第26話 お尋ね者の社会貢献活動
リダストーンでの初仕事を請け負うことにした私だけど、それはそれとして問題はある。街の外へ出ようにも、やっぱり監視の目はあるはずで。
何かしらの対策は必要なのだけど、すぐに解決策が見つかった。「空いてる酒樽あるから、それに隠れたら?」と。
物資の運搬となると、街の入口でいくらかチェックされるものだけど、街から出る分にはあまり警戒されていないとのこと。それに、事業以外での個人的な荷物を装えば、なおさら安全だそうで。
そういうわけで、空の酒樽を用意していただいて、私はその中に隠れ潜んだ。
蓋をされると真っ暗になって、さすがに心細い。本当にうまくいくのかどうか、高鳴る鼓動が暗闇の中で反響して聞こえそう。
後のことは同行者の方々にお任せし、私は樽ごと荷車に乗せられて、運ばれていった。
相応に心配はしていたのたけど、そこは皆さんの見立てが正しかった。特に何事も起きることはなく、街の入口を素通りして外へ。
街から離れて人目につかないあたりで樽から解放され、私は青空の下で伸びをした。
「酒臭かったか?」と尋ねられ、「少し」とうなずくと、仕事に差し支えなきゃいいんだがと苦笑いされた。
それから、運搬係とは別に街を出ていった別働の方々と合流。こちらの方々が、
実際には、私が一番頑張るつもりだし、そうでなくてはならないのだけど。
変な拍子に目立たたないよう、街道にいる内はフードを目深にかぶり、皆さんの隊列に囲まれて歩いていく。
その道中、この仕事について、色々と教えていただけた。
仕事の標的となっているのは、近隣一帯を騒がしている盗賊一味で、主に街の外の商人を狙っている。たまに誘拐して身代金をせしめることも。
「コロシ」は――よほど弾みがつかない限りはやらないそうだけど、とても義賊と呼べるようなものじゃなくて。
強い憎しみや警戒を向けられないようにという、保身のために殺人を避けているだけというのが、皆さんの見解だった。
アジトと目されているのは、街からかなり離れたところにある、森の中のお屋敷。元の主人一家が夜逃げして廃屋になったところに住み着いたのだとか。
一応は衛兵隊の偵察で、こうして居場所までは突き止めることができている。
でも、向こうもそれは承知だろう、とのこと。
衛兵隊としては、「いつでも始末できるんだぞ」と威圧しつつ、賊どもは「そんな暇ないんだろ?」と足元を見ている。
そういう状況は、何も今回の標的だけじゃなくって、他の賊も似たようなものらしい。
「仮に連中を始末しに行ったとして……衛兵隊に
かといって、傭兵や冒険者に頼ろうにも……賊の規模を考えると、よほどのきっかけがない限り、足並み揃えてというわけには中々いかない。報酬の分け前ということもあるし。
だから、私が名乗りを上げ、皆さんが興味を示してくださったのは、ちょうどいいきっかけだったのだとか。
「それなりに大きいヤマなんだが、この人数で分けると……そこまでおいしくはないかもな」
「敵対勢力が多いからって、仕事ひとつあたりの報酬をケチってんだろ?」
「ま、金勘定は衛兵隊じゃなくって、行政の仕事だからな~」
と、交通の要所にある大都市も、裏側は中々世知辛い様子。
しばらく色々とお話しながら進んでいって……朝方に動き始めた私たちは、お昼を過ぎた頃には、例の森に差し掛かった。
リダストーンを交通の要所足らしめる山河を間近に臨む位置にあって、なんとも心安らぐ場所だった。
こんなところに、盗賊の根城があると思わなければ、だけど。
そういう気持ちは皆さんも同じようで、「盗賊のくせに、いいとこ住みやがってよ」と恨み節。
さすがに、相手のテリトリーに足を踏み入れていく認識はあって、皆さんの軽口もすぐに収まった。それぞれが周囲に警戒を向けつつ、ゆっくりと前に。
ここまで来れば、一般人からの目は気にならないし、何より自分の仕事ということで、私は隊列の最初に躍り出た。
「大丈夫か?」と小声で聞かれ、自信を持ってうなずく。
賊だからと侮るわけではないけど……これまでに戦ってきたものたちに比べれば、とは思う。
それに、ここで私がしっかりと仕事をこなすことで、皆さんからの興味を信頼へと変えていきたい。
若干、
森へ入って程なくすると、さっそくそれらしい気配が。無言で横に腕を伸ばすと、皆さん手慣れたもので、もともと小さかった足音がピタリと消える。
息を止めて集中し、視線を前方に凝らす。
気配を目で追ってみれば、木陰に隠れる見張りらしき人影があった。
ここに張ってる衛兵の方かもとは思ったけど……見張る向きを考えれば、それはなさそう。
私たちへの警戒の念があるのか、こちらへ何かアプローチするでもなく、息を潜めているようだし。
それに、その人影はすぐに、間近な茂みに隠れてしまった。おそらくは敵の一味の偵察か何か。
この人影を最初の標的とし、私はその場にかがんだ。ちょうどいい大きさの小石を数個
振りかぶって一投、小石は茂みの上ギリギリをかすめて飛んで、身を潜める相手の背後にある樹に突き刺さった。それなりの太さがある幹に、石が完全に食い込んでいる。
続いてもう一投。投げつけた後続は、先遣が穿った穴へと入り込み、石同士が衝突する音がこちらにまで響いた。梢からは鳥たちが羽ばたく音がする。
もう一投。穿たれた穴に次弾が入りこみ、石の行列でふさがれる。
さらに一投、樹に植え付けられた象眼に小石がぶつかり、弾かれた投射物が宙に踊る。
これ以上の脅しは、もう勘弁してほしいみたい。茂みから、かなり弱気な動きで、二本の素手が現れる。降参を意味しているのでしょうけど……
ダメ押しにもう一投。きっと無抵抗に開かれている、相手の右手の指間を縫って小石が飛んでいく。
これで相手の心は完全に折れた。手を挙げたまま無言で立ち上がる。その顔は恐怖で引きつっていた。
よし、まずはひとり。
達成感を胸に、ちょっと自信を得た顔で振り向くと――
皆さん、少し引いていた。
「ティアちゃんとは絶対ケンカしねえ」って。
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