第21話 日が落つ街に石が舞い
誰かが発した一声が、確かな号令になった。戸惑いを見せていた群衆が、一気にまとまった集団になって、私を追いかけてくる。
「お尋ね者だッ!」と声が飛んで、道行く人の注意を惹いて、追っ手がその数を増していく。
こんな状況だけど、私の耳は確かに機能してくれていた。
事の始まり、私を捕まえろという第一声は、手配書を持っていたあのお役人の声ではなかった。義憤にかられた誰か?
あるいは――
胸の中が激しく脈打つ。頭の中では疑問が駆け巡り、体はどこかへ駆け抜けていく。まずは街の外へ逃げて……
それで、逃げ切れる?
その時、後方に気配を感じて、私はすぐに体をそらした。反射的に動く手に、まるで吸い寄せられるように、飛んできた物体が収まる。
小石だった。
誰かの一投が皮切りになって、次から次へと石が飛んでくる。
人々が暴徒になっている。この程度、避けるのは造作もないことだけど……
私が避けた先に、何も知らない人たちがいる。
まずは投げられた分だけでも受け切らないと。
私に届かないもの、放っておいても人に当たらないものを捨て置いて、危険な投石だけを選んで
掴んだ石は……その場に捨てるのには抵抗があった。ゴミを捨てるようだったし、次の
だから、私は掴んだ石を片っ端からカバンにしまい込んだ。せっかくの買い物で楽しめたささやかな思い出が蹂躙される、そんな暗い気持ちが胸の奥に広がった。
投石に応じつつ私は、人ではなく壁を背にするように動いていく。
そうこうしている間、石を受ける手間の分だけ、どうしても逃げ足は遅くなる。追手からは逃げ切れない。
でも、こんなのは今だけ。壁を背に、誰かに当たる心配なんてない今、抜け出すタイミングを計って一気に駆け出せばいい。まだ何も知らない人たちの間へ、一気に割り込めたなら……
後の算段を胸に、私は追手と対峙した。
遠巻きに私を囲う人々の全てが追手というわけじゃなくて、単に様子をうかがうだけの方もいる。ああいう方は巻き込まないようにしないと。
追手からの攻撃には、不意に空白時間が訪れた。即席の部隊なりに、タイミングを合わせて戦果を出そう、みたいな共通意識が芽生えたのかもしれない。
やがて、その時がやってきた。手に石を持つそれぞれが構えに入り――
一斉に投げつけようとした、その瞬間。私の中で時が止まった。
私の前に割り込もうという人影がいる。
「やめなさい!」
誰に向けたものでもない言葉だけど、これで事態が止まるだなんて、そんな甘いことは考えられなくて。
せめて、飛び出した方だけは守らないと。
私はその方よりも前に躍り出るよう動き出し、迫りくる石という石を受け止めにかかった。
全部掴み取るのはさすがにできない。取れない部分は五体で受け止め――
でも、この体で止めきれないものもある。
狙いが逸れた石が軽い音を立てて転がる中、私は背の方から聞こえた、くぐもったうめき声に強い衝撃を受けた。
周囲がどよめく中、私は大急ぎで腰を落とた。その方の盾になるように背を
割り込んでこられた方は、少しお年を召されていた白髪の男性だった。しわの目立つお顔には、こめかみ辺りに、今しがたできたばかりと思しき傷があって――
胸がはちきれそうだった。
私なんかを助けようとしてくださった方が、こうして傷を負ってしまっている。
この程度の傷すら、私は、満足に癒すことができないでいる。
聖女を志していたくせに。
申し訳なくて、情けなくて。涙が
こうしている間にも、私の背には石が飛んできた。
まかり間違っても誤射しないようにか、あるいは若干の遠慮があるのか、石にさほど勢いはない。
だけど、申し訳程度に仕掛けられる攻撃に、私は我慢ならなくなった。すっくと立ちあがり、目元を荒っぽく拭って立ち上がる。
ひと睨みするだけで、石を手にしていたであろう連中が、すっかり怖気づいて動けなくなる。
私の身代わりになろうとなさったこの方の、万分の一の勇気も持ちえない連中が。
私は衝動のままに動いた。転がる石を手に取り、振りかぶる。反撃に恐れをなしたのか、あたりでにわかにどよめきが起きる。
でも、私の狙いは実際には、この中にはなかった。
盛大に狙いを外したと思われてそうな私の一投は、地面へと落ちることを忘れたように宙を飛んでいく。
ややあって、私たちがいる辺りまで鐘楼の音が響き渡った。
どよめきが鐘にかき消され、誰も言葉を発せないでいる中、私は腹の底から叫んだ。
「ひとに石を投げるな!」
こんな、当たり前のことを怒声にすると、剣幕に気圧されて大勢がたじろいだ。
それから私は……どうせすぐ
私が駆け寄るだけで割れていく人の壁を突き抜けて、あてもなく。大都市の路地の闇へと。
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