第2章 異端
第16話 新たなる旅路で
あの集落を去ってからというもの、私の旅路に、これという方向性は特にはなくて。ただあてどもなく街道を進んでいく。
強いて言うなら、やっぱり教皇府のあるアトラシア王国から離れていこう……というのは意識してる。
もっというなら、聖教会の影響が弱そうな地域へ歩を進めるのがいいのかも、とは思ってる。
ともあれ、行くあてがないなりに、まともな旅人にはなれていると思う。
出立時に皆様方からいただいた糧食がなくなっても、食いっぱぐれて行き倒れる……
なんてことはなくなった。
街道に沿って歩いていけば、それなりの頻度で、相応の規模の町に突き当たる。ちょっと緊張しながらも街に入り、宿屋だとか酒場だとか……
あるいは、衛兵隊の詰め所だとかお役所に足を運べば、何らかのお仕事はある。行商の護衛だとか、簡単な配達だとか、害獣退治とか。
そういったお仕事なら私にもできるってことで、ちょくちょく日銭を稼ぐ。そういう毎日を送っていた。
――でも、たまに「大仕事」に取り掛かる日もある。
私がかつて、この身を置かせていただいたユナリエ聖教会は、この星から邪教の
でも、それは組織だった活動が確認できる規模の邪教徒集団を滅ぼしたというだけで、「個人的」に邪教を崇拝する
それに、邪教徒に限らず強大な悪魔や邪竜等の怪物だって、聖教会の手で征伐しているのだけど……
聖教会の手が及ばない領域では
これは、国や官軍、官憲といった公権力と、ならずものの関係に似ていると思う。よほどの大物であれば無視はできないけど、小物をしらみつぶしにするほどの暇や余裕はない、みたいな。
ついこないだのシェダレージアについても、彼があの地に君臨できていたのは、結局はそういうことだと思う。
最後の邪教国家が滅んで、世の中が平和になりつつあると言っても、天上の神と聖教会の御威光が及ばないところに、
そうした連中の気配を感じるたび、私は一度立ち止まり、探し出して始末していった。
私が気配を感じ取るだけでなくて、連中の悪行の痕跡を耳にすることもしばしば。実際に、困っている方々がいて、だけど、それを排除するだけの力をお持ちではない。
そこで、私は人助けをしている。
聖教会から追い出された身分だけど、でも、教義に背く行いではないって、そういう確信はある。
こんな私だけど、それでも人の世のためにできることがあるのなら、手を尽くさない訳にはいかないって、そんな使命感もある。
だけど、こういうことが明るみになれば――そうした懸念もやっぱりあって。
だから私は、それぞれの「お仕事」が決して大騒ぎにならないようにしていった。
依頼を受けるときは、その地を取り仕切る方々の内、私がお会いできる範囲で一番上のからから直々に、内密に。事が外に漏れないよう配慮し、仕事に取り掛かる。
さもなくば、こっそりと情報だけ集めて、誰に知られることもなく仕事に着手。終われば、それとなく知れる形で、事の終息を知らせる痕跡を残していく。
そうやって私は、この手でできる範囲で少しずつ、授かったものに見合うようにと善行を重ねていった。
☆
場所によってまちまちではあるが、大規模な都市の中央に座す教会ともなれば、取り仕切る司祭の権威や権限は強力である。
ときには、近隣小都市や村落の教会に対して指導的な存在となることも。
民草のみならず、現地の公権力から見ても、相応の礼節を以って遇さなければならない。
しかしながら、そうした司祭にも頭が上がらない相手というものが、時には存在する。
交通の要所に存在する大都市、リダストーン。その中心的地区に立つ教会の一室、司祭室にて。
やや白髪が目立ち始めた年配の司祭は、机を挟んで向き合う客に、なんとも深刻そうな顔を向けた。
机に置かれたのは、いくつかの報告書。それらはいずれも、同一の人物について触れている。
――ユナリエ聖教会全体にとって、現状で一番の懸案事項になりつつある、あの破門された「出来損ない」について。
司祭に向き合う客もまた、聖職者らしき、ゆったりとした法衣に身を包んでいる。年のほどは30も行っていない程度の青年だ。
だが、あまり人好きしそうな外見ではない。余裕ある態度は一見すると友好的だが、やや細く鋭い目つきからは攻撃性が見え隠れする。
司祭を少し怖じさせているようにも見える彼は、報告書を一枚手に取り、冷淡な声を発した。
「この調子では、
報告書によれば、
そして、
この地域内で何事もなければ、お互いにとって最善であろうが――
「あの、例の人物が手を付けるべき『務め』など、近隣には……」
口にする年配の司祭を、青年が手で制した。
「聞けば、この辺りは近年、治安の悪化が取り沙汰されているとか。官憲も手が回らず、苦慮しているそうで」
「……まさか、人間相手に仕事に乗り出すと?」
「そうならないと、言い切れますか?」
どこか、人を食ったような笑みを浮かべて尋ねる青年に、司祭は押し黙った。彼に「言うでもありませんが」と、青年が言葉を続ける。
「聖教会が授けた力を、その認可もなしに行使するなど、あってはならないことです。
言葉を重ねるほどに高まる緊張感は、静寂の中でも、なお高まっていく。
やがて、彼は言葉を結んだ。
「これは、我ら聖教会に対する重大な挑発行為ではありませんか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます