた顔で口ごもる捕虜を一瞥いちべつし、私は石を投げつけた樹へと歩を向けた。

 この樹には悪いことしてしまったと思う……心の中で謝りつつ、穿うがった穴に入り込んだ石を、小刀でほじくり出していく。


「この先何があろうと、私は生き残るつもりでいます」


 振り返りもせずに話しかけると、「話し相手」が息を呑む音がハッキリ聞こえた。

 続けて小刀を操り、またひとつ、窪みの石が落ちて音を立てる。


「あなたが協力的な態度を見せなければ、この場に縛って置き去りにします。その上で、あなたが教えなかった見張りと出くわしたなら、その回数だけあなたに石を投げに来ます」


 荒い息遣いが後方から聞こえる。言われずともわかっているでしょうけど、私は最後にほじくり出した石を手で遊ばせつつ、背を向けたまま告げた。


「次は当てます」


 こうなると、捕虜にとっては自分の記憶力との戦いになった。見落としがあれば自分が危険にさらされるから――

 皆さんが用意した地図と照らし合わせ、深刻な顔の捕虜が洗いざらいを話してくれた。

 そうした情報提供が一段落し、肩で息をする捕虜に、同行の方がひとつ疑問を投げかけた。


「お前んとこの親分、あるいは一番強い奴と、この子と、どっちが怖い?」って。


 これは、ある意味では厳しい問いだったのかも。顔面蒼白の捕虜は、冷や汗たらしながら私の顔に恐る恐る視線を向けるも、すぐに顔を伏せてしまった。

「別に、それは答えなくてもいいですよ」と声をかけると、皆さんにはちょっと含み笑いされて。

 問いかけた方は、私に向かって「悪い悪い」なんて笑うものだから、つい苦笑いしてしまった。


 そんな一幕もあって緊張はほぐれたのだけど……

 お仕事の方は、至極マジメなものだった。聞き出せた情報の信憑性を確かめる意味もあって、屋敷本陣へ乗り込む前に、まずは周辺の見張りから片づけることに。

 地図と照らし合わせ、続く見張りを、一人目と同様の手口で威嚇し、縛り上げていく。

「情報に食い違いがあれば共倒れ・・・させる」という脅しで聞き出した追加情報は、やはり一人目から聞き出したものと相違はなくて。実際、言われた通りに見張りがいたことからも、単なる出任せとは考えにくい。

 確度を増した情報をもとに、さらに見張りを排除し、捕虜としてこちらのものにしていって――


 さすがに、捕虜をそのまま連れて森の中で行動するには面倒になってきた。「ここらで分けるか」と、こういう仕事に慣れた様子の方が提案し、満場一致で部隊を分けることに。

 捕虜に対する捕縛を改めて堅固なものにした上で、同行者から数人を監視とし、捕虜とともに森の外へ。


 大所帯から動きやすい人数になったところで、作戦が次の段階へ進んだ感じが増した。

 潮目の変化を他の方も感じ取っていらっしゃるようで、雰囲気が一掃に緊張感ある物に。

 一方で、ここまでの私の技量というか……事の運びに、感心していただけているみたいで、どことなく、次に向けた高揚感も伝わってくる。

 作戦遂行の上で、指揮者である私が信頼の念を向けてもらえているのは、願ってもいないことだった。

 リダストーンという大都市においてはお尋ね者なんだけど……そんなこと、まるで意に介さないみたいに。


 ここまでは、本当にうまくいっている――敵味方含め、まだ血の一滴も流れていない――こともそうだけど、皆さんから向けられるこの信頼が、何よりも嬉しい。


 ここからが本題というのはもちろん承知しているのだけど、敵本陣に向けて森の中を進むこの足取りは、ここ最近では一番軽く感じられるものだった。

 緊張感の中にも、即席ながら確かな結束を感じられるいい空気の中、私たちの部隊は森の中を進んでいく。


 しばらくすると、それらしいお屋敷が見えてきた。木々の間から見えるその姿は、白亜の壁に緑のツタが縦横に走っていて、いまの家主にとっては「仮住まい」でしかないのかもしれない。

 樹冠から覗く空は、まだ青々としたもので、日が傾くには余裕がある。

 今回、私たちが仕掛ける側ではあるのだけど、暗くなるのを待つのは下策に思えた。夜半に仕掛ければ、仮に制圧できたとしても、その後のドサクサに紛れて取り逃がす可能性もあるし……

 そうなるよりは、明るい内にケリをつけて、抵抗もできないように捕縛したい。

 この考えは、他の皆さんに支持していただけた。


「街に帰るまで、どこかで夜を明かすことになるだろうが……事を終わらせてからの方がいいな」


「そもそも、先に見張り片付けてるしな。気づかれる前に次も片付けた方がいいだろ?」


 というわけで、私たちがやってきたという異変に感づかれる前に、こちらから仕掛けて終わらせることに。

 ただ、全体の方策は決まったのだけど……この先の事を考えて、言っておかなきゃいけないことがある。


 いま置かれてる立場から、少しためらうものを感じつつ、私は腹をくくった。

 小刀を取り出し、左手を軽く切りつけると、切り口から血がにじむ。

 突然の奇行に、真顔で目を見張る皆さんだけど……私は左手を皆さんに見えるようにしたまま、右の人差し指を口に当てた。

 自傷した左手は――傷口がほのかな光に包まれ、見る間に傷口が塞がれていく。右手で傷跡を軽く押してやっても、これ以上の血が流れ出ることはない。

 驚きで目を白黒させる皆さんに、私は告げた。


「私は……過去に『儀式』を受けた、聖教会元関係者です」

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