第17話 忍び寄る影
広大な農地を突き抜けていく街道。見渡してみれば、人の手で整えられた幾何学模様が広がっている。
この道はずっとまっすぐ伸びていて、迷うはずもないのだけど……私はいつものペースで歩を進めながら、地図を広げて目を落とした。
このまま進んでいくと、ここら地域一帯の中心である、リダストーンという大都市に突き当たる。あと2、3日ってぐらいかな。
これまで訪れたことのない都市だけど、規模を考えると大きな教会があって、周辺地域にまで聖教会の影響力は及んでいるはず。
できることなら避けて通った方が無難だとは思うのだけど……
リダストーンは交通の要所で、周辺の山河や森との位置関係から、自然と街道が集結するような場所になっている。
だから、私がこの先どこへ行くつもりであろうと、この大都市を経由するのは、道理だとは思う。
というか、あえて避けて通ろうものなら、人里離れた道なき道を行くはめになる。となれば、準備としてそれなりの食料等を買い込む必要があるわけで……
そういう物資をどこで調達する? ってなると、結局はリダストーンなり、周辺の街へいかなければならない。
追い出された身として、教会の
そういうわけで、あまり気が進まないながらも私は次の目的地を定め、地図を畳んだ。
ふと、あたりを風が駆け抜けて、作物の穂を揺らしていく。揺れて触れ合い、ささやかな音を立てる緑の大地に、なんとも言えない感情が沸き起こる。
郷愁――とは、少し違うと思うのだけど。
でも、私にも還る場所があればって、そう願う思いはある。
☆
リダストーンへ向かう街道を行く、ひとりの少女。
――その背を追う、3人の男たち。
旅装に身を包む彼らは、前方の標的とは相当な距離を開けて尾行していた。
彼女を
3人の中でもリーダー格の、眼光鋭い男が、手荷物から1枚の紙を取り出した。
「お尋ね者」と記された手配書には、例の人物の人相書きがある。
「人違いだったらどうする?」と、ニヤニヤしながら問いかける仕事仲間に、彼は人相書きを
「『人違いでした』で済めば楽だが……」
「済まなかったら?」
「さあな。どのようにでもなるだろ」
口封じに至るまでに、何らかの
人違い、ということはないだろう。人の顔を正確に把握し、覚えなければやっていけない稼業である。
それに、宿場町における標的の動きも、その立場を匂わせるものだった。どことなく自信なく、落ち着かない振る舞いが目についたのだ。
まるで、追われる身であることを自覚し、それを隠しきれないでいるような。
とはいえ、気がかりなこともある。
標的の名は「ティアマリーナ」と言うらしいが、それ以上の情報がないのだ。
依頼主によれば、聖教会と何かしらの悶着があったらしいが……聖教会という組織ではなく、その関係者と個人的ないざこざがあった、そう
つまるところ、確かな情報は何もないというわけだ。
聖教会絡みの、この手配が「公布」されるまでには、まだ時間がある。
先んじて、直接的に依頼が回ってきた自分たちが、この
そうした、「二段構え」がある現状も、様々な憶測を掻き立てるものだったが――
(まあいい)
彼は手配書をしまい込み、鼻を鳴らした。
少なからず、スネに傷を持つ彼らだが、この仕事を果たせば相応の報酬が約束されている。
この地を去る前のひと稼ぎには、ちょうどいい。
朝方から歩き始めた標的を追う3人。
標的の目的地は、どうやらリダストーンで間違いない。時折立ち止まって周囲を見回すものの、特に何か目的あっての動きというわけではなく、進路はリダストーンへまっすぐだ。支流へと足を向ける様子はない。
朝から始まった追走は、互いのちょっとした昼休憩をはさみ、少し日が暮れかけても続いた。
動きがあったのは日没少し前のこと。街道で立ち止まった標的を目に、男たちが警戒心をあらわに身構えた。
しかし、向こうは振り向くようなことはなかった。ただ街道から外れて歩を進めていく。
一体何を、と疑問に思いつつ、細心の注意を払って追っていく男たち。
疑問が氷解したのは、視界の先にある森の手前で、標的が歩を止めてからであった。その場で荷物を下ろし、一人向けのごく小さなテントを設営していく。
その様子を物陰からうかがう3人、リーダーの男は軽く安堵を覚えた。
気づかれて、森へ姿をくらまそうというわけではなかったのだ、と。
若い女の一人旅にしては、テントで野宿というのも妙ではあるが……周辺の位置関係を思えば、理解できるものではあった。
近くの宿場までは、まだ若干の距離がある。暗くなる前に着ければ良いが、着かなければ――そういった心配から、野宿を選んだのだろう。幸い、森には小川が通っているおかげで水に困ることもない。
標的が歩を止めたのは、3人にとっては好都合である。ここで仕掛けて終わらせられるのなら、面倒はない。
「どうする?」と確認してきた仲間に、リーダーの男は短く答えた。
「日が落ちてから仕掛ける」
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