第22話 都会砂漠に酒池のオアシス

 追手の暴徒を黙らせたのは、やっぱり一時的なものに過ぎなかった。


 町の掲示板には、夕方あたりを境にして例の手配書が張り出されていた。街の各所で同時に動き出したみたいで……この調子だと、街を出るのも難しい。

 街の中には、扇動者かそれに類する役回りの者も確実にいる。群衆の中から声を上げ、私に対して第一投を仕掛けてくる。

 これに、誰もが即応するわけではないのだけど……

 一人応じれば――それが、ただの市民だろうと仕込み・・・の者だろうと――周りが触発されて、徐々に攻撃の手が増えていく。


 結局、「普通の人」が出歩かなくなる日没前は、断続的に石を投げつけられる状況だった。

 だから私は、隙を見計らって路地裏へ逃げ込んで、壁を伝って屋上へと逃げ込んだ。

 ここにも張られると、いよいよ逃げ場がなくなるところだけど……今のところは大丈夫みたい。


 屋上に腰を落とし、四肢を投げ出すように寝転がって――

 目元が熱くなって、私は袖で目元を覆った。


 信じてきたものに裏切られたような気持ちだった。いくら私が、聖教会の意に沿えない存在だとしても、こんなのは……あんまりだと思う。

 私向けに手配書を出すような人なら、私がどういう人間かは知っている。

 こんな投石なんかで死ねるわけがない。


 だから……私をここから追い出すか、あるいは自刃させたい。

 そのために、民草をあおって、こんなことさせるなんて。


 声を抑えて、ひとり静かに泣いて――

 少しすると、頭が冷えてきた。というより、かろうじて色々と考え事する余裕ができたぐらいのものだけど。

 頑張れば、この街を抜け出して逃げ切ることはできると思う。

 だけど……逃げ切っても、それだけでしかないって思う。


 じゃあ、どうしよう?


 ひとまず私は、夜の街へと降り立った。

 私を探して動き回るような気配はなくて、それは一安心だった。日が昇れば、勝手に包囲網ができることだろうけど。


 人とすれ違わないように、でも、コソコソとして怪しまれないよう、街行く人の動静に気を遣いつつ歩いていく。

 窓越しに、時折、民家の団らんが映る。光に包まれる一時に憧憬をいだく裏で、心に一筋の影が差す。

 家族の前では幸せそうなあの人たちだって、その場に居合わせたなら、やっぱり石を手に取るのかな……


 それを責めることは……できないのかもしれない。周り自分以外全員が、その手に石を握ったのなら。「私の側」だと思われないようにって。

 そう思うと、私はここに居てはいけない気がして――

 すぐに、「どこに居れば」って疑問に突き当たる。


 結局、こういう状況を改めさせなきゃ、私に居場所なんてない。

 失意と諦念に揺れる奥で、少しずつ、ほんの少しずつではあるけど、どうすべきか、どうしたいか、おぼろげな道筋が出来上がってくる。


 そうして街を歩いていく中、やけに賑やかな一角が目に入った。

 店先には剣や弓、盾が立てかけてあって、「そういう人たち」が集まる酒場なんだってすぐわかる。

 思えば、私に石を投げてきた人たちって、誰も彼も実戦経験なんてものはなさそうだった。

 人に石を投げるとどうなるか、そんなことも知らなさそうな人たちばかりで。


 だからといって、ここの酒場にいる人たちが安全かというと、決して確信が持てるようなものではないのだけど……

 賑やかしい雰囲気、店内からこぼれる温かな光が、どうしようもなく羨ましくて。私はつい背を押されるようにして、店内の様子をうかがった。


 ほんの少しすると、何か飲み物を手にしているお客さんの一人と目が合った。

――酔って気持ちよさそうな顔が、すぐ真顔になる。

 その変化に、他のお客さんも気づいて、賑やかさが一気に凪いでいく。


「しまった」と思ってその場を立ち去ろうとしたのたけど……

 どうも、私への敵意がなさそうなお客さんたちが、小さく手招きしてきた。

「一杯おごってやるから」とか、そんな声もかけていただいた。


 本当に、おごっていただこうとは思わないのだけど……こちらの皆さんの様子には気になるものがある。

 私に石を投げてきた人たちと違って、こちらの方々は明らかに荒事慣れしてるはずなのに、あの騒動とは距離感があるようで。

 どうせ、いずれは知らなきゃいけないことだと思って、私は店内へ入った。


 中は……やっぱり、ちょっと酒臭い。

 店員のお姉さん、たぶんお店の若女将さんかな? 私の顔を見るなり目を見開いて、すぐに苦笑いに。

 やっぱり、私が手配されていることは知っているようで、それはお客さんたちも同じ様子。

 店内の注目をすっかり集めきってしまった中、私は窓際の席を選んで腰を落ち着けた。


「申し訳ありませんが……私に都合悪いと思えは、すぐにでも」


「ああ、そりゃもちろん」


「手慣れてんな……」


 招かれておいて失礼な言い草だとは思うのだけど、退路を確保した私の対応は、特に悪感情を引き起こすことなく受け入れられた。むしろ感心の念があるぐらい。

 思えば、私の前職と方向性は近いわけだから、そういう意味では話が通じやすいのかも。


 それで、私の机にオゴリらしきお酒とおつまみが置かれ……店員さんの給仕に続き、年上の男性が「悪いな」と言って、もう一品机に置いてきた。

 私の手配書を。


「お嬢ちゃん、やっぱり追われてる奴か?」


「はい」


 今更隠しようがない事実に即答すると、店内が軽くどよめいた。

 で……どうも私だけじゃなくて、他の皆さんも、次の言葉には困っているようで。

「捕まえないのですか?」と問う私に、みなさん顔を見合わせた。


 こちらのお客さんにも色々な方がいらっしゃるのだけど、この件については、やる気がないというか……様子見というのが共通の対応みたい。


「そもそも、なんつ一かな」


 こういう捕り物も仕事としてこなしてきた方は、こちらにも結構いらっしゃるとのことだけど、本件はどうも「うさんくさい」のだとか。

 何しろ、あの聖教会と現地の公権力が連名で手配書を公布したというのに、お尋ね者の罪状が明らかになっていないのだから。


「実はお偉いさんの『個人的』な依頼なんじゃねーかって、そういう憶測もあるわけよ」


 実際には、聖教会にも正当な言い分はあると思うのだけど……

 ともあれ、皆さんはこの手配書に興味を持ちつつも、大いに警戒するところあって手を出さないようにしているのだとか。


「そんな矢先に、なんかそれっぽい子がフラフラ歩いてたからさ……ま、気になって」


「酒に酔わせて突き出したりはしねーから、そこは安心してくれ」


 言われて気づいて、テーブルのお酒に視線を落とす。

 そのように・・・・・されたって、仕方のないところではあるけど……

 でも、変に警戒心を見せるのは、あまり得策には思えない。みなさんと同じようなものを飲むのが礼儀のように思うし……


 一応、飲める年齢には達している。それでも今まで飲んだことがないのは、教義では禁じられていなくとも、規則で禁止されていたからで――

 なにより、胸の奥に芽生えた、よくわからない反抗心が私を押した。


 やや発泡性のある液体が、波々とがれた、大きなグラス。後で教えていただいたのだけど、ジョッキというそうで。

 普通のコップよりも太くてしっかりした持ち手をつかみ、私は酒をあおった。小麦色の、よく冷えた液体が、喉を駆け下りていく。


「ちょ、おいおい!」


「無理すんなよ!」


 言われたって、止まれない。

 あんまりおいしくなかったから。一度止まると、二度目に口をつけるのに、きっと抵抗があるから。

 だから、これだけはきちんと飲み干そうって思って……途中、ペースを落としながらも、私はきっちり飲み干した。


 これをはやす方も幾人かいらっしゃるのだけど……もっと年上の方々は、呆れ気味に苦笑い。

「ま、一杯だけにしときな」と、きっと親切心からのご忠告を賜った。

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