第17話 忍び寄る影

 広大な農地を突き抜けていく街道。見渡してみれば、人の手で整えられた幾何学模様が広がっている。

 この道はずっとまっすぐ伸びていて、迷うはずもないのだけど……私はいつものペースで歩を進めながら、地図を広げて目を落とした。


 このまま進んでいくと、ここら地域一帯の中心である、リダストーンという大都市に突き当たる。あと2、3日ってぐらいかな。

 これまで訪れたことのない都市だけど、規模を考えると大きな教会があって、周辺地域にまで聖教会の影響力は及んでいるはず。

 できることなら避けて通った方が無難だとは思うのだけど……


 リダストーンは交通の要所で、周辺の山河や森との位置関係から、自然と街道が集結するような場所になっている。

 だから、私がこの先どこへ行くつもりであろうと、この大都市を経由するのは、道理だとは思う。

 というか、あえて避けて通ろうものなら、人里離れた道なき道を行くはめになる。となれば、準備としてそれなりの食料等を買い込む必要があるわけで……

 そういう物資をどこで調達する? ってなると、結局はリダストーンなり、周辺の街へいかなければならない。


 追い出された身として、教会のたぐいは避けて通りたいのだけど……今回ばかりは仕方ないかな。リダストーンの一帯は、別地方へ抜けるための関所のようなものだし。

 そういうわけで、あまり気が進まないながらも私は次の目的地を定め、地図を畳んだ。


 ふと、あたりを風が駆け抜けて、作物の穂を揺らしていく。揺れて触れ合い、ささやかな音を立てる緑の大地に、なんとも言えない感情が沸き起こる。

 郷愁――とは、少し違うと思うのだけど。

 でも、私にも還る場所があればって、そう願う思いはある。



 リダストーンへ向かう街道を行く、ひとりの少女。


――その背を追う、3人の男たち。


 旅装に身を包む彼らは、前方の標的とは相当な距離を開けて尾行していた。

 彼女をけ始めたのは、つい先日のこと。リダストーン近くの宿場町で張っていたところ、それらしき・・・・・人物を目にしたのだ。

 3人の中でもリーダー格の、眼光鋭い男が、手荷物から1枚の紙を取り出した。


「お尋ね者」と記された手配書には、例の人物の人相書きがある。


「人違いだったらどうする?」と、ニヤニヤしながら問いかける仕事仲間に、彼は人相書きを一瞥いちべつしてから短く言った。


「『人違いでした』で済めば楽だが……」


「済まなかったら?」


「さあな。どのようにでもなるだろ」


 口封じに至るまでに、何らかの狼藉ろうぜきを働くつもりであろう。下世話な笑みを浮かべる仕事仲間に、軽く鼻を鳴らし、リーダーは改めて手配書に目を向けた。

 人違い、ということはないだろう。人の顔を正確に把握し、覚えなければやっていけない稼業である。

 それに、宿場町における標的の動きも、その立場を匂わせるものだった。どことなく自信なく、落ち着かない振る舞いが目についたのだ。

 まるで、追われる身であることを自覚し、それを隠しきれないでいるような。


 とはいえ、気がかりなこともある。

 標的の名は「ティアマリーナ」と言うらしいが、それ以上の情報がないのだ。

 依頼主によれば、聖教会と何かしらの悶着があったらしいが……聖教会という組織ではなく、その関係者と個人的ないざこざがあった、そうほのめかすような言質も。

 つまるところ、確かな情報は何もないというわけだ。


 聖教会絡みの、この手配が「公布」されるまでには、まだ時間がある。

 先んじて、直接的に依頼が回ってきた自分たちが、この捕り物マンハントを済ませたなら、事が公になることはない。

 そうした、「二段構え」がある現状も、様々な憶測を掻き立てるものだったが――


(まあいい)


 彼は手配書をしまい込み、鼻を鳴らした。

 少なからず、スネに傷を持つ彼らだが、この仕事を果たせば相応の報酬が約束されている。

 この地を去る前のひと稼ぎには、ちょうどいい。


 朝方から歩き始めた標的を追う3人。

 標的の目的地は、どうやらリダストーンで間違いない。時折立ち止まって周囲を見回すものの、特に何か目的あっての動きというわけではなく、進路はリダストーンへまっすぐだ。支流へと足を向ける様子はない。

 朝から始まった追走は、互いのちょっとした昼休憩をはさみ、少し日が暮れかけても続いた。


 動きがあったのは日没少し前のこと。街道で立ち止まった標的を目に、男たちが警戒心をあらわに身構えた。

 しかし、向こうは振り向くようなことはなかった。ただ街道から外れて歩を進めていく。

 一体何を、と疑問に思いつつ、細心の注意を払って追っていく男たち。


 疑問が氷解したのは、視界の先にある森の手前で、標的が歩を止めてからであった。その場で荷物を下ろし、一人向けのごく小さなテントを設営していく。

 その様子を物陰からうかがう3人、リーダーの男は軽く安堵を覚えた。

 気づかれて、森へ姿をくらまそうというわけではなかったのだ、と。


 若い女の一人旅にしては、テントで野宿というのも妙ではあるが……周辺の位置関係を思えば、理解できるものではあった。

 近くの宿場までは、まだ若干の距離がある。暗くなる前に着ければ良いが、着かなければ――そういった心配から、野宿を選んだのだろう。幸い、森には小川が通っているおかげで水に困ることもない。


 標的が歩を止めたのは、3人にとっては好都合である。ここで仕掛けて終わらせられるのなら、面倒はない。

「どうする?」と確認してきた仲間に、リーダーの男は短く答えた。


「日が落ちてから仕掛ける」

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