第20話 大都市リダストーン
念のためと思って、フード付きの外套を調達しておいたのは幸いだった。フードを目深にかぶって、さらに人ごみに紛れるようにと、門を通ろうとする行列へ混じる。
それでも、一歩進むごとに高鳴る鼓動、それを意識すると余計に緊張してくるのだけど……
ちょうど、通ろうとする門のところで、隊商らしき一団がいたのが良かった。
その横を通ろうという一般客の列が見
きっと大丈夫とは思っていたのだけど……なんとかなった。安堵の気持ちを胸に、ひとまずその場を離れるように、少し早足気味に歩いていって……
門から十分離れたと思ったあたりで、私は深いため息をついた。
これに、道行く人の一人が気づいたようで、何やら
「人混みが苦手なもので」と苦笑いを作って応じると、「なるほど」とばかりに、力なく微笑まれ、事なきを得たのだけど。
悪目立ちをしたくない私としては、たったそれだけのことで緊張しっぱなしだった。
同時に、街中でフードを被る人の少なさに、困惑を覚えてしまう。これじゃ、やましいことありますって言ってるようなものだから。
せめて、手配書の姿からは離れようと、私はごく短い麻ひもで後ろ髪を束ね、服と背の間に押し込んだ。
それで……どうしよう。
手配書は、まだ公布されていないみたいなことは言っていたのだけど……
あの3人が先行していたというだけで、実際にはもう動き出しているかもしれない。そのあたりの確認も必要と思って、この街へ入ったのだけど。
まずは街の中を歩いてみて様子をうかがうことに。
通りの掲示板には、それらしいものは張り出されていなくて、とりあえず一安心。
次いで、私は新聞屋を探していった。町中を歩いていくつか見つけた後、なんだかやる気なさそうな売り子の店を発見し、「ここだ」と思って一部購入。
期待通り、私に対して特に注意を向けるでもなく、ただ新聞と代金を交換して終わった。
うまくいった安堵を胸に、人気が少ないところへ向かい、ベンチに腰かける。
新聞を広げてみても、それらしいことは何も乗っていなかった。
というより、それどころじゃないって感じかも。
紙面を賑わしていたのは、ならず者の悪行だった。この地域で行商が「また」襲われたと、さして珍しくもなさそうに、うんざりしたような調子で書かれている。
私を襲ったあの3人のこともそうだけど、人の往来が激しい大都市だけに、ああいう
新聞によれば、街の衛兵隊も
民間の助力を乞おうと、冒険者向けに懸賞金の金額が「また」釣りあがって、都市の財源がうんぬん、みたいなことも書いてある。
私のことは一切書いてない――今のところは、だけど。
とりあえず、買い物ぐらいは普通にできそうだと判断して、私は今のうちにと物資の調達に移った。
これまでのお仕事の甲斐あって、それなりに蓄えはある。どうせここを通るならと思って、ため込んできたっていうのもあるけど。
さすがに大都市だけあって、色々な店が目移りするぐらいに林立してる。物資の調達のつもりだったけど、そんな味気ない言葉で言い表せないくらい、単純にお買い物が楽しい。素直に、いい経験になったって思えるぐらい。
だけど、そう長居できないという自覚もある。
だからこそ、今のうちに楽しんでおければって、そう思う。
店を巡っている内に、少しずつ日が傾いていく。
多分大丈夫と思いつつ、念のために避けてきた場所もある。
お役所と、教会。
でも、今の内に見に行くのも念のためになる……そう思って私は、できる限り人の影に隠れるように意識しつつ、町の中心の方へと足を向けた。
町の至る所に掲示板はあるのだけど、やっぱり都市中央のお役所が一番情報が集約されている。
ただ、遠目に見ても人の顔が書かれたものは掲示されていなくて、一応もっと近くで確認しても同じことだった。
ひとまず、今日のところは大丈夫そう。
後は教会だけど……まあ、いいかな。
私は、例の手配書については聖教会主導だと確信してるのだけど、だからって聖教会がお役所を差し置いて先に掲示するとは思えない。こういう手配書、実際の管理は土地のお役人によるものだから。
あえて教会へ向かうのも、やっぱり精神力が必要だし……
万一、私を知る人と鉢合わせでもしたら、後の展開を早めてしまう。
だから、今日のところは宿をとって、その後のことは明日にしよう。
そう思って、役場前の広場を離れようとするのだけど……お役所の中から、どうも気怠そうな男性が外へ出てきた。あくびしながら手にした書類に目を向け――
書類から視線を外し、私と目が合う。
顔から一気に眠気が吹き飛んで、書類と私とを視線が何度も行き来する。
イヤな予感がする。
やがて、その男性は大急ぎで石段を駆け下り、掲示板へその一枚を張り出した。見覚えのある紙が貼り出され、そのお役人が私を指さすと、周囲にいた人たちの目が一気にこちらへ向いてくる。
「な、なんですか?」
しらばっくれようと口が動くも……手配書はよくできていて、私そっくりだった。髪型こそ変えてあるのだけど、こうも顔をまじまじと見つめられれば、まず間違えないと思う。
実際、周囲の人たちも、私と手配書を見比べてみて……
場のざわつきが徐々に増し、これに気づいた通行人がさらに寄ってくる。
事の発端になったお役人は、私がそうだと認識しているようだけど、そこまでの確信はないのかもしれない。あるいは、用心深いのかも。確認のためにか、「名前は?」と聞いてきた。
私は、何も答えられなかった。
「ティアマリーナ」以外の名前を名乗ることは、決して許されないから。
偽名すら使わない沈黙は、一時的な戸惑いではなくて、本当に「言えないだけ」だと判断されたようで……私へ向けられる猜疑の目がどんどん強まり、どよめきとともに緊張が増していく。
誰彼ともなく、周りの人たちが私からじりじりと距離を開けていって――
「そいつを捕まえろ!」と、誰かが叫んだ。
聞いた瞬間、私はその場から駆け出した。
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